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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

襲撃、始まりの神セイレム〜問題用務員、強力性転換薬襲撃事件〜

作者: 山下愁

 問題児筆頭ことユフィーリア・エイクトベルはご機嫌だった。



「副学院長のところのエロトラップダンジョンで性転換薬が作れるとはな。しかも強力だから薬物耐性があってもしばらく魔法薬の効果が期待できるなんて面白い代物ねえわ」



 ホクホク顔で廊下を進むユフィーリアは、濃い桃色の液体が詰め込まれた小瓶を握っている。


 この液体は副学院長のスカイ・エルクラシスが作成したエロトラップダンジョンに群生している魔法植物から採取した体液で調合した魔法薬で、強力な性転換薬である。魔法薬に対して耐性がある人物でも薬効の中和に時間がかかるようで、元の姿に戻るにはそれなりに時間を要するらしい。

 副学院長のスカイがニヤニヤした笑顔で「面白いものがあるッスよ」なんて言うものだから何かと思えば、まさかのこんなに面白いものを用意してくれるとは想定内である。副学院長の『面白い』という話は大いに信用できる。


 小瓶を握りしめたユフィーリアは、



「さてさて、これは誰に使うべきかな」



 やはりここは付き合いが長いエドワードだろうか。彼に性転換薬を使うと、その筋肉量に見合った爆乳美女に変身してくれるので手のひらから溢れんばかりの巨乳を揉み放題である。その分、ユフィーリアの命が大変なことになりかねないのだが。

 次いで選択肢に浮上したのが、学院長のグローリアだ。彼も性転換薬を使うといい乳をした美女に変身するのだ。ヒョロヒョロのもやしが肉感的な美女に変身するのはとんだ方程式が成り立ってしまっているのだが、見応えは十分である。


 そしてついでに言えば、最愛の嫁であるショウと暴走機関車野郎のハルアの2人は論外だ。性転換薬を使用しても変化が見られないからである。



「よし、今日はグローリアの誕生日だし。どうせならこの魔法薬を使って楽しむか、誕生日プレゼントだ」



 本人が聞いていれば「ふざけんな」と一言を怒鳴られるかもしれないが、とにかくこれが今年の誕生日プレゼントである。相手を祝うという気持ちよりも面白さを取ったがゆえだ。



「えーと、このあとの予定は」


「お」



 ちょうどそこに、目当ての人物が通りかかった。


 烏の濡れ羽色をした長い髪を紫色の蜻蛉玉とんぼだまが特徴のかんざしでまとめ、知性を感じさせる紫色の瞳で手元の羊皮紙を睨みつけている。女性にも男性にも見える中性的な顔立ちには疲労の色が浮かんでおり、よほどの忙しさがあると窺えた。

 仕立てのよさそうなシャツにスラックス、魔法使いらしい厚手の長衣ローブを羽織ったその姿はまだ駆け出しの魔法使いという印象を受ける。胸元で煌めく不思議な色合いの魔石を使ったループタイが揺れており、気品の高さも感じさせる。


 お忙しい学院長のグローリア・イーストエンド、ここに降臨だ。



「ようグローリア、これ誕生日プレゼントだ。ありがたーく受け取れよ!!」


「え、何ぎゃあ!?」



 目的の人物に、ユフィーリアは魔法薬をぶっかける。


 濃い桃色の液体が触れた途端、グローリアがボンという軽く爆発した。真っ白な煙に覆い隠されてその姿が見えなくなってしまう。

 一体どんな美女が出てくるのかとユフィーリアは心待ちにしていた。その細い身体に見合わない巨乳美女が出てきたら、即座に捕まえて誕生日に相応しく綺麗に着飾ってやるべきだろう。


 そして白い煙の中から出てきたのは、



「けほ、けほッ。全く酷いわぁ、何よこれ。あら?」



 艶やかな黒髪に紫色の瞳、シャツを押し上げる母性の塊は豊かなものである。顔の輪郭も丸みを帯びており、中性的な顔立ちというより穏やかな印象を与える女性のような神々しいまでの美貌をユフィーリアの眼前に晒していた。

