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8 調子外れの音でも掬い上げるから


 リシャルジアは嵐の多い季節でも比較的被害を受けにくい事もあり、日照時間も長く、真昼の日差しはとても強い。

 それもあってか、海沿いの道はパームツリーが並んで植えられていて、日陰になる木の側を歩くと、吹き付けてくる潮風も相まって、とても気持ちがいい。

 仕事が休みの日は、家の事を片付けてからマーレの所へと行くけれど、その時は大抵この海沿いの道を歩いていくのが、私のお気に入りだ。

 蜂蜜色の街をぐるっと見渡せて、見上げた高台にある時計台は太陽の光を反射している。

 地平線に見えるのはガタンゴトンと音を鳴らして走る水上列車で、七色の光を弾きながら薄青の煙を吐き出しているのが見えた。

 自然と足取りが軽くなって、ステップを混ぜながら道を進んでいると、ふと、子供達の甲高い声が聞こえた。

 この辺りで子供の声がするのは珍しい。

 いつもマーレに会う岩場から程近いその場所は、潮の流れが早くて、地元の人間は殆ど近寄る事はない。

 半年前にこの町に来た私でさえ、海に出る時はこの辺りには近づかないようにとおばあちゃんにきつく言い聞かされた程だ。

 海没後の地形は災害後という事もあり、年々変化をしている場所も少なくはないそうで、その為か、調査が行き届いていない所もあるようだとは私も聞いてはいる。

 だからこそ、子供達は大人の助言を聞きつつも、遊び場になる場所を自分達なりに探し出しているのかもしれない。

 但し、マーレのように海に住まう人魚族には何て事はないだろうけれど、私達人間にとっては、幾ら身近にあるといっても、海というものは大きな脅威になり得るものだ。

 だんだんと心配になってきた私は、高台にある時計台を見て小さく息を吐き出した。

 約束の時間の、十分前。

 まだ余裕があるし、少し様子を見てこようかな、と私は声のする方へと足を向けた。

 声がしたのは小さな崖になっている場所で、高い波しぶきが立っている。

 いかにも危なそうな場所だなあ、と顔を顰めて周囲を見回すと、度胸試しでもしているのか、五、六人の小さな子供達が、騒ぎながら崖から海に飛び込もうとしていた。


「ねえ、君達! ここは危ないから海に入っちゃ駄目だよ!」


 私が注意すると、子供達は大人が来た事に驚いたのか、慌てふためいている。

 その瞬間、飛び込もうとしていた子が、後ろにいた小さな女の子にぶつかって──よろけて重心を見失った女の子の小さな身体が、海の中へと落ちていってしまう。

 子供達が一斉に甲高い悲鳴を上げていて、私は一気に血の気が引いた。

 助けないと! と私は慌てて崖の端から岩場に下り、サンダルを投げ捨てて海に入った。焦りからか、いつもより水が冷たく感じられる。

 ざぶざぶと波を掻き分け、意を決して水面に潜ろうとした瞬間、ぐい、と突然後ろから手を引かれてしまい、身体がつんのめってしまった。


「何するのよ!」


 そう叫びながら振り返ると、マーレがにこりと笑っていて。


「えっ、マーレ?」

「危ないから、ルエラはここにいて」


 僕が必ず助けてくるから、と真っ直ぐに見つめられてそう言われ、私は思わず素直に頷いてしまっていた。

 だって、あんなに真剣な顔をしたマーレは初めて見た、から。

 マーレはすぐに海の中へ潜ると、女の子が溺れた辺りへと泳いで行ってしまった。

 私も海から上がって残りの子供達に声をかけ、他の子供が溺れていないかを確認したり、パニックになりかけている子を宥めたりしていたけれど、内心では心臓が破裂しそうなくらいバクバク鳴っていて、怖くて怖くて仕方がなかった。

 マーレは長命種で、人魚族だ。だから、海の事ならマーレより頼りになる人なんてここにはいない。大丈夫に決まってる。

 さっきまでは海に飛び込もうとしていたくせに、何で今更こんなに怖がっているの、と叱咤して、震える手を悟られないよう握り締めていると、マーレはすぐに戻って来てくれた。腕の中には、小さな女の子を抱えている。


