追放の夜
「王家の剣に対する不敬、王女殿下への不敬と侮辱、王城正門の損壊、城門守備隊を素手で制圧、アージェノス侯爵家への脅迫」
家に帰り着くと父上が玄関で待っていた。王城での噂がもう耳に入っていたらしい。
全部報告し終わる頃には、鬼のような形相になっていた。
「たった一日で、よくもまぁこれだけ罪を重ねられたものだ」
顔面は赤黒くなっていて、こめかみの血管は脈打っている。怒鳴り出さないあたり、さすが長年貴族社会で生き残ってきただけはあると、素直に尊敬できる。
「陛下の忠臣としては、その首を落として王城に届けなければいけないところだが、お前は抵抗するだろうな」
「もちろんです」
ピタニウス団長も言っていた。俺が死ぬことに、リンが耐えられないと。
そんなことはないはずだが、少しでも可能性があるなら、俺の首をリンに見せるわけには行かない。
「ではどうする? 王国を敵に回して戦うか?」
俺は王女殿下を守る騎士になりたい。だから王国を敵に回すなど本末転倒もはなはだしい。
「絶対にあり得ません。叶うなら、王都を離れて野に隠れ、いつか王女殿下の力になりたいと思います」
親父は座ったまま拳を握りしめ、深く息を吐いた。
「お前に勝てる者はここにはいない。屋敷を城門のように破壊されてはかなわん。剣と革鎧は好きなものを選んで良いから、すぐに出て行け。おい、荷物と餞別を用意してやれ」
父上は、とても嫌そうに家臣に指示をだしはじめた。
「父上……」
つまり逃がすということだろう。随分と甘い話だ。
「勘違いするなよ。これは逃亡の幇助ではない。追放だ。以降イークェス家の名前を使うことは許さん」
『勘違い』という言葉は、リンの口癖だったので、少しなつかしい。
「はい。ありがとうございます」
さすがに疲れてきたが、これから王都を脱出しなければならないのか。街の門は抜けられないので、どこかで街壁を越える必要がある。
脳内で脱出ルートを検討しながら、武具倉庫に並ぶ革鎧と剣の中から紋章のないものを選ぶ。祖父がお忍びに使っていた年代物だ。
「マルキオ様! 近衛騎士の一隊がこの屋敷に向かっています。荷物はご用意いたしましたので、お早くお逃げください!」
防具を着て倉庫から出たところで、待っていたのは幼い頃からから俺の面倒を見てくれた家令だった。大きな背負い袋と外套を俺に押しつけてくる。
「ありがとう。達者で暮らせよ!」
暗い色の外套でうまく夜に溶け込めそうだ。窓を開けて二階から外へ飛び出す。塀の外からは、騎兵隊の蹄の音と馬車の車輪の音が聞こえてきた。
本当に近衛騎士なら、相手をするのは王城騎士ほど甘くない。真正面からぶつかれば、逃亡できなさそうだし、何よりリンを守る騎士に怪我をさせるのは嫌だ。
近衛騎士が通り過ぎるのを待って、塀を飛び越える。
イークェス家の正門に向かって遠ざかっていく馬車に、剣と杖が十字に交わる紋章が施されているのがチラッと見えた。
罪人の僕を迎えに来たのなら、そんな豪華な馬車を使うはずもない。微かな違和感を感じながら、馬車とは逆方向に走り出す。
幸い、まだ逃亡防止の検問などは行われておらず、いつも通り静かな夜だった。