無能なので、追放されました……。
「お前をこのパーティーから追放する」
勇者が唐突にそう言いました。
私は、持っていた荷物を思わず落とします。
荷物の中に、入っていた食べ物が転がっていきます。
「ど、どうしてですか?」
ただの荷物持ちでしかない私。
荷物を落とすことなど、本来あってはならないことです。
ドジな私は、たびたび落としました。
ですが、いつも勇者はそんな私も怒らずにいてくれました。
いつもは、一緒に拾ってくれる魔法使いも拾ってくれません。
笑って許してくれる闘士も、にこりともしてくれません。
勇者は、いままで我慢していたのでしょう。
ついに堪忍袋の尾が切れたとでもいうように、非難するような視線を向けてきます。
「どうしてだって? むしろ今までなんの取り柄もないお前を連れてきていた方がおかしい」
「そ、そんな確かに武術も、魔法も、なにも取り柄はありませんが、一生懸命頑張って」
勇者は嘲笑しました。
「はっ。お笑い草だな。ただ一生懸命頑張ることぐらい誰にだってできる。お前の代わりなどいくらでもいる」
「そうかもしれませんが……」
「わかったら、大人しく地元にかえるといい。いいか、お前が一時だけでも勇者パーティーにいたなどと絶対いうんじゃないぞ」
今まで一緒にいたことが恥ずかしいとでもいうような言い方です。
これまでの旅路をすべて否定されたようでした。
「それは……」
「絶対にだ」
あまりにも、強い口調です。
「ですが」
私が言い訳すると、睨みつけできます。
今までの出来事がすべて幻想であったように。
綺麗だった思い出が、真っ黒に塗りつぶされていきます。
「もしもついてくるようなことがあれば、勇者の権限で処刑する」
「処刑?」
あんまりな言い方です。
言葉だけではありません。
勇者は手を剣にかけていました。
「お前を雇ったのは、失敗だった」
勇者は、自分の持っていた荷物をぶちまけました。
「荷物持ちの最後の仕事として、この古い装備でも捨ててこい」
投げ捨てられた、装備を拾い集めます。
ボロボロになっているとはいえ、勇者の装備それなりに値が張る物のはずです。
そんなものを粗末にするなんて……。
「もう二度と俺の前に姿を現すな」
私が荷物を拾っているうちに、勇者はそれだけ言い捨てると、歩いていきます。
振り向くことなく、勇者、魔法使い、闘士は進んでいきました。
ポロポロとこぼれてくる涙を拭きながら、散らばっている荷物を集め続けます。
涙と一緒に、今までの思い出も一緒に流れていくようです。
無能で、なにも取り柄のない私は勇者パーティーから追放されました……。
◇ ◇ ◇
僕らは、影から、一人寂しそうに自分の国へと帰っていく荷物持ちの女の子ホーリを見送った。
「行ったか」
「ええ」
「そうだな」
「ぐすっ」
あまりに悲しそうな背中に、僕は涙がこぼれてくる。
「ああ、無理しちゃってさ」
「あそこまで言わなくてもいいじゃないか」
そういいながら、二人も同じような顔をしていた。
「中途半端に追放して、ついてきてしまったら困る」
「そうだけどな。普段、優しいお前だと違和感バリバリだったぞ」
「本当よ。むりして、俺なんて言ってね」
いつもは『僕』を使ってる。
それだけ、強く言わなければいけなかった。
「そっか。でも、仕方ないね」
そして、僕は、二人にも言わなければいけないことがある。
「二人とも、ここまでついてきてくれてありがとう」
「急に、どうしたんだよ」
僕は二人に笑顔で言った。
「パーティーを解散しよう」
「「えっ」」
二人は呆然とした顔で僕の顔を見た。
「勇者、なにをいって」
動揺する二人に僕は言葉を重ねた。
「あの日のことは覚えているだろう。魔王を見た日のことを」
「……忘れるはずがない」
闘士は、目を伏せ、魔法使いは怯えたように自分の肩を抱いた。
僕は思い出した。
隣国のアステーリ王都に宿泊している日に、アステーリが侵略を受けた。
通常の馬車ではない、戦車とでもいうべき魔導兵器が一台王都に乗り込んできた。
戦車は兵士を平然と弾き飛ばし、屋根に乗った女は巨大なハンマーのような武器を操ると民家すらお構いなしに破壊しまくった。
ホーリを宿に一人残して、戦車を追うと、向かった先はアステーリ城。
戦車の上に乗っていた女が一人、剣を一本振り回しながら、城の中へと消えていった。
そのあと城からは断続的に悲鳴が聞こえ続けていた。
耳に届く音だけですでに阿鼻叫喚だった。
辺りが暗くなったころアステーリ城から、血まみれになった女が一人出てきた。
血まみれだというのに、壊れたように楽しそうで。
まるで舞踏会の帰りとでもいうようで。
明らかに異常。
