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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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屋敷

 それからやがて山道までたどり着くことができた。

 そこは車が山の向こう側へ通る道があり、二車線ではあるが道幅は狭く、歩行者の道はほとんどなかった。右手には深い山の中の入り口である無造作に生えた木々が先を見えなくし、左手の白いガードレールの数メートル下にはやはり緑が鬱蒼と生い茂っている。

 僕がいる山のことを、八光山やこうざんと言う。住んでいる幽現市と隣の市を区切る山であり、そこには牧場やスキー場などの様々な施設が存在し、また東西に伸びており、その長さは三十キロにも及ぶほど。熊はいないが、猪が数多く存在していると以前に菊花は聞いたことがある。

 だけど、どうやらこの世界には八光山であっても、動物どころか虫の一匹もいない。不気味な静けさの中に、足音だけが山中にこだまする。歩いてどれほど経ったのかは分からなかった。少なくとも、向日葵さんの姿は振り返ってももう見えないほどであった。

 この辺りの地理に詳しくないので、何度か、この道で合っているのか不安で引き返そうとするが、遠くの空にオレンジ色の霧が見えたので、それを目印にまた僕は歩いた。ある程度、進んで行くといオレンジの霧が行く手を阻む。それは深い森の中から出ているようで、霧の出処を目指して、自動車道から外れてオレンジ色の霧の中へ入る。

 最早オレンジ色の霧の中に入る不快感など無視して、ほんのり冷たい霧の中を進む。足元は既にアスファルトではなく、枯れ葉や木々の腐った枝、また飛び出した根などを避けながら慎重に菊花は森の中を歩いた。まだそれほど霧は濃くなく、肌に感じる冷たさも僅かなものだった。

 だが、やがて聞こえる小川の流れる清流音と共に霧はどんどん深くなる。それと同時に走って熱くなった体を冷まし、思考をクリアにさせた。先程までオレンジ色の霧の出処を探すという目的しか頭に無かったが、その熱が下がるとやはり頭に思い浮かぶのは向日葵さんの事であった。

 彼女との部活での思い出が頭に蘇る。彼女のあどけない笑顔。天真爛漫な声。その場を明るくさせてくれるような空気。そのどれもが大切な日々であったと、大切な友人だったと失ってから実感させられた。

いや、もしかしたら僕にとってはそれ以上の存在だったのかも知れない。

最も今となっては考えるだけ無駄かもしれないけど。

向日葵さんが死んだという事実に足が止まり、僕は思わず右目から涙を一つ落とした。

そして思い出すのは、灰崎君のことであった。

彼はまさしく――鬼であった。

姿形こそ微かに人間の原型を留めていたが、その行動や姿はやはり他の鬼と同様に鬼らしい。赤黒い体表、頭に生えた円錐状の角、それに生きた人を貪り食うという行為といい、他の鬼と大きな違いはない。

だとすれば、僕は突飛な想像をした。

それは学生服を着た鬼を見た時と全く同じことを考えたのだ。さらに灰崎君と出会ったことで、その考えには確信が生まれている。


――人が、鬼になったのではないか。


おそらく間違いはないだろう。あの時の灰崎君は顔が似ている鬼ではなく、正真正銘の灰崎本人だと思っている。何故なら人を食べるのなら、自分でもいいはずである。それを灰崎君は最後まで向日葵さんに執着していた。僕の体を簡単に捨てたのがその証拠だ。それは鬼になる前の彼が、向日葵さんに好意を抱いていたからではないかと思ったのだ。

ここで、一つ気にかかることがあった。

灰崎君が鬼になったのはいいとして、彼は元々――失踪者だったはずだ。 

それも一月ほど前から行方が知れないはずである。その情報は今朝見たので間違いはない。また資料の出処も警察のはずだったので、信憑性も高いだろう。

とすれば、灰崎君は行方不明になってから一月もの間、この世界にいたことになる。彼自身が鬼なので生き残ることは簡単だろう。何故ならこの世界で鬼同士の共食いは未だに見たことが無いからだ。

また、向日葵さんが以前に気になることを言っていたことを思い出した。

――ちょうど人がいなくなり始めた時期から、どうやらこの町にとある噂が広がっているらしいよ。それも――聖杯伝説。聞いたことはある?

