表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

阿呆アラサーエッセイ

『ゆとり世代』とか『Z世代』とかいう言葉が嫌いな阿呆アラサー梅雨の陣

作者: 鶴嶌大晩
掲載日:2026/06/16

 私はいわゆる『ゆとり世代』だ。


 しかし幸運にも(?)幼少期から私立の学校に通っていたため、その恩恵をほとんど受けていない。


 記憶が確かであれば小学校でも中学校でも普通に土曜日に授業を受けて山ほど宿題出されてたし、高校では大学受験のため(マジで受験のためだけ。受験のためだけ!)の授業が朝から晩まで行われていた。


 ついでに言うと私は平成生まれではあるが部活動でも普通に訴訟を起こせそうなレベルの罵詈雑言を浴びせられていた。今ならガチコンプライアンス違反レベルのものを。全然ゆとりなんてねえな。


 しかしあれは……恐らく高校生ぐらいからだろうか、テレビのバラエティー番組で同世代の芸能人が登場すると『大人』たちからずっと馬鹿にされていた。思い返すと本当に気の毒なほどに。


 現代と比べると『勉強ができない』ことにフォーカスを置かれた番組や企画が多かったと思われ、大人になって「ま、ああいうのもある程度は演出だったんだろうな……」と分かってはきたものの、それでも全方向から好き放題言われてかわいそうだった。


 それに当時はとにかく『若者=ゆとり世代=馬鹿』というよくよく考えたら(考えなくても)あり得ない数式が当たり前のように世間の中で浸透。そしてその雰囲気はテレビの画面の向こう側のみならず身近な社会でも存在していたと思う。


 『ゆとり世代』という言葉が免罪符のように扱われ、至る所で大人たちから言われたい放題。教員たちの中にもこれに乗っかっていた者は少なくなかっただろう。


 そして私はそれに、本当に腹が立っていた。


◇◇◇


 今の時代でも若者を指す表現として『Z世代』という言葉をたまに聞く。


 もちろん私はこれも嫌いだ。それにきっと今の、私よりもずっと若い当事者たちの中にだってこの言葉に違和感や嫌悪感を抱いている方も少なくないだろう。


 まあしかし私も気づけば下の世代から見ればおじさんにカテゴライズされる年齢になった。それはもう受け入れている。だから最近はちゃんと運動している。


 で。まあ年を重ねるにつれていわゆる『○○世代』という言葉を用いた世代レッテルというのは、色々な場において身を助ける非常に使いやすい道具であることにようやく気づいてきた。


 とっても楽なんですわな。なぜならレッテルを貼れば細かいことは考えずに済むから。 


 これら『○○世代』という言葉を使えば、下の世代に対して個々人が抱えるバックボーンを分析しなくても済む。とにかく自分よりも若い年齢帯の行動や思考が説明()()()()()()、偉ぶって苦言を呈することもできるからだ。


「仕方ないよ。だってあいつは○○世代だから」

「まー、○○世代なんてあんなもんだよな」

「○○世代の奴らってよく分からんな」


 加えて「俺たちはあーじゃなかったよね」と付け加えれば、自分自身の大したことない(もしくは実は悪さをしていた)過去も美化できて後付けで肯定することが可能。


 こんな便利で万能で都合のよい言葉、使わない方が損だ。


 しかし……本当にそれでいいのだろうか?


◇◇◇


 いつの時代だって世代間で意見や価値観の相違は存在する。


 以前どこかで目にしたが、古今東西にわたり『今時の若者は……』という愚痴は存在するらしい。人間って変わんないね。そしてきっとあの時私たちのことを『ゆとり世代』と馬鹿にしてきた者も大なり小なり同じ経験をしてきたのだろう。


 ちなみに言っておくが私だって自分よりも若い世代のことをべろべろに甘やかしたいわけではない。


 特にSNS周辺のニュースを見ると本当に若い人に呆れることは多いし、街に出ても大学生っぽい集団の言動にイラつくことも正直ある。だって人間だもの。


 だけどここでちょっと考えたい。


 ……別に私の同世代や、もっと上の世代だってモラルに欠けたことはやっているじゃん。


 大きく報道されるような事件・事故はもちろん、たとえば電車の中で馬鹿みたいに大声で話してたり、店舗の中でスタッフに理不尽にキレてたり。


 先に言ったSNSであってもそうだ。どう見ても若くない人間のアカウントが「何やこれ?」と首を傾げたくなるような投稿、もしくは投稿への返信をしていることも少なくない。


 そうなると問題を抱えているのは『今時の若者』だけじゃない。『今を生きる人間』誰しもなんだと思う。


◇◇◇


 最近AIの話題で割とどこもかしこも盛り上がっているが、とにかく技術の発展は目覚ましい。というか正直怖い。私なんて未だに「よく考えたらファックスって凄くね?」ってたまに考えるのに。


 そして数年前には私たち『ゆとり世代』のことを馬鹿にしていたであろう大人たちは、それらすごすご技術たちに振りまわされているだろうなあと見ている。


 あの時、特に悪いこともしてないのに(本当に悪いことをしていた奴はうまく隠れていたというね)ストレス発散のために私のことを罵倒してきた教員たち。少し前まではまだ消えない怒りを抱えていたが、最近はちょっと心配になっている。


 スマホはきちんと扱えているだろうか?変なアプリなど入れていないだろうか?AIはすべて正しいなんて思っていないよな?


 どんな人間であっても誰しもが衰える。そうなると、同時に下の人間に色々なことを託していかなければならない。


 繰り返すが何も若者(そもそも自分だって人生の先輩方から見たらまだまだひよっこだろうが)のことを全肯定しろと言っているわけではない。それに若いというだけで優位に扱われるべきでもないと思う。


 確かに異なる世代にストレスや不満や疑問を持つこと気持ちは分かる。それこそ老若男女問わないことだろう。


 しかしそれでも。育った時代は違っても、同じ社会に生きているのであればきちんと向き合うことも大事だ。「急がば回れ」という言葉じゃないが、結局誰もがその努力をすることが楽への一番の近道だと考えているから。


 それこそ、常に気持ちに『ゆとり』を持ってね。


 まあ私は『ゆとり教育』の恩恵をマジでマジでマジで受けてないけどな!

阿呆アラサーのエッセイシリーズ設定しました。

なんだこの奇天烈なシリーズ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