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6 導かれる宿命

── 夜 帝城・皇帝私室 ──


重い扉が開くと同時に、燭火の光が差し込んできた。


足元の金茶の絨毯が、燭火を受けてほのかに光を返す。

蜜蝋で磨かれた木の床が、その下にわずかな軋みを孕ませ、冷たいはずの城の一隅に、微かな温もりと静けさが漂っていた。


ほんの少し前――ようやく夜会が終わり、華やかな衣装を脱いで髪を解いたところだった。

ようやくひと息つけるかと思った、その矢先、安堵の間もなく皇帝の侍従に呼び出され、寝衣の上に上掛けを羽織らされただけの姿でここに来る羽目になったのだ。


あまりに心もとない装いに、王女の胸はざわつく。

恥じらいと不安を抱えたまま、それでも背筋を伸ばして一歩ずつ部屋に進んだ。


長椅子に身を預けるダリオスの姿が目に入る。

燭火に照らされた横顔は、揺るがぬ闇のように冷たく、その黒い瞳がわずかにこちらを射抜いた。


「陛下……お呼びとのこと」


自分でもわかるほど声が硬い。

言葉を絞り出すたびに、喉の奥で羞恥と緊張がせめぎ合った。


彼は杯を傾ける手を止め、ゆるやかにこちらへ視線を流した。


「今日のお前は、なかなか見応えがあったな」


燭火の下で、黒い瞳がこちらを射抜く。


「故国の民を想う言葉……悪くなかったぞ。

 客どもをざわめかせたが、それもまた面白い余興だった」


胸の奥に熱がせり上がる。

必死に考え抜いて絞り出した言葉を、ただの余興と呼ばれる――悔しさが喉を焼いた。

けれど感情をあらわにするのは負けだとわかっていた。

王女は息を整え、わずかに視線を逸らして口を開く。


「……私は、余興として話したのではありません」


押し殺した声が落ちた瞬間、ダリオスの口元に笑みが浮かんだ。

低く洩れる笑い声が、燭火に揺れる空気を震わせる。


「分かっている。だからこそ価値がある」


愉快そうに目を細め、彼はゆるやかに言葉を継ぐ。


「お前の誇りも怒りも、余さず俺のものとなる。……それが亡国の王女の宿命だ」


胸がひやりと縮む。

怒りを抱いたはずなのに、すべてを奪い取られる宣告を前に、言葉が出てこない。

ただ目を伏せ、必死に自分を支えるしかなかった。


ダリオスは立ち上がり、ゆるやかに歩み寄る。

その影が王女の上に落ちた。


「ただ――これからはもう少し慎重になれ。俺でなければ、反逆の芽としてその場で刈られていたぞ」


低く落とされた声は、威圧でもあり警告でもあり、そしてどこか親密な響きを帯びていた。


(……反逆の芽……)


夜会のざわめきが脳裏によみがえる。

「帝国に忠誠を誓わないのか」「反逆の言葉では」――そんな囁きが重なったあの一瞬。

まったくそのつもりはなかったのに、自らの言葉がどう受け取られるかに気づき、背筋に冷や汗が走った。


そして今、その危うさを言い当てるように告げられた言葉が重くのしかかってくる。


唇がわずかに震えた。

その揺らぎを見透かしたように、ダリオスの口元に笑みが浮かぶ。


「だから――お前の命を繋いだ俺に、今夜は尽くせ」


その一言に、王女の思考が止まった。


(……今、なんて……?)


心臓の鼓動が一瞬遅れて跳ね上がる。


逃げ出して捕らえられてからの日々、もう一年近く――そういうことを強いられることはなかった。だから、もしかしたら、もう二度と求められることはないのかもしれないと、どこかで安堵していた。


それが唐突に破られた。

再び突きつけられた現実に、体の奥が熱くなる。


夜会での屈辱はまだ胸に重く残っている。

なのに、今告げられた言葉は、その苦さすらかき消すほどの衝撃だった。


(……抗わなければ)


そう思う。

けれど、抗っても結局は絡め取られるのではないか――そんな得体の知れぬ予感が胸にまとわりつく。

それでも、せめて。


「……もし、“嫌だ”と言ったら?」


かすれた声が唇から零れた瞬間、胸の奥にひりつく痛みが走った。


ダリオスは何も言わない。

ふっと笑みを浮かべ、ゆるやかに手を伸ばす。指先が頬をなぞった。

彼の体温が自分の肌に触れた途端、全身の力がすうっと抜けていく。


黒い瞳が至近に迫り、その無言の答えがすべてを物語っていた。


「よく耐え、よく言い返したな……だから今夜は、俺の鎖に繋がれて眠れ」


低く囁かれたその言葉は、称賛であり、命令であり、抗えぬ枷だった。

王女の胸の奥に、悔しさと恐怖と、そして拭いきれない甘美な予感が入り交じる。

心は拒めと叫んでいるのに、身体は彼の手の感触を覚えている。


――あの恐ろしい感覚に、また呑み込まれてしまう。


抗いきれないものが胸を締めつけ、甘く残酷な記憶が息を塞いでいく。

気づけば、心の奥まで鎖が絡みついていた。


頬に添えられた手の熱が、まるで鎖のように全身を縛る。

それでも足は、彼に導かれるままに前へ出ていた。


ゆるやかに引かれた手に従い、部屋続きの寝所へと進む。

まるで囚人の歩みに似て、それでいてどこか甘美な陶酔に似た足取り。


夜会のざわめきも、屈辱も、すべてが遠のいていく――。

残るのはただ、抗いきれないものに囚われていく自分自身の感覚だった。

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