新聞部への来訪者
新聞部への来訪者
僕――秋空久羽人が部長に言われてかたかたとパソコンのキーボードを叩いて記事を作っている時、新聞部の扉が急に開けられた。
五人しかいない新聞部が次の記事を何にしようかと考えている時に、入ってきたのは人並み外れた美貌を持つ神宮凛子であった。転入生である。彼女は部室に入ってきていきなり、信じられないような発言を言った。
鈴を転がしたような声をしており、静かな部室の中でもよく響いた。
「――ねえ、いきなりだけど、最近この街で奇妙な事件があるって聞いたけど本当なの? 誰か知っている人はいない?」
だが、彼女にここに来たのは、奇妙な事件に興味を持って調べたかららしい。と言うのも、彼女を連れて来た冴えない男子生徒の一人が教えてくれた。どうやら彼女にアプローチをしようと話しかけた一人らしい。その男子生徒は誇らしい顔をしている。
これは僕が知らない話だけど、多くの男子生徒から新聞部まで案内すると言うのを勝ち取ったようだ。
「知っているよ。? 失踪事件? それとも聖杯伝説のことかな? あとは熊事件とか、変なコスプレ集団の事件もあるよ。でも、どれも単なる噂――都市伝説だと思うよ。どっちも真剣に考えるだけ無駄だけど、確かに興味が惹かれるよね!」
「そうなのよ。だからそれらの話、教えてくれる?」
神宮凛子は、部長の向日葵さんの近くに行き、親し気に話しかけた。
それも彼女の隣の席に座って、足を組みながら机に上に肩肘をついて、誘うような瞳で荒崎をじっと見つめる。
「そんなに隠す事でもなきからいいけどさ」
向日葵さんはそれから放課後の時間全てを使って、神宮さんへと二つの噂について話した。だけど神宮が興味を持ったのは何故か失踪事件の方ではなく、聖杯伝説の方だった。それについて詳しく聞いていた。
その中には僕の知らない事も含まれていた。
聖杯を使って噂の男が飲み物を飲んだ場所と思われるところまで、どうやら向日葵さんは事前に調べていたらしく、この土日の間に行っていたらしい。だが、結果としてその場所には誰もいなかったらしい。
記事にしなかったのは、願いが叶うという事から学生たちが行くのを防ぐため、と後に向日葵さんは言っていた。
なるほど、と僕は思った。
「それで、その男が聖杯を飲んだっていう場所に行ったのは本当なの?」
神宮が真剣な顔で聞いた
「うん。行ったよ。だけど、私が見る限り、そこには何もなかったんだよね。周りに怪しげな占い師の館も探したんだけどなかったよ。そもそも男が怪しげな老人を見た場所というのが、橋の上でさ、どう考えても占いをするスペースなんて無いんだよ。そんなに大きな橋でも無いからね」
「その橋の名前は何なの?」
「黒点橋。ここから歩いて二十分ほどの場所にある橋で、まあ地元の人なら誰でも知っているだろうな。幽現市役所の隣にあるからな」
僕もそこまで言われて橋の場所が分かった。普段は橋の名前など気にしたことがないので場所が分からなかったが、市役所の隣だと橋が一つしかない。そこは麻日川と呼ばれる幅広の川の上にある橋で、黒点川は河川敷にサイクリングコースやテニスコートなどがあるほど大きな川であるが、その上にある橋はそれほど大きくない。二車線であり、歩行者用の橋が狭い通路にあるだけだ。
そこに怪しげな老人がいたのだろうか、と考えるが、残念ながらあそこに占い師のような者がいるという話は聞いたことがない。そもそも僕あの橋を毎日通っている。そんな者がいるなんて話は、聞いたことがない。
「その橋が気になるわね――」
神宮が片手を顎に当てて思案する。
「気に入ってもらえたなら良かったよ」
「それで、あなたはそこに私を案内してくれる?」
「うーん。再調査というわけだね! いいよ! と言いたいところだけど、今日の私は塾があった行けないんだ。だからと言ってなんだけど、おすすめの案内人がいるよ。ね! 秋空君!」
「え、僕?」
「あなたなの――?」
神宮さんは僕を見つめた。すると、神宮が露骨に嫌な顔をした。まるで会いたくなかったかのような。何故だか少し悲しくなった。
「彼はね、新聞部部員の秋空君だよ。秋空君にとって黒点橋は毎日通っている通学路だから、よく教えてくれると思うよ。それに、全ての記事を書いているから、失踪事件と聖杯伝説の二つをもちろん知っているしね。何かの役に立つかもしれないんだ。後は……そうだね。秋空君はきっと奥手だから、神宮さんも襲われることがないから安全だと思うな」
向日葵さんの言う通り、僕はそんなことは絶対にしないと言える。
「そうね。私の名前は神宮凛子。なんだかあなたとはあまり仲良くなれなさそうだわ。同族嫌悪かしら? 何故なのか分からないけど、あなたの事は凄く嫌に感じるわ。だから、道案内にはちょうどいいのかも知れないわね」
「……それは残念だね」
僕は嫌に感じると言われて。少し気落ちした。息を飲むような美女から、問答無用で嫌われているようである。
何故だかは全く分からない。まともに話した事すらないからだ。
「でも付き合ってくれるんなら、私は喜んでいくわ」
とても神宮の言葉に、何故だか僕は断れなかった。向日葵さんの頼みだったからだろうか。
彼女は無言で部室から去っていった。「よろしくね!」という向日葵さんに僕は何も言えないまま、押し切られる形で黒点橋を案内することになった。
そんな神宮さんの後ろ姿を見つめながら僕は何とも言えぬ表情で新しい生地を打っていく
いつもは指がもっと早いのに、今日だけは少しゆっくりだった。




