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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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再会

 僕の心臓が高鳴った。

 ああ。この声には聞き覚えがある。周りの空気を掴み、あたかも空間を彼女が支配しているかのような。鬼すらも彼女の圧力には屈し、数瞬だけ時が止まったかのように動かなくなった。それはあたかも彼女が鬼の動きを止めているように見え、自然と目が彼女に吸い寄せられる。


 彼女の名は――神宮凛子。忘れるわけがなかった。彼女の存在は強烈なイメージとして、心に深く刻み込まれている。

 神宮さんは模造刀ではなく恐らく真剣らしき日本刀、を剣道のように正眼の構えをしながら、さらに鬼へと近づいた。そこでやっと金縛りが解けたかのような鬼は、肥大した右腕に青い血管が浮き出るほどの力を込めて振り上げると、斧のように拳を固く握り、そのまま空気を切り裂く鈍い音を出しながら神宮へと振り下ろす。


 だが――神宮さんにそれが当たることはなかった。

 腕が自分に振ってくるよりも先に、日本刀を頭上で半月の軌跡を描く。すると、鬼の肥大した右腕はいとも簡単に切り落とされた。その腕の切断面からは赤黒く濁った血が勢い良く溢れ出て、それを避けるために神宮さんは横へと体を逃がすが、どうやら飛び散った血の一部が頬についたようで、それが顎を滴り地面へと落ちた。


 鬼は、低くがらがらとした叫び声を上げている。それは声になっておらず、そもそも人語すら喋れるかどうか分からない鬼は、その場を震わせるほどの大きな声で叫んでいる。それは耳を塞ぐほどであるが、鬼の目の前にいる神宮さんはそれを気にもとめず、薄ら笑いを浮かべている。


「“あなたたち”は、一体どういう存在なのかしら?」


 膝を地面につき、首を差し出しているかのような体勢をしている鬼へ、神宮さんは小首を傾げながらも間髪入れず、その首を跳ね飛ばした。

 その時の血が、神宮さんのスカートやブレザーに飛び散るが、大して気にはしていないようだった。そもそもそれ以上の血が既に神宮の服にはついており、そのどれもが洗剤などでは簡単に取れないと思うほどどす黒く変色してへばりついていた。

鬼の首が地面へと落ちると、やがて上体も重力に従って神宮さんの目の前に倒れた。


「さてと、で、あなた達は何なのかしら? 敵? それとも、また別の〝何か〟なの?」


 鬼を殺しきった神宮さんの瞳と日本刀の切っ先が、タコ公園へと向けられる。

 そこに隠れていた僕は肝が冷えながらも、どうやら鷹のように鋭い彼女の目を見ていると逃げ出せるようには思えず、大人しくタコのすべり台から両手を上げながら神宮さんの前に姿を表した。



 ◆◆◆



「あら、久しぶりね」


 神宮さんは僕たちの顔を見ると、目を見開きながら言った。どうやらこんなところで会うとは思っていなかったようで、驚いているようだった。先程まで殺気に包まれていた神宮さんも現れたのが僕たちだったので少々警戒心が解けて、刃が下がった。


「そうだね」


 右手に日本刀を持ち、全身を血まみれでいる神宮を観察していると、脂汗をかいているのだと分かった。神宮さんに対する憧れが、恐怖に変わったのだ。

 得体の知れない怪物を殺す神宮さんは、鬼たちよりも一層得体の知れないものだと思ったのだ。


「隠滝さんもこんなけったいなところに来たのね――」


「行方不明者がいるって聞いたから霧の調査に来たんだけど……」


「そうなの。なら私と似たようなものね。私も聖杯を探しに来たら、こんな場所に閉じ込められたわ」神宮さんは本当に不思議そうに見つめてきた。「一応聞いておくけどまさかあなた達も、彼らの仲間ということはないわよね?」

 神宮さんが見つめる先には、先程彼女自身が殺した鬼の姿があった。


「むしろ僕達の方こそ、〝こいつら〟の正体を知りたいんだ。こいつらは何なんだ? 一体、ここはどこなんだ? 僕達はどうしてこんな場所にいるのかな? それに

神宮さんに付いて行った他の男子はどうなったの?」


 一息の間に言い尽くした。思いつく限りの質問を神宮さんに僕はぶつけた。それを言い終えると、肺の中の空気を全て吐き尽くしたのか、ぜえぜえと深く息を吸った。


「……その質問に答えたいところだけど、どうやらここを移動したほうがよさそうよ? 嫌な音が聞こえてきた。この音があなた達のような〝人〟ならいいんだけど……違うなら面倒よ」


 だが、その声とは裏腹に、神宮さんの表情は余裕綽々だ。あの程度の鬼なら簡単に処理できると言うことだろうか。


「そうだね」


 同じ音――ぺたぺたとまるで濡れた足が地面に張り付き、それが剥がれる音――が聞こえたので、神宮さんの意見に同意すると、すぐにその場から移動することに決めた。

 三人は安全に話ができる場所を求めて、その場から急いで立ち去った。

 それから十分ほどだろうか。

 移動した先は民家だった。それも入り口の扉があって、裏口も二つほどある一軒家であり、いざとなったらそのどれからも逃げられる場所だ。家には鍵がかかっていたのだが、どういうわけか植木の下に鍵があることを知っていた僕は、音を立てないように静かに玄関の扉を明けて中に入った。もちろん、二人を連れて。

 僕達はいつでも逃げられるように靴を履いたまま家の中に入ると真っ直ぐリビングの中に入ると、すぐに冷蔵庫を開けた。コンセントは入っているようだが冷蔵庫の中は暗く、どうやら冷蔵庫は動いていないようだが、その電源が切れたのはさっきと思うほど、中に入っているものはまだ冷たかった。その中から麦茶を選んで取り出し、隣にあった食器棚からコップを三つ取り出して麦茶を入れるとリビングにあるダイニングテーブルに座っている二人、それに自分の前に麦茶を出した。


「……一つ質問だけど、どうしてあなたはこの家に入れたの?」


 神宮さんはこの家に迷わず入った僕のことを訝しげに見つめる。


「簡単だよ。ここは僕の爺ちゃんの家なんだ。だから隠し鍵の場所も知っていたし、リビングの場所も知っていた。おかしいことじゃないだろう? 玄関には鍵もかけた。裏口も二つ。もちろん、人が出られるような窓もいくつかある。逃げ場所はばっちりだ。隠れるならこれ以上の場所もないだろう?」


「そうね――」


 神宮さんはそれ以上の疑問を保たなかった。

 僕と向日葵さんは、これまでのこのオレンジの霧で囲まれた空間にいて走ってばかりいて喉が乾いていたので、お茶をごくごくと一気に飲み干して、もう一杯お茶を入れた。そのお茶は菊花にとってお爺ちゃんの家でいつも飲む麦茶と何ら変わらなかった。

 それを見てから神さんも麦茶に口をつけた。


「それで……何から聞けばいいのかな?」


 向日葵さんは目の前にいた神宮さんへと笑いながら、隣にいる僕に訪ねる。


「……とりあえず、聞きたいことは一つだね。神宮さん、今の――この町のことをどれだけ知っているの?」


 そんな僕の質問に対し、神宮さんは嗤いながら言った。


「何も――知らないわ」


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