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5 火種の余韻

── 夜会 帝城・大広間 ──


「故国の民がいる限り――そのために生きるのが、私の務めだと考えています」


王女の毅然とした言葉が広間に落ちると、

一瞬の沈黙のあと、波紋のようにざわめきが広がっていった。


「帝国に忠誠を誓わないということか……?」

「これは……帝国への反逆の言葉ではないのか」

「もしも故国の残党が立ち上がったら、旗になるということか…?」


さざ波のような囁きが、広間を不穏に揺らした。

好奇は疑念に変わり、疑念はやがて不安と敵意を帯びた。

王女はその視線の重みに押し潰されそうになる。


その時――。


「――静まれ」


低い声が広間を圧した。

一瞬にして広間は沈黙に沈んだ。


ダリオスが王女を見下ろし、ゆるやかに口元を緩めた。


「故国の地から遠く離れてなお、民を思う心――実に気高く、素晴らしいではないか」


あたかも高貴な振る舞いを称賛するかのように、優雅に持ち上げる響きだった。

その一言だけで、広間に渦巻いていたざわめきはすっと鎮められていった。


しかし次に放たれる言葉が、それをすぐに帝国の論理へと転じていく。


「その慈しみこそ、帝国が彼女を生かして抱えている証。

 亡国の姫がなお生き、民を思う姿を世に示す――これ以上の“慈悲の象徴”があるか」


広間の聴衆たちに、視線を巡らせる。


「そして、その慈悲をも掌に収めるのが帝国の覇だ。

 亡国の姫を殺すでもなく、ただ閉じ込めるでもなく――“象徴”として掌に抱く。

 それこそが、帝国の覇と慈悲を示す証だ」


最後に、彼はわずかに口元を歪めて客たちを見渡した。


「見よ――この姫は帝国の慈悲を映す器であり、その器さえ支配するのが俺だ」


その言葉が広間に落ちた途端、緊張に固まっていた空気が大きく揺らいだ。


「……なるほど!」

「さすがは陛下!」

「まったくもって仰せの通りにございます」


感嘆を洩らす声に、恭しく同調する言葉が続く。

重々しく頷く者、杯を掲げて同意を示す者、扇の影でうなずきを隠す者、沈黙のまま目を伏せる者――反応はさまざまだった。


だが結局はすべてが、喝采の渦へと呑み込まれていく。

大広間は歓声と賛嘆に満たされ、皇帝の言葉を称える声で揺れた。


王女はその横に立たされたまま、歓呼に包まれる。

けれどその胸の奥では、悔しさが込み上げていた。


――結局、またこうして利用されるのか。


民の安寧を願う想いすら、帝国の慈悲という名の枷に組み込まれてしまうのか。

胸の奥に悔しさが焼けつくように残るのを、王女は否応なく噛みしめていた。


その隣りで、ダリオスは王女の面差しを横目に見やり、まるで胸奥の悔しささえ見透かすように、唇に薄い笑みを浮かべた。





── 同夜 皇帝の私室 ──


夜会の喧騒が遠のき、静けさの戻った一室。

壁の燭火がゆらめき、深い影を床に揺らしていた。


礼服の上着を脱いだダリオスは、長椅子に片肘を預けて杯を傾けていた。

その傍らに控えるセヴランが、慎重に口を開く。


「……肝を冷やす一幕でした」


低く吐き出す声に、ダリオスが視線を横へ流す。


「まさか姫君の口から、あのような言葉が、あの場で飛び出すとは……」


セヴランの額にはまだ薄く汗が滲んでいた。


「あの言葉ひとつで、帝国の威信が揺らぎかねなかった。

 あれは諸刃の剣です。

 民を思う響きとして受け取られれば美談。ですが逆に、反逆と取られれば……」


言葉を濁しながらも、視線は鋭い。


ダリオスは杯を机に置き、短く笑った。

「だが結局、俺の言葉ひとつで“美談”になった」


「……ええ。ですが今夜のざわめきは、見過ごせぬ兆しです。

 王女があのように口を開くたび、同じ火種が生まれるでしょう」


セヴランの声音には憂慮が滲む。


ダリオスはその憂慮を愉快げに受け止めながら、再び杯を手に取った。

「……面白いじゃないか。火種を抱えた象徴こそ、もっとも人の目を惹く」


「私は、少しも面白くは思いません」

セヴランが憮然と返す。


側近のその様子に、ダリオスはふっと笑う。

「そう言うお前だって、なかなか強気な印にしたじゃないか」


セヴランの眉がわずかに動く。


「周辺諸国や血筋にこだわる者たちからすれば、挑発に等しい強烈なメッセージだ」


燭火に照らされた黒い瞳が、愉しげに細められる。

セヴランは、とぼけるように目をそらした。


「……王女の言葉も、お前の仕掛けも。どちらも俺にとっては面白い」


セヴランはわずかに沈黙し、その言葉を否定も肯定もせずに受け止めた。





セヴランが一礼して部屋を去った後、

ダリオスは長椅子に身を預けたまま、ゆるやかに一人、杯を傾けていた。


燭火の揺らぎと、杯に落ちる琥珀の液。

炎の影が壁を這い、帝都の夜気が遠く窓辺を撫でた。


しばし無言。


やがて彼はふと笑みを浮かべ、思いついたように扉の方へ声を投げた。


「……王女を呼べ」


重い扉の向こうに控える侍従が、小さく応じる気配がした。

燭火の下で覗いたダリオスの瞳は、静かに光を宿していた。

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