「マーレ、女の子は?!」

「ちゃんと息はしてるから大丈夫だと思うけど……、少しだけ海水を飲んじゃったかな」


 慌てて駆け寄ると、マーレから女の子を受け取って、私は急いで呼吸の有無や異常がないかを確認する。

 女の子は咳込んで水を吐き出すと、小さな身体を震わせながら、必死に私に抱きついてくる。

 意識はあるし、脈も少し早いけれど正常範囲内。呼吸も、咳が落ち着けば平気そうだ。

 子供達の持っていたタオルで女の子の身体を包んであたためてやりながら、私はホッと息を吐き出した。


「ありがとう、マーレ」


 マーレにお礼を言いながら女の子を抱き締めると、女の子はようやく自分の身に起こった事を理解したのか、うわあん、と声を上げて泣き出してしまっていた。


「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だよ」


 女の子の背中を優しく撫でながら宥めるけれど、きっと物凄く怖くて堪らなかったのだろう。嗚咽混じりに泣きじゃくり、ぎゅうと私に縋り付いてくる。

 周囲にいる子供達も女の子の感情に引きずられているのか、今にも泣き出しそうな顔をしている子までいて、マーレも流石に困った顔をしていた。


「うーん、泣き止まないね……」


 どうしようか、と悩むマーレに、私は小さく頷いて、女の子を抱え直す。

 こういう時、お母さんとかおばあちゃんって、どうしてくれていたっけ? 考えて、私は女の子の頭に頰を当てた。

 こうして私を抱き締めて、安心させようとしてくれて……。

 子供の頃、お母さんがしてくれた事をぼんやりと思い出すと、私は女の子の背中を一定のリズムでぽんぽんと優しく撫でて、息を吸った。


 ねんねやよいこ、よいこはねむれ。


 子供の頃にお母さんが歌ってくれた子守唄を思い出しながら歌っていると、周りの子供達はぽかんと口を開けて顔を見上げてくる。

 あれ? ねんねこねんね、ねんねんねむれ、だったかな?

 流石に昔に聞いていた子守唄は今歌ってもうろ覚えすぎて、適当に歌い過ぎただろうか、と恥ずかしくなりながらも歌い続けて女の子をあやしていると、近くにいた子供達が、気まずそうに声をかけてきていて。


「姉ちゃん、めちゃくちゃ歌下手くそだな……」

「けど、この子もびっくりして泣き止んでるよ」

「まじか。姉ちゃんすげえ」


 抱っこしていた女の子を見ると、確かに目尻には涙が溜まっているけれど、ぱちくりと目を丸くして私を見つめていた。

 そんなに酷かったのかな、と恥ずかしさに顔が熱くなってくるのを感じていると、マーレが肩を震わせながらも何とか我慢していたが、とうとう堪えきれずに、声を上げて笑い転げている。


「あはははは!」

「マーレ、笑い過ぎ!」

「だって、あんなに泣いてた子がルエラの歌を聞いた途端、泣き止んじゃうんだもん!」


 音の外れ方が芸術的過ぎて最高にかわいいだのなんだの、腹立たしい事ばかり言っているので、私は思わず子供のように頰を膨らませてしまった。

 だけど、マーレの笑い声に釣られてか、いつの間にか周りの子供達までけらけらと笑っていて、落ち込んでいた空気がすっかり明るくなっている。

 恥ずかしいけれど、まあ、子供達が笑ってくれたからよしとしよう。うん。

 私は女の子を地面に下ろすと、咳払いをして、子供達に視線を合わせた。

 私の真剣な表情に気づいたのか、子供達もじっと見つめ返している。


「あのね、ここは潮の流れが早いし、崖から落ちた時に怪我するかもしれないでしょう? 今回はマーレがいたから助かったけど、次はどうなるかわからないよね? だから、遊ぶなら安全な浜辺の方にして欲しいんだ」


 もし遊んでもいい場所がわからなかったら私に聞きにきてもいいから、と海風亭の場所を教えると、子供達はきちんと理解してくれたようで、真面目な顔で何度も頷いてくれていた。

 ごめんなさい、助けてくれてありがとう、とちゃんとマーレにも頭を下げてお礼を言っているので、きっと悪い子達ではないのだろう。

 私はそっと息を吐き出して笑うと、時計台を見上げて時間を確認する。

 いつもマーレと別れる夕暮れの時間帯にはまだ早いけれど、子供達をこのまま家に帰すのは心配だし、親御さん達にも状況を説明しておいた方がいいだろう。


「マーレ。私、心配だからこの子達を家まで送ってくるね」

「……、うん、わかった」


 マーレは素直に頷いていたものの、淋しそうに笑っている。

 いつもだったら文句を言っているだろうけれど、今回はそういかない状況なのは彼もわかっているのだろう。

 そうは思っているものの、その表情が何だかとても気になって、私は後ろ髪を引かれながらも、彼に手を振って子供達と町の方へと歩き出していた。


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