この世界に聖杯があるかどうかは分からないが、聖杯が存在する可能性は高いだろう。そもそも向日葵さんの言う聖杯伝説に関する情報で橋に来た結果、このような奇妙な世界に迷い込んだのだ。この世界が聖杯の何らかの力によって作り出されたのだろう。

だとすれば、もしかして以前に見た資料の失踪者の殆どが、自分と同じこの世界に来ているのではないか、と頭が回ってしまった。証拠もない勝手な想像だったが、何故だかこの時のこの考えが正しいように思えてならない。

そして問題はどんな理由で人はこの世界に迷い込むのだろうか、ということだ。そもそも鬼も元が人間なのだとしたら、この世界には人間しか生物がいないことになる。人間だけがこの世界に来られる理由があるはずだ。

過程は分からないが、灰崎君はこの世界で鬼になっている。他の鬼も元人間と考えるなら、彼らもおそらくこの世界に落ちた人なのだろう。

そして僕は、伊集院君や向日葵さん、また神宮さんや名前も知らない男子生徒を鬼のための餌だと考えた。実際に喰われた者は三人もいる。鬼の様子を察するにきっと彼らに喰われた人間はもっといるのだろう。十人かそれとも百人か正しい数は分からないが、そう多くはない人が犠牲になっているはずだ。

鬼と餌、どちらかに選ばれた人間だけがこの世界に来たのだろう。いや、もしかしたら運悪くこの世界に来た人は鬼と餌、どちらかの結果に結びつくのかもしれない。そして元の日常では失踪者として扱われるのだ。

まともな人はこの世界にはほぼいなくなっている。伊集院君や向日葵さんは喰われた。神宮はおそらくまだ生きているだろうが、彼女もどれだけ持つか分からない。自分も餌として喰われる未来はそう遠くないだろうと思うこともあれば、何らかのプロセスを経て鬼になってこの世界で生きていくのだろうかと考えた。

どちらの未来も嫌だった。

この世界から生き残り、人として、元の日常に戻れる可能性はどれぐらいあるのだろうか?

僕は自分の未来に絶望するけど、それでも希望を捨てずに山の中を歩く。幸いにも鬼には出会わなかった。そして不気味な静けさの中――視界が霧で埋まり何も見えない中を進むと、やがて息遣いや足元の枝や葉っぱを踏む音とは別に、水が流れる音が聞こえた。それはごぽごぽと勢い良く落ちて急速に流れる音であり、滝のような音でもあった。

そして、僕は視界が急に晴れてたどり着いた。

木々の間を抜けるようにして流れる赤い川の源流に。

血のように紅い川が狭い川幅で急速に流れている。黒点川を流れる源流は八光山に幾つかあり、これがその一つだと思った。その川は奇妙な色の変化をしていた。紅い川を目で追っていくと、すぐ近くに滝がある。だが、その滝の水の色は透明で澄んでいた。まるで清流のようであり、それは近くの川辺の赤い水の色とは大きく異なる。滝から落ちてきた水は一旦大きな〝屋敷〟の横を通り、そこを過ぎると、黒点橋の近くで流れていた色よりも、赤く、それは赤すぎて黒に見間違うほどの色であった。

 目的地であった〝屋敷〟を、鉄で出来た門に囲まれているのを見つけた。

 その屋敷はまるでヨーロッパの一角を切り抜かれたと見間違えるほどに、日本の中では場違いな建物であり、また――屋敷の周りをオレンジ色の霧が足元十センチほどを囲む。オレンジの色はとぐろを巻くように回っており、やがて少しずつ川の上を流れている。どうやら霧も目の前の屋敷から発生しているようだ。

 僕は、目の前の屋敷を見つめていると、赤い川とオレンジの霧があるにも関わらず、それが神秘的なまでに屋敷の外観と合っているように思える。屋敷の前にあり、オレンジの霧がかかっている庭園には妖精がいるかのように色とりどりの花が咲いている。パンジー、コスモス、薔薇など様々な品種の花が、鉄の門の先に広がっていた。鉄の門はどうやら既に開いているようで、門を抜けて庭園を歩いた。花は香りも無ければ、動いてもいない。まるで造花のようではあるが、触ってみるとそれは確かに生きている花であった。時が止まっているように感じる。庭園を半分ほど過ぎると、霧に包まれた屋敷の全容が見渡せた。

 屋敷は白かった。壁一面が白く、屋根まで白い。その建物はゴシック建築とでも言えばいいのだろうか。無数のレンガが積み重なるように出来ており、透明な窓が壁の至る所につけてある。白い壁は不気味なほど何も汚れがついていなく、それがまた山中にあるはずなのに葛のような蔓が一つも壁に無いことに妙な違和感を覚えた。また、歩いている道の先にある茶色の大きな門の上の二階部分には、テラスがあった。そこから見える屋敷の内部は闇のように暗く、中は見通せなかった。

 茶色の門が僅かに開いていることに気がついた。

 誰か先に入ったのだろうか、と考えてもしかして神宮さんが僕よりも先にこの屋敷に到着したのではないかと思った。もしくは――鬼がこの中に入ったのか。どちらが真実なのか分からないが、先に注意しながら屋敷の中へと足を踏み入れた。

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