俺が逮捕された理由
「君には感謝しているんだ。君がジャラス一家を壊滅させてくれたおかげで、スラムはずいぶん住みやすくなった」
一週間前、猫を探してスラムに入った俺は、その途中で魂に刻みつけられた顔を見かけた。王女の暗殺未遂の実行犯の一人で、幼かった俺に剣を突き立てた男だ。
その男が路地に消えたので、ついていったらチンピラに絡まれた。対処したらからんでくるチンピラがどんどん増えたので、それに対処しただけだ。
「だったら、早くここを出してもらえないですかね?」
取り調べはもう一週間になる。牢の鉄格子の向こうに座る衛兵さんとは、ちょっと仲良くなってきた気がするほどだ。
「そういうわけにもいかなくてね。上司はポッと出の平民が、チンピラとはいえ犯罪組織をまるごと壊滅する武力を持っているのは異常だと言っていてね。しかも、追跡者ギルドでも手配がかかっていない幹部について、広域で余罪を調査しろというアドバイスつきときた。その情報源に我々は興味津々なんですよ」
最後の方に出てきた暗殺未遂犯はかなり強かった。さすがに手加減する余裕がなく、重傷を負わせてしまったが、話せるようになれば王城に暗殺者を送り込んだ黒幕がわかるかもしれない。
もう直接リンのことを守れないので、せめてリンの命を狙う奴は割り出して叩きたい。あんなことがもう起きないように。
「大したお話はできないって、ずっと言ってますよね? そりゃ、故郷の道場でちょっとぐらい剣術の訓練は受けましたけど、それだけですよ。アドバイスにしても、猫を探しているときにそんな話をあの男がしているのを聞いたってだけですし」
嘘だ。まさかこの国の王位継承者の暗殺未遂現場に立ち会いましたとか、口が裂けても言えない。
「だいたいそれ、今回の件と何か関係があるんですか? 僕がここにいる罪状はスラムの家を壊したことでしょ? それは賠償はするって言ってるじゃないですか」
実家からの餞別は思っていたより多額だったし、今回捕縛した賞金首も高額だったので、下町の長屋ぐらいなら丸々買えるはずだ。少し目立ちすぎたので、釈放されたら別の街に行っても良いかもしれない。
「被害額を算定中なんだ。払わずに逃げられたら大変だから、もう少し我慢してほしい。さて、じゃあ暇つぶしがてら、もう一度最初から説明してもらっても良いかな?」
衛兵さんは俺の抗議などどこ吹く風で、もう何十回も話した内容を聞こうとしてくる。
「だから、ギルドの受付のお姉さんに、スラムは弱肉強食だから、もし絡まれたら実力を誇示しつつ深入りするなって習ってたから、その通りにしただけですよ。斬りかかってくる奴の腕は鞘をつけたままで殴り、矢や魔法は石を投げました」
雑魚に関しては本当にそれだけだ。
「切創がある者もいたと報告があるが?」
「ちょっと強かった奴が何人かいて、そいつらは剣を抜いて対応しました」
「周囲の家が潰れたのはその時だと?」
「そうです」
「そこは何度聞いてもわからないんだけどね。剣でどうやって家が潰れるの? 剣は魔剣の類いじゃないんですよね?」
「いや、剣が届く範囲しか斬れないのは素人ですよ。斬撃を伸ばせて半人前、斬りたいものだけを斬れるようになったら一人前だそうです」
これは本当に師匠に言われた。
「うん。よくわからないね。僕が説明できないなら、当然上司も納得しないよね」
「それを俺に言われてもですね……」
衛兵の時間稼ぎがあからさますぎてひどい。これだけ説明しても、まだ引き延ばされるのか。
衛兵の指揮権は領主にある。ということは、この引き延ばしが領主の指示、ということもあるかもしれない。牢破りすると追跡者ギルドに追われかねないので、できるだけしたくないのだが。
「おい。そいつに面会だ。隅におけねぇ別嬪さんだぞ?」
衛兵がもう一人、留置場に顔を出す。
「面会? 小隊長の許可は?」
「ある。というか、もっと上の許可がある」
「もっと上。なんと王家だとよ。何もんだ? そいつ」
バタン。立ち上がった拍子に椅子が倒れて、我に返る。こんな短期間で補足されるとは思っていなかった。ここに入ってきた時の光景を思い浮かべながら脱出経路を計算し―――
「くっそ。脱出経路はなし。強行突破したら王家に目をつけられて逃げ切れなくなるかも~………というところかしら。残念でしたわね。もうわたくしが来てしまいましたわ」
もう一人の衛兵に続いて、降りて来たのはリンセップ・アウクト。この国の正統な王位継承者で、俺の幼馴染だった。