だというのに、城からその女を追いかけてくるものは誰もいなかった。
次の日、あらためて城を訪れてわかった。
城の者は皆、殺されていた。
王も、貴族も、市民も、老いも、若いも、男も、女も分け隔てなく。
他国に名を馳せていた将軍すらも、抵抗できたようなあとすらなく、一撃で首をハネられ死んでいた……。
「僕らはあの日、城に助けに入ることだってできた。出てきた女を問い詰めることだってできた。だけどなにもしなかった……」
城の外で、震えていただけだった。
僕は勇者なのに。
勇気ある者のはずなのに。
僕らはアステーリの王族貴族が滅びたことを自国に報告の手紙を出した。
返事を待つ間、なにもできずに僕らは震えていた。
かえって来た指示書にはこうかかれていた。
『魔王となったサンヴァーラ女王を抹殺するように』と。
直感した。
あの女が魔王であると。
「魔王にかなうわけがない。君たちだってわかっているだろう」
あんな女に立ち向かうこと。
すなわち絶望。
死刑宣告と違いがなかった。
だけど……。
「僕が逃げ出す訳にはいかない」
魔王がいなければ、勇者などただのお飾り。
ただの隣国への使いパシリのようなものだ。
だけど、魔王が現れたのであれば、話は違う。
魔王と戦うことこそが勇者の使命。
逃げ出せば、ただの臆病者として今後の人生後ろ指を指され続けるだろう。
「なら私たちも」
「今更、みずくさいことをいうな」
二人の気持ちは嬉しい。
だけど、僕は、 と同様に二人にも死んではほしくなかった。
「僕が死ねば魔王はきっと勇者を倒したと国に伝えるだろう。君たちも死んだと思うに違いない。身分を隠せば、生き延びられる」
二人はただの荷物持ちの彼女と違い国にパーティーであると登録している。
国には戻れないかもしれないが、どこかの国でひっそりと暮らすことはできるはずだ。
「協力すれば……」
「勝ち目があるとでも思うか?」
「それは……」
言いよどむ。
僕は、二人にはっきりと言った。
「3人で挑んでも、1人で挑んでも勝率は変わらない」
0に何をかけても0だ。
負ける。
死ぬ。
確実に。
「やってみなければ……わからないよ」
魔法使いの言葉に首を振る。
負けると言い切れる。なぜなら、アステーリ城には軍隊がいたのだ。
大規模ではないが、間違いなく国の精鋭である軍隊が。
それが一人残らず殺されていた。
「僕だって、普通の兵が10人がかりでやってきても負ける気はしないよ。でもきっとあの魔王は、軍隊一つ相手でも殺しつくす」
それだけの実力差を感じた。
「魔王は勇者パーティーならば、戦闘員でなくても容赦はしない。命ごいなど無駄だろう」
温情の欠片も感じなかった。
魔王は、赤子ですら敵ならば笑って殺すだろう。
「じゃあ、一緒に逃げよう」
闘士の言葉に、首を振る。
「それは、できない」
「どうして」
「僕は勇者だから」
国で最強の勇者。
それが僕だ。
だけど、僕が強いのは、あくまで小さな国での話だ。
国はわかっていない。
僕の強さが、井の中の蛙であることを。
アステーリが滅ぼされたと伝えているのに、なお魔王討伐を指示しているのだから。
一度、痛い目をみなければいけない。
国で最強であるはずの僕が、無惨に殺されることによって。
「きっと僕の死によって、国の方針が変わる」
きっと魔王の扱いが変わるだろう。
サンヴァ―ラには、古い伝説がある。
他の国のような勇者の伝説ではない。
あの国にあるのは、魔王の伝説。
世界を滅ぼす終末の伝説。
手を出してはならない。
なにがあっても。
「だから、ここでお別れだ。愛し合う二人には生き残ってほしいんだ。僕の分まで」
僕が、笑顔で言うと、二人は驚いて顔を見合わせた。
「お前、気づいて」
「当たりまでだろう。お似合いだよ。二人とも」
僕は、二人と別れた。
僕の代わりに、未来まで命を繋いでほしい。
◇ ◇ ◇
二人の姿を見送り、僕は、魔王城に足を向ける。
歩きながら、僕は、拳を握りしめる。
例え、勝ち目がなかったとしても、勝つつもりで挑もう。
万に一つも可能性がなくても、もしものことは想像してもバチは当たらないだろう。
もしも……もしも……。
君にもう一度会うことができたら、あやまろう。
戦闘能力だけがすべてじゃない。
君が居てくれただけで、嬉しかったって。
本当の気持ちを伝えよう。
「さあ、行こう」
旅の終わりが死であっても後悔はしない。
どんな悲惨な運命が待ち構えていようとも、進むだけだ。
勇気を持って、無謀に挑戦する。
それが勇者なのだから。
『英霊様は勇者の体を乗っ取りました』 ep3. 4.勇者襲来2 の勇者です。
続きが気になる方はよろしくお願いします。