第2話 ゴブリンとの初戦闘
……ともあれ、女神様の言う通り、まずは冒険者になってみるしかないか。
冒険者といえば、魔物退治でお金を稼ぐ、異世界でもっともポピュラーな職業。
……俺に魔物が倒せるとは思えないが、日銭を稼がなきゃ話にならない。
ラフィスタ冒険者ギルド、ねぇ。
よくある命名規則に則れば、この街の名前はラフィスタということになるな。
まあいいや、とりあえず入ってみよう。
意を決して扉を押すと、軋む蝶番の音と一緒に、温い空気がどっと顔に押し寄せた。
高い天井に黒光りの木の梁、壁一面の依頼板には羊皮紙が重なり合っている。
卓では杯が打ち鳴らされ、奥では口論が火花を散らす。樽が運ばれ、笑い声が跳ね、どこかで椅子が倒れる音も聞こえてきた。
そんな喧騒に圧倒されていると、喧騒の層の上を切り分けるように、ぱきっと通る声が飛んできた。
「ようこそ、ラフィスタ冒険者ギルドへ。初めての方ですか?」
淡金の髪を一つに束ねた若い受付嬢だ。
「は、はい」
「では冒険者登録からお願いします。まずはこちらにご記入を」
流れるような手つきで紙とペンが渡され、俺は言われるがまま記入する。
名前はクロノ。種族……人間でいいよな。
得意な武器? そんなものあるわけないが、まあ剣と書いておこう。
そして言われるがまま、手のひらを不思議な台座の上に置く。
すると、ぼうっと光が走り、チリンとベルが鳴った。
「登録、完了です」
はやっ。
随分と簡素だな……それだけ冒険者登録に来る人が多いのか。
「簡単に冒険者制度のご説明をいたしますね」
受付嬢は慣れた口調で、要点を迷いなく並べていく。
「冒険者にはランクがあり、下から初級・中級・上級・高級・秘級・至級・神級の七段階です。受注できるクエストはランク相応のものに限られます。クエスト達成でランクポイント獲得、規定値で昇格です。初級から中級へは8ポイントが必要です」
そう言って差し出されたのは、緑色のバッチだ。
これが初級──最低ランクの冒険者のギルド証らしい。
「それでは早速、クエストを受注されますか?」
「はい。……初心者でも死なないやつで」
「絶対安全なクエストなんてありませんよ。でも、そうですね……これはどうでしょうか」
そう言って、受付嬢が依頼書を差し出した。
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《基本情報》
【依頼名】 小鬼ゴブリンの討伐依頼
【種 別】 ゴブリン1匹の討伐
【ランク】 初級
【目的地】 ツァドリゼ平原
【報 酬】 銀貨1枚
【内 容】
ラフィスタ西部ツァドリゼ平原・第三区画は、交易路の分岐点にあたり荷馬車の往来が多い重要区画です。
近頃、小鬼ゴブリンの個体数が増加し、通行中の荷を狙う被害報告が相次いでいます。
商隊の安全確保および地域の治安維持のため、当該区域に出没するゴブリンの討伐をお願いします。
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ゴブリンって言えば、スライムと並び、ファンタジーの世界でよく聞く”雑魚”の代表格。
だが、俺は戦闘経験もないただの一般人だ、どんな雑魚ゴブリンであろうと戦える気はしないぞ……
「初めての方には四人でのゴブリン討伐をおすすめしています。互いにカバーしながら戦う練習にもなりますし、目的地のツァドリ平原は街から近いです」
おっ、パーティを組ませてくれるのか。
それだったら、俺がいくら『ステータス初期値は平凡』って言っても何とかなるかもしれない。
俺がうなずくと、受付嬢は視線で掲示板の脇を示した。
「ちょうど同条件の方が三人います。ご紹介しますね」
こうして、掲示板の前でうずうずしている三人が紹介された。