 というか、声そのものも変化していた。涼やかな低い声は女性らしく鈴を転がすような可憐な声になっているのだが、性転換薬で見込んでいた反応とは明らかに違っていた。声どころか口調までも変わっているのだ。目の前の存在がグローリアの女体化バージョンであるにも関わらず、本人に見えない訳である。


 唖然と立ち尽くすユフィーリアに、その黒髪紫眼の美人は顔をパァと明るくさせるとすぐさま抱きついてきた。



「エンデ!! エンデじゃない!! きゃあ、久しぶりねぇ!!」


「うおおお誰だお前!?」



 抱きついてきた黒髪紫眼の美女を引き剥がし、ユフィーリアは距離を取る。


 エンデ、というのは古の女神である『終わりの女神エンデ』のことだろう。ユフィーリアの知識と照らし合わせるとそのような名前の女神が存在していたと記憶がある。

 彼女の容姿は銀髪碧眼なので、奇しくもユフィーリアと同じ見た目をしていた。なるほど、見た目を間違うのは当然のことである。


 引き剥がされたことで少しばかり寂しそうな黒髪紫眼の美女に向き直ったユフィーリアは、



「あー、お嬢さん悪いな。アタシはエンデじゃねえんだ」


「いいえ、貴女はエンデよ。私の感覚がそう言ってるわぁ」



 黒髪美女はうっとりとした表情で言う。こいつ、他人の話を聞かないのか。



「いやだから」


「貴女と会えたのも、もう数千年ぶりねぇ。懐かしいわぁ、元気だった? そうね、元気よね。何だか口調も変わったっぽいけれど、楽しく過ごしているようねぇ」


「いやあの、話を聞けよ!?」



 ユフィーリアは堪らず叫ぶと、



「お前誰だよ、アタシのことを終わりの女神エンデに間違えるとか阿呆なんじゃねえの!?」


「あら、気づかないの?」



 黒髪美女はその豊満な胸を張ると、高らかに自分の名前を口にした。



「セイレムよ、始まりの神セイレム。貴女と対になる神様よぉ」


「……セイレムってこんな阿呆っぽそうなんだな。全然知らなかったわ」


「阿呆っぽいって何よぉ!?」



 始まりの神セイレムと名乗った黒髪美女は、可愛くもなく頬を膨らませてぷんすこと怒りを露わにする。


 始まりの神セイレムと言えば、終わりの女神エンデと対になる存在だ。始まりを司る神様として今現在でも広く人気のある神様であり、男性には女性に、女性には男性に見えるという不思議な性質を持っている。ただ口調はどちらの性別で出現しても女性的で、信心深い連中でない魔女や魔法使いは「始まりの神セイレムはオネエさん」という評価まで下している。

 そしてユフィーリアは、グローリアが神下ろしの成功体であることを知っていた。その身体に下された神が『始まりの神セイレム』である。神下ろしの際に魂が融合したものの、性格はグローリアのまま始まりの神セイレムの人格は表層に出てくることはなくなってしまった。


 つまり今回、ユフィーリアがぶち撒けた強力な性転換薬のせいで始まりの神セイレムの人格が表層に出てきてしまったという訳だ。



「それにしてもエンデ、ここはとても素敵な場所ねぇ。出来ればもっとお話しながら案内してもらいたいわぁ」


「おいその駄肉を押し付けてくるんじゃねえよ、鬱陶しいな」



 未だにユフィーリアを終わりの女神エンデと間違える始まりの神セイレムは、豊かな胸をユフィーリアの腕に押し付けてくる。鬱陶しくて仕方がなかった。

 男子ならば喜ぶべき場面だろうが、ユフィーリアには最愛の嫁がいる。こんなふしだらな女など好みではないのだ。おっぱいを押し付けられても何とも思わないし、むしろ邪魔である。


