7 息づくもの
── 帝城・皇帝の寝所 深夜 ──
燭火の下、王女の体温が手の中にあった。
長い戦の年月で無数の命を刈り取ってきた掌に、今は震えながらも確かに生きる肉の重みがある。
その反応は複雑だった。
拒絶の強張り、恐怖の震え、そして抗えぬまま零れる吐息。
それらすべてが、彼女がまだ折れていない証であり、なお生きようとする証でもあった。
――かつての彼女は、つまらない女だった。
血筋を誇るでもなく、ただ怯えて立ち尽くす姿。
だが、その瞳の奥に、どうしても拭えない光を見てしまった。
名を与えられぬ執着のような、生への渇きのような――何か。
その正体を確かめたくて、鳥籠の外に放った。
そっと羽ばたかせれば、その光が何を示すのか見えるのではないかと――。
そして今、戻ってきた女の体を抱きしめている。
その身から立ち上るのは、確かにあの光の延長だった。
罰を自分の選択の証だと受け止めた姿。
遠目に見た、下働きの娘と交わす中で、ふと零れたかすかな笑顔。
故国の滅びを祝うことを務めとされる理不尽に、毅然と声を上げた姿。
そして今夜の場で、己の言葉で役割を語り直した誇りと怒り。
――そのすべてが、目を離せない光となっていた。
もちろん、その言葉も振る舞いも、まだ稚い。
力の前には揺らぎ、世界を変えるにはあまりに小さい。
だが――小さくとも、己の意志で刻もうとするその姿勢こそが、彼にはかけがえないものに思えた。
ただ従う囚われ人ではなく、己の存在に意味を与えようと足掻く女。
その誇りと怒りを、この手で縛り抱きしめ、自分のものとして確かめたい。
それは肉欲だけではなかった。
合理と非合理の境を越え、説明のつかぬ衝動に突き動かされていた。
(……俺は、何を求めている?)
問いは胸に浮かぶが、答えは定められない。
だが確かなのは、自分にとって、この女がもはやただの駒ではなく、何かを映す象徴となっていること。
だからこそ今はただ――
戦場で刈り取ることしか知らなかった手で、その生の力を抱きしめていた。
── 朝 ──
薄明かりが帳を透かし、静かな朝の涼気が漂っていた。
寝台の片隅で王女は身を起こそうとして――動きを止めた。
背に、まだ彼の腕の重みがある。
振り払えぬほど強く、けれど優しく包み込むように。
ぎゅっと抱きしめられたまま、彼の寝息が首筋にかかっていた。
以前の夜は、気づけば彼の姿は消えていた。
残されるのは熱と痕跡だけ――それが常であり、そういうものだと思っていた。
けれど今朝は違った。
その熱の本体が、なおも自分を抱え込み、離そうとしない。
その腕の温もりに包まれながら、王女の意識は昨夜の光景へと引き戻されていった。
あの広間で――自分の声を確かに放った。
与えられた役割ではなく、自らの言葉として紡ぎ出したものを。
だがその響きは、今こうして隣りに眠る男に絡め取られ、喝采の飾りへと変えられていった。
そして夜は――抗えぬまま、彼の腕の中へと流れ込んでいった。
拒めなかった。
熱と重みに縛られ、忘れようとしても記憶は鮮烈に残る。
悔しさか、屈辱か。
それとも、もっと別の何かか。
胸に残る感覚は、名を与えられぬまま疼いていた。
(……また、この男の掌にとらえられている)
そう思いながら、傍らのダリオスを見つめる。
眠りの中の顔は、戦場で人を斬る男とも、民を支配する皇帝とも違っていた。
ただ自分を離さず抱き留める、重く温かな存在。
その温もりは苦く、息を塞ぐ。
けれど同時に、広間で声を放った時の誇りはまだ胸に灯っていた。
誇りと囚われの狭間。
胸の奥の火と影を抱えながら、絡みつく腕をそっと指で押した。
すると、隣りの男は寝息まじりに声を洩らし、腕の力がむしろ強まった。
それでも、生きる限りは抗い続ける。
朝の静けさの中で、そのかすかな火だけが彼女を支えていた。