「僕も冒険者になったばかりなんだ。よろしく」
ショートカットの美麗な男子──リム。
「ええっと、矢は十分あるでしょ、包帯は──よし」
でっかいバックパックの弓少女──メイ。
「むっ、任せろ。危なくなったら俺が前に出る」
ボディビルダーのような筋肉の片手斧男──ドン。
三人とも駆け出し冒険者のようだが、それでも仲間がいるのは心強い。
俺は女神様サービスの剣と盾を確認し、「よろしく」と頭を下げた。
◇
ツァドリゼ平原は街を出て数十分。
緩やかな丘と膝丈の草、風に擦れる葉音がさわさわ鳴って、空はひたすら青い。
一瞬ピクニックに来たんだっけと勘違いするほど平和に見えるが、ここは魔物が巣食う異世界──気を引き締めないと。
「それじゃ、私がリーダーね!」
突然メイが一歩前に出て、ぱん、と手を打つ。
「リーダーの言うことは絶対でーす。それじゃ、基本隊列を言います。リムは左で、クロノは右。ドンは正面で囮ね。で、私が安全な位置からのんびりと狙いを定める」
「むっ、分かった」
「……ドンが良いなら、そうしようか。クロノ、右側を頼むよ」
言われるがまま目を凝らしていると。
「むっ。茂みの低いところ。ゴブリン、1匹だ」
ドンの顎が草むらをしゃくる。
確かに、何か潜んでいるぞ。
黄緑の肌に、角を持つ小さな亜人──ゴブリンだ。
長い手に棍棒と木の盾を装備し、こちらを見ると釘みたいな歯を出してニヤリと笑った。
「囲んで速攻で落とすよ! 焦らず、声出して」
ゴブリンがギャ、と鳴いて飛び出した。
合図なしに、俺たちは半円を描くように広がる。
左でリムが様子を伺い、正面はドンが受ける。
メイは弦を半ばまで引き、狙いを置いたまま微動だにしない。
俺は右側面──盾を前に、剣を振るう。
お、重っ……!
ガッ──!
なんとか斬りつけたが、木の盾に阻まれ、大したダメージを与えられてなさそう。
一方の俺は、剣と盾がぶつかる衝撃で手がじーんとする。
くぅ、痺れるぅ。攻撃するだけでも一苦労だな。
というかむしろ俺の方がダメージ受けてるんじゃないか……?
なんて思っていると今度はゴブリンがこちら目がけて棍棒を振るってきた。
やば──!
反射で盾を──
ガンッ!!
衝撃が腕を貫通し、俺の体はそのまま後ろにすっ転んだ。
空が回る。草の匂いが鼻に突き刺さる。
「危なっ! 下がって!」
ひゅん、と矢が空気を裂き、ゴブリンの頬をかすめて注意を奪う。
その隙に、ドンが一歩間合いを詰め、斧を肩に乗せて踏み込む。
──同時に、ドンに気を取られたゴブリンの隙をついて、リムがゴブリンの脚を払うことに成功した。
ゴブリンが膝をつく。
「ふんっ!!!」
ドンの重たい一撃が、ゴブリンの身体を大きく引き裂いた。
……勝負あり。
次の瞬間、ゴブリンの体が黒い煙みたいにふわりとほどけ、霞のように散っていく。
その後に残ったのは、あの特徴的な角だけだ。
──な、なんだ?
尻もちのまま呆然としている俺に、リムが手を差し出してくれた。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます……あの、あれは?」
立ち上がった俺は、ゴブリンが残していった角を指差した。
「ああ、あれはドロップアイテムだよ。普通の生物と違って、魔物は倒すとエーテラに還るんだ。身体の一部を残してね」
「え、エーテラ?」
「貴方、何も知らないのね? エーテラはこの世界で一番重要なエネルギーよ? 街の魔術具だって、全部エーテラで動いてるんだから」
「むっ、そうなのか」
……何だかよく分からないが、ともかくゴブリンを倒すことが出来た。
全員で囲んで、やっと、だけど。
雑魚でこれか……
先が思いやられつつも、ゴブリンなら全員で囲めばどうにかなりそうだ。
俺はじんじんと痛む指先で、再び剣を握った。