 始まりの神セイレムはつまらなさそうに唇を尖らせ、



「エンデ、ちょっと酷くないかしらぁ? 何でそんなに下品な言葉を使うのよぉ」


「だからエンデじゃないって言ってんだろ」


「いいえ、貴女はエンデよ。私の感覚が告げているもの」


「その感覚は随分と馬鹿タレなんだな。うぜえから離れろもう、その乳を押し付けてくるんじゃねえっての」



 グイッとユフィーリアは始まりの神セイレムを引き剥がす。今になって強力な性転換薬などをぶっかけなければよかったと後悔し始めていた。



「んもう、エンデってばいつもそうやってつれないんだから」



 始まりの神はユフィーリアの冷たい態度に満更でもない様子で、



「ねえエンデ、もうちょっとお話しましょう? 貴女とたくさん話したいのよぉ」


「だから抱きついてくるんじゃねえって言ってんだろ、痴女かお前!?」


「痴女じゃないわよぉ、貴女が大好きだからよエンデ♪」


「絶対に揶揄ってるよなぁ!? お前、絶対に楽しんでるよなぁ!?」



 グイグイと豊満なおっぱいをユフィーリアに押し付けて抱きついてくる始まりの神セイレム。表情もイキイキとしていて楽しそうである。

 この状況を最愛の嫁が見たら、と考えただけで肝が冷える。いつもだったら学院長のグローリアがキンキン声で叫んで終わるだろうが、今は始まりの神セイレムだ。これでも神様である。何をされるのか分かったものではない。


 どうかこのまま穏便に帰ってもらえないかと思考回路をフル回転させるユフィーリアに、最悪の状況が到来してきてしまった。



「この泥棒猫ッ、ユフィーリアに何をするんですか天誅!!」


「ほげえッ!?」



 始まりの神セイレムが、歪んだ白い三日月の形をした魔弓に轢かれた。


 放物線を描いて吹き飛ぶ始まりの神セイレム、叩きつけられる神の肢体。乱れた着衣から豊満な胸の谷間が覗く。

 ボサボサになった黒い髪をカーテンのように持ち上げると、彼女は紫色の瞳で三日月型の魔弓を睨みつける。自分に乱暴を働いた下手人に何か一言でも怒鳴ってやろうという気概が見え隠れしていた。


 三日月型の魔弓に寄り添うのは当然、可憐なメイド服に身を包んだ我らが世界で1番のお嫁様である。



「どこの馬の骨だか知りませんが、ユフィーリアに馴れ馴れしすぎです。ぶち殺しますよこのアバズレ」



 夕焼け空の瞳をぎらめかせ、人形のように整った顔立ちには圧力を感じさせる無表情が乗せられている。艶やかな黒髪を冷たい空気に靡かせて、怒りを全身から滲み出していた。

 古風なメイド服を身にまとった姿は可憐で清廉なものだが、どうにも今は何も口出しは出来ない雰囲気がビンビンに漂っている。黒いワンピース、純白のエプロンドレス、王冠の如く輝くホワイトブリム、腰で結ばれた大きなリボンなどユフィーリアを唆る部分は多々あれど、彼から発される怒りの空気が軽口を許さない。


 絶対無敵なメイド様、アズマ・ショウはビシッと指差す。



「いいですか、ユフィーリアはひんぬー好きなんです。その牛みたいな乳はお呼びではないんですよ。脳味噌までおっぱいで支配されているから他人の話を聞けないのですか? もしかしてその駄肉が本体です?」


「…………」



 ショウの冴え渡る舌剣は始まりの神セイレムさえも傷つけるが、肝心のセイレムの方は紫色の瞳を見開いて固まっていた。

 さすがの神々でもあそこまでボロクソに言われれば傷つくのかと思いきや、何故か小刻みに震えている。明らかにショウを怖がっている様子だった。


 が、しかし。始まりの神セイレムはやおら仁王立ちすると、その豊満な胸をショウのささやかな胸板に押し付けた。貧乳と巨乳の見事な鍔迫り合いである。



「貴方ねぇ、神様に対する態度じゃないでしょぉ!? 初めて会った時もそうだったけど何様のつもりよぉ!!」


「俺と貴女は初めて会いましたよ、もしかして記憶領域も色欲に塗れているんでしょうか? 大丈夫ですか死んだ方がいいんじゃないですか今なら無料で冥府にご招待できますよ」


