第4話 ステータスアップの効果
翌朝。
目が覚めた瞬間、俺は自分の身体を疑った。
身体が、痛くない。
昨日、あれだけ普段しない肉体労働をしたんだ、普通なら身体が悲鳴を上げる。
俺の予想だと筋肉痛で起き上がれないと思っていたんだが……
──そうか、ステータスが上昇したおかげか。
初期の俺のステータスでは身体が悲鳴を上げるような運動をしてたとしても、上昇後のステータスであれば問題ないわけだ。
これなら、今日もゴブリンと戦えそうだな。
「おはよ~ございます、クロノさん! 朝ごはんできてますよ~!」
階下からのアヤネさんの声に引っ張られて食堂へ行くと、リムの姿があった。
「おはよう、クロノ。よく眠れたかい?」
「はい、おかげで今日もクエストを受けに行けそうです」
「それは良かった。僕もそのつもりだったから、今日も一緒に頼むよ」
席について優雅に紅茶を飲むリムからは、昨日の身体の疲労が残っているように見えない。
リムも昨日が初めてのクエストと言っていたのに凄いな……
やっぱり冒険者になる前から鍛えてたんだろう。
朝食を終えた俺たちは、アヤネさんに礼を言って街へ出る。
目的地はもちろん、冒険者ギルド。
通りを抜け、再びラフィスタ冒険者ギルドの扉を押して中へ入る。
……まだ朝だってのに賑わってるなぁ。
あれか、目的地が遠い場合は朝イチから向かわないと日帰りできないからか。
受付に向かうと、昨日の淡金の髪の受付嬢がこちらに気づき、目を丸くした。
「貴方たちは昨日の……すごいですね、大抵、魔物を倒した翌日は休むのですが」
「えっ、そうなんですか?」
「えっ、そうなのかい?」
俺とリムの声が揃った。
「魔物との戦闘は身体、精神ともに負担が大きいですから。特に冒険者になりたてだと。無理は禁物ですよ」
そうなのか、と頷きつつ、俺は横目でリムを見る。
転生したばかりの俺が知らないのはともかく、どうしてこの世界のリムまで驚いてるんだ……
まあいいや、今日のクエストはもう決めている。
昨日と同じ『ゴブリン討伐』のクエストだ。
理由は、再びゴブリンと戦うことで俺の上昇したステータスの違いを感じたいため。
ということで、受付嬢に声をかける。
「ゴブリン討伐、受けたいのですが」
「はい。お二人とも、別個に一件ずつですね?」
「うん、よろしく頼むよ」
「かしこまりました」
無事、ゴブリン討伐のクエストを受注し、ギルドの外へ。
行く先はもちろん、昨日と同じくツァドリゼ平原だ。
昨日も通った小径を辿ると、やがて視界が開け、昨日戦った窪地が見えてきた。
そこには──うん、今日もいるな。
緑灰色の肌、ねじれた角。
ゴブリンだ。
俺とリムはさっそく武器を抜き、互いに頷き合う。
二人で距離を詰めると、ゴブリンがこちらに気付いた。
黄色い目が爛々と光って、喉の奥からざらついた声が漏れている。
じりじりと間合いを詰めていると、いきなりゴブリンは地面を蹴って飛びかかってきた。
「来た!」
考えるより先に、体が勝手に動く。
片足を半歩引いて体勢を整えると、剣を横に払う。
スパーン。
手のひらに確かな手ごたえが返る。
ゴブリンの胴にすっと線が走り、割れた。
そのまま、黒い煙が立ち上がり、そこにはドロップアイテムのゴブリンの角だけが残されていた。
「……え?」
自分の口から出た声が、情けないほど間抜けだった。
今、俺、反射で振ったよな?
