城門事件(前)
「マルキオ卿、近衛騎士を除隊になったそうで、お悔やみ申し上げる」
失意の帰り道。王城の門で顔見知りに声をかけられた。幼い頃は仲が良かった時期もある、アージュノス侯爵家の令息だ。僕が生まれたイークェス侯爵家とはライバル関係にあるため、今はあまり交流はない。
「王城騎士団はもう厳しいだろうが、国境騎士団あたりで再起するのが良いだろう」
彼は王女殿下の友人枠として最後まで残ってはいたが、暗殺未遂騒動ではいち早く避難したはずだ。以来、王城では見かけたことがない。
「古い馴染みに、挨拶もなしかい?」
学生時代も騎士候補生時代も、これほど饒舌に話しかけて来なかった気がするが、こんな尊大な奴だっただろうか。
僕はこれから謹慎の身の上だ。立ち止まってもトラブルになるので、無視して立ち去ろうと試みたが、肩に手が食い込んで止められてしまった。
「これでもだんまりか。王女殿下のお気に入りが、こんな礼儀知らずとはな。いや、元お気に入りというべきか」
『元』が心にくる。除隊云々はまだ決まっていないが、リンに嫌われてしまったのは間違いない。
「謹慎を言い渡された身の上です。ここでおしゃべりというわけにもいきません。手を離していただけますか?」
手をひねる誘惑に駆られるが、彼は王城を守る王城騎士団所属の騎士だ。ここでトラブルになれば、王城騎士団を敵に回すことになる。騒ぎは起こせない。
「ははは。懲戒ってわけか! これで、お前がリンの王配候補になることはないわけだ」
周りに聞こえるようにだろう。「懲戒」だけ大きな声で言った。間違いなく、こいつは敵だ。
「だが心配するな。かわりに俺がリンの王配になってやる。お前は指を咥えて見てるんだな」
王配というのは、女王の夫のことだ。今の王位継承順位の一位はリンだ。その夫に俺がなれるはずもないが、そういう噂は聞いたことがある。
「今から楽しみだ。あんな美人を抱けるなんてな」
愚か者は下卑た言葉を重ね、唐突に俺の中の糸が音をたてて切れた。
「ガッ」
気がつくと、全身に魔力を纏って踏み込んでーーー
俺たちの敵は鎧に俺の掌底をくらって吹き飛んでいた。積み重ねた鍛錬のとおり、身体が滑らかに動いて打撃に芯を通していく。
「ガォッ」
吹き飛ぶ敵をさらに加速して追いかけて追撃する。鎧の胴を狙って、二撃三撃四撃。
その時点で、敵は開かれた城門に激突して悶絶していた。
「狼藉者だ! であえ!」
案の定、他の城門を守る騎士たちがワラワラと集まって来る。王城騎士団の対応なら、取り押さえるという選択肢はない。抵抗をやめれば殺されるだろう。
こんなところで俺が死んだら、さすがにリンが悲しみそうな気もする。
「なっ。抵抗するかっ」
謹慎中だからと、丸腰だったのが仇になる。とりあえず、突きつけられたハルバードの柄を掴んで、そのまま騎士を投げる。その次は足払い。一本背負い。掌底。
王城騎士団、大丈夫だろうか? 相手がこんなに多いのに、まだ手加減する余裕がある。ちゃんと研鑽していればこうはならない。
「き、きさま、こんなことをしたら、お前を近衛騎士に推した王女殿下の任命責任が問われるぞ!」
それはまずいな。
「なるほど。処分される前に、近衛騎士足りえる実力があることを示す必要があると?」
仕方がないので、城門を守る騎士たちからのぬるい攻撃をかわしつつ、魔力を圧縮していく。
《破城槌!》
熟練者が使えば、一撃で城門を破るという大技を、人間に当てないように城門の門扉に叩き込む。
手加減をせず全力でいったせいか、思った以上の轟音をたてて、巨大な門扉は蝶番ごと破壊されて、石造の櫓に突き刺さる。
「馬鹿なっ!」
誇りの依代になっていた城門を素手で破壊されて、騎士たちが一斉に動きを止めた。
「王女殿下に対する侮辱は許さん。俺の名はマルクス・イークェス! もし、アージェノス侯爵家の者が王配になることがあれば、俺は全力で阻止するから、覚えておけ!」
耳から血を流しているので、多分鼓膜が破れたのだろう。俺は聞き取りやすいよう、大声で集まってきた騎士たちにそう宣言した。