「キイイイイ!! 本当に気に食わないわねぇ、貴方!!」



 金切り声を上げた始まりの神セイレムは、



「神に逆らったことを後悔させてあげてもいいんだからねぇ!! 誰が貴方をこの世界に呼んであげたと思って」









「ほう、聞き覚えのある耳障りな声が騒いでいると思えば――――息子に何をするつもりかね?」









「ひいッ」



 始まりの神セイレムの後頭部を、彼女の背後に迫っていた人物が鷲掴みにする。


 艶やかな黒髪、夕焼け空の瞳はショウと全く同じ。瓜二つの容姿をしているものの、その身にまとう年齢を重ねた大人びた雰囲気がある。可憐さというよりも妖艶な色気のようなものが感じ取れた。

 装飾のない神父服に髑髏どくろのお面、錆びた十字架が胸元で揺れる。遠くから見れば黒い針を想起させる長身痩躯。ショウの身長をかなり伸ばせば、彼のようにはなるだろう。


 ショウの父親、アズマ・キクガである。



「始まりの神セイレムか。久しぶりな訳だが」


「え、え? 分裂?」


「息子と言ったはずだが。聞こえなかったかね?」


「息子ぉ!?」



 始まりの神セイレムは素っ頓狂な声を上げ、



「こんなに似るぅ!?」


「それが答えな訳だが」



 キクガは「ところで」と言い、始まりの神セイレムの後頭部を掴む手に力を込める。始まりの神セイレムの口から甲高い悲鳴が上がった。



「息子に何をするつもりかね? 返答によっては冥府に連れていく訳だが」


「いや、あのー、これは……」


「そうそう、忘れているようだから再度言わせてもらう訳だが」



 キクガはショウよりも凄みのある無表情で始まりの神セイレムの顔を覗き込む。



「――私が生きている限り、君を呪い続けると言ったはずだが。何故、表に出てきているのかね?」


「わ……ァ……」


「何故、表に、出てきているのかね?」



 絶対零度の声を容赦なく浴びせられ、始まりの神セイレムは泣きそうな顔でユフィーリアに助けを求めるように視線を投げてきた。


 ユフィーリアは当たり前のように無視をした。

 何故か知らないが知り合いのご様子なキクガが、あれほど怒りを露わにしているのだから触れない方がいい。怖すぎるので助けたくないし、助けたら助けたで面倒なことになりそうだ。


 四面楚歌の状態な始まりの神セイレムは、



「きょ、今日のところは勘弁」


「君が上に立つことはない訳だが? 殺すぞクソ神」


「ひいいい帰るから勘弁してえ!!」



 始まりの神セイレムが叫ぶと、グローリアが膝から崩れ落ちる。どうやら始まりの神セイレムは再び彼の深層世界に引きこもった様子である。

 あの鬱陶しそうな神が引っ込むと、彼の紫色の瞳に見慣れた光が宿る。ぱちくりと瞬きをし、それから自分の身体を見下ろし、豊かなおっぱいとご対面を果たした。しかし驚く様子はない。


 グローリアは寝起きのような様子でユフィーリアを見上げると、



「……ユフィーリア? これは一体どういうこと?」



 そんな冷たい声の問いかけに、ユフィーリアは笑顔で答えた。



「誕生日プレゼント」


「ユフィーリア、君って魔女は!!」



 強力な性転換薬をぶっかけられたことにはちゃんと記憶があるグローリアは、しっかり説教をするのだった。

 ちなみに始まりの神セイレムが表層に出てきた件に関しては、何も覚えていなかったようである。

《登場人物》


【ユフィーリア】強力な性転換薬で襲撃した馬鹿タレ。このあとしっかり誕生日ケーキを焼かされる。焼くのではなく、焼かされる。

【グローリア】強力な性転換薬で襲撃された不憫な学院長。このあとしっかりケーキをやけ食いする。


【ショウ】お散歩していたらユフィーリアに見知らぬ女がまとわりついていたので襲撃。

【キクガ】聞き覚えのある女がいたのでご挨拶。いい記憶はない。

【始まりの神セイレム】グローリアに下された神様。始まりを司ることで有名。キクガをこの世界にやって来させた原因。終わりの女神エンデはセイレムをうざがっていたと噂があるほどウザ絡みをする。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、お疲れ様です!! そして学院長先生、お誕生日おめでとうございます!!学院長先生のお誕生日特別編、すごく面白かったです!! >『始まりの神セイレム】グローリアに下された神様。始まりを司…
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