「ゴブリンを一撃……クロノ、その力は……」
リムが目を見開く。
いや、俺も驚きなんだが。
ステータスが上昇したおかげで一撃で倒せたのだろうが、なんだか剣の振り方も昨日より様になっていた、ような気がする。
いや、正しい剣の振り方なんて知らないんだけど、あるじゃん、イメージの中の正しい振り方って。
昨日は重くてたまらなかった剣も、今日は全然重く感じない──むしろ軽すぎるほどだ。
「剣さばきも昨日とは大違い……。もしかして、昨日は実力を隠していたのかい?」
「い、いや、そういうわけでは……」
「責めているわけではないんだよ。むしろ、頼もしい。──次が来たよ」
草むらの陰から聞こえる、低い唸り声。
視界の端にまた一匹、ゴブリンがぬっと出てくる。
俺はドロップアイテムの角を拾って腰袋に突っ込むと、自分でも驚くほどスムーズにゴブリンに近づき、今度は突きを繰り出す。
手ごたえは、硬い布を貫いた時みたいに一度だけ重く、そのあとすっと抜けた。
──黒煙が上がり、角がコトンと落ちる。
す、すごい。
「……僕も負けてられないな」
──それからの俺たちは、完全に“狩り”のリズムに乗った。
三匹目。
ゴブリンの踏み込みに合わせて、横っ腹を払う。
四匹目。
ゴブリンの棒の振り下ろしを盾で受け流し、頭部をザクッと突いた。
五匹目、六匹目、七匹目。
何の問題もなく、ゴブリンを狩っていく。
そして、俺の革袋にはゴブリンの角が7本も。
角の音が腰袋の中でじゃらじゃら小気味よく鳴っている。
リムはどうしたかって見ると、どうやら単独でゴブリンを二匹ほど倒したところだった。
「……僕も二匹、ひとりで倒せたよ」
少し息を弾ませたリムが、誇らしげに角を掲げて見せる。
と、そこで違う気配に足が止まった。
草むらの奥で、何かが揺らめく影が見える。
そこには、透けるような薄い青色のゼリーが、ぷよんと弾んでいた。
「……スライム?」
「──気をつけて、クロノ。あれは見た目のわりに厄介だ」
初めて見るが、スライムといえばゴブリンと並んで最弱の魔物だよな。
俺の知ってるスライムは目鼻口があってもっと可愛らしい感じだが。
スライムはその場に震えるだけで、飛び掛かってもこない。
とりあえずこれまで通り、横薙ぎで──
スッ──
刃が入った、はずなのに、手応えがない。
ゼリーの中で力が丸ごと吸われて、剣はつるりと滑って抜けただけ。
スライムは形を歪めたものの、すぐに元通りにぷよん、と戻った。
次の瞬間、鼻をつく刺激臭。
刃の縁がじゅわっと白く泡立ち、みるみる鈍い色に変わっていく。
「溶けてる!? 剣が!」
「酸だ、クロノ、下がって!」
叫ぶより早く、スライムの表面から細い弧を描いて、ぴゅっと透明の飛沫が放たれた。
反射で盾を上げる。
じゅう、と嫌な音。
木板に貼った薄鉄が一瞬で波打ち、次に木地が黒く焦げ、ふやけて剥がれていく。
「うおっ、盾まで!?」
言い終わる頃には、盾の縁がべろんと垂れ、もう役に立たなくなっていた。
スライムはぷるりと膨らんで、もう一度、酸を吐こうとしている。
ま、まずい……!
「《火炎球》!」
横から、リムの声が鋭く空気を切った。
空気が一瞬で熱を帯び、リムの掌の前に球状の炎がぼうっと生まれる。
サッカーボール大の火が、一直線に飛んでいった。
ぼっ! じゅわぁぁぁぁぁ──
火の玉がスライムに触れた瞬間、ゼリーが水蒸気に変わって爆ぜるように消えた。
白い蒸気が一気に広がって、肌に湿った熱気がまとわりつく。
地面に残ったのは、ビー玉より少し大きい、濃紺の球。
「……ふぅ。ドロップアイテムは粘魔の核、だね」
リムが汗を拭いながら、球を拾って見せた。
い、今のは……
「魔法、ですか?」
「そう、《火炎球》っていう、第一天位魔法さ。僕の今のエーテラ量だと一回しか使えないから、隠し玉だね」
す、すげー。
……待てよ?
そう言えば俺のステータスにも魔力ってあったよな。
今はゼロだったけど、上昇させることができれば俺にも魔法が使えるのでは?
そんな妄想をしつつ、俺とリムは先ほどの戦闘を思い返す。
「スライムは体内に“核”があって、それを壊さないと倒せない。でも、あの弾力で剣は衝撃を吸われてしまう。だからこうして魔法で対処するんだ」
「なるほど……。魔法ってみんな使えるものなんですか?」
「初級だとそんなに使える人はいないかな。中級以上となるとだいたいみんな使えるって感じ。ほら、体系魔法のおかげでさ」
「体系魔法?」
「知らないのかい? 最近──といっても20年ほど前だけど、魔法の体系化が行われたんだ。その結果、標準化が進み、新たな魔法理論──通称”体系魔法”が生まれた」
リムによると、これまでの魔法は原初魔法と呼ばれ、生まれつきの才能がなければ使えなかったらしい。
だからほとんどの人は魔法を使えなかった。
だが、体系魔法の登場により、コツさえ掴めれば魔法の名前を口にするだけで魔法が発動するらしい。
「この体系魔法のおかげで、魔法が社会全体に浸透して、魔法、そして魔術が大きく進歩したんだよ。魔導都市なんてものまで出てきたほどさ」
「魔導都市?」
「体系魔法、そして魔術により、家や街の設備が一瞬で作れるようになった。こうして造られた街を魔導都市と呼んでいるだけさ。一ヵ月で造られた街もあるんだよ」
街が一ヵ月……信じられない。
でも、それほど魔法や、その魔術とやらが強力なんだな。
俺もちゃんと使えるようになっておきたいところだ。
「……武器が壊れてしまったし、僕の隠し玉を見たところで、今日は引き上げようか」
スライムの酸で溶かされボロボロになった剣と盾を見て、リムが苦笑しながらそう言った。




