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現代に残る聖杯伝説について  作者: 乙黒


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10/11

オレンジの霧

 それから少し経ち、部活が終わった。

 僕は早々と神宮さんと約束の場所にいくことにした。と言っても、僕、向日葵さん、それにもう一人の部員しか来られなかった。どうやら他の部員たちは塾などの用事があるらしく、わざわざ外での取材は出来ないようだ。


「待ったわよ」


 校門を背にしながら神宮さんは待っていた。既に夕方なので日は落ちてきており、オレンジ色に染まる神宮の顔は憮然としていた

 既に神宮の周りには十数人の男子生徒がいて、ひっきりなしに声をかけているのだが、その全てを神宮さんは無視しながら話している。


「待たせてしまったね」


 神宮さんの男子からのあまりの人気に僕は顔が引きつりそうになった。

 周りの男子の目が厳しかったからだ。


「じゃあ、行くわよ。黒点橋に案内して」


「分かったよ」


 僕は神宮さんに言われるがまま、例の黒点橋まで移動する。最初にバスに乗って町まで降りるのだ。それから暫く歩き始める。そもそも僕にとってこの道は通学路なので、いつもの道を歩くのとそう変わらない。違うことがあるとすれば、神宮さんの存在だけだろう。


僕たちの後ろを着いて歩く神宮さんは、幽現市をまだ歩き慣れていないのか、興味深そうにあちらこちらに視線を移している。だが、この辺りは住宅が多く、見どころは少ない。あるとすれば、スーパーやレストランぐらいだろうか。だが、どちらも見慣れたものだった。

そして、神宮さんについて歩くように八人ほどの男がいる。その全てが隙を伺っては神宮さんに話そうとしているが、どれも神宮さんに流されていた。それでも何とか神宮さんと話の種を作ろうとするが、残念ながら神宮は自分の事を聞かれても何も答えずに笑っているだけだった。


そんな怪しい集団は、すぐに黒点橋へと着いた。途中、二人ほどの男子生徒が神宮さんから離れたみたいだ。彼女の事を諦めたのだろうか。

僕はそんな事に気づかず、黒点橋へと入る前に後ろにいる神宮さんに振り返った。


「ここからが黒点橋だ。何も怪しいところはないと思うけど?」


 僕の言葉と共に、神宮が目を凝らして見る。僕も同じように橋を見るが、怪しい点など無かった。

 いつもの黒点橋だ。


 市役所に続き、市を横断するようにある黒点橋は車が止まることはない。他にも幾つかすぐ近くに黒点川を超える橋はあるが、ここが一番便利で融通がきくので使う人が多いのだ。

 それに比べて、人の通りは少なかった。自転車はちらほらといるが、駅からもそう近くないこの場所を歩いて通る者はそうはいないだろう。それもいつもと変わりはない。

 僕が見る限り、占い師のような怪しげな人物は一人もいなかった。


「ねえ、部長さんの言っていた黒点橋は――ここなの?」


 神宮さんが目を凝らす。

 だが、その瞳に映っている光景は僕と同じはずなのに、顔つきは険しいのが僕には分からなかった。


「ああ。そうだけど」


「やっぱり――」


「やっぱりって、何が?」


「どうやら部長さんたちが言っていたのは本当のことのようだと言いたいの。やっぱり、ここに来てよかったわ――」


 神宮が、笑う。美しい笑顔だった。その場にいた僕以外の全ての男を魅了し、顔を赤くさせるほどに。


「どういう意味?」


 神宮さんが僕の質問に答えることは無かった。それよりも前に、黒点橋に異変が訪れたからだ。

 ――霧だ。普段では滅多に黒点橋に霧がかかることは無いが、運が悪いと山から降りてきた霧がこうして橋にかかるのだ。その霧は黄昏に照らされてオレンジ色に染まっているが、一寸先も見えない。霧が出た時は交通事故が怒らないように交通規制も敷かれるのだが、どうやらこの霧は予測できなかったらしく、すぐ隣の車道ではクラクションが絶え間なく鳴っている。


「案内をありがとう――」


 そしてお礼だけ告げると、躊躇なく神宮さんは霧の中へ入って行った。

 彼女の姿はすぐに消えてなくなった。僕の他にいた男子生徒は神宮に続いて、すぐにオレンジの霧の中に消えていくが、僕には彼らに続いて霧に入る勇気は湧いてこない。

 神宮には聞きたいことがある。


 どうして、聖杯伝説を調べているのか。

 どうして、黒点橋に来てよかったと言ったのか。

 どうして、この先に行ったのか。この先には市役所や住宅しか無いはずなのだ。彼女が探しているような占い師はいないはずだ。それとも、神宮は見つけたのだろうか。この霧の中に、聖杯を持っている老人の姿を。


 それらの疑問が僕の中では生まれていた。

 だが、それらを解決するためにオレンジの霧に入ろうとするが、やはり足が止まった。

 ――嫌、なのだ。


 この先が。

 太陽によって照らされている霧のオレンジ色は地獄の劫火ごうかのように見え、車の形や橋の構造の黒い影は人が燃えているようだ。数メートル先はすぐに掻き消え、男子生徒の姿も見えない。いつもは白い霧のはずなのに、オレンジの霧は炎が燃えているような錯覚を感じる。

 僕は右手を霧に伸ばした。熱は感じない。むしろ湿気によって少し冷たく、スライムのような不定形を触っているような気持ち悪い感触がしたので、反射的に手を引っ込める。


 やはり、この先に行きたくない。

 だが、その時には既に僕の足元までオレンジの霧が伸びており、じめっとした感触が足を取り込む。すぐに菊花はこの場から逃げ出したくなるが、そもそもこの橋は通学路だ。この橋を通らなければ、家へと帰るために余計な大回りをすることになる。

 僕は迷わず遠回りをすることを選んだ。

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