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燼滅の女神  作者: 初代メソポタミア文明
はじまりの章編
3/5

3

森の中は存外暖かかった。

木漏れ日が優しく照らす木陰道。


少しずつ、その声に近づいているのが分かる。


キュウ、キュッ


フーフーと苦しそうな息遣いも聞こえる。

なんだろうという好奇心だけで来てしまったが大丈夫だろうか、まあ夢なんだから大丈夫だろう。


カサカサと地面の枯れ葉が風に舞う。


『こっち』


『こっちだよ』


子供のような声が聞こえる。


夢だから不思議なことなんてなんでもありね、と何も疑いもせずに声の指示に従った。


しばらく、歩き続けると、一つの木の洞のたもとでまた声が喋った。


『ここだよ』


『ここ』


その子供のような声にお礼を言って、しゃがんで虚を覗き込むと・・・


そこには美しい獣がいた。


黒く艷やかな毛並みが身体を丸めるようにして横たわっていた。生えかけの二本の小さな角から分かるのはまだ、これが幼い子供だと言うことだ。

神獣、というのだろうか。

その毛並に魔力の胞子が纏わりついてキラキラとしている。一見すると鹿の子供のようにも見える。


獣はフーフーと浅い呼吸をしていた。見開かれた目もどこか虚空を見つめている。


よく見ると後ろ足の付け根に肉のえぐれたような部分が見えた。ピンク色の肉がむき出しになっている。


「怪我しているのね」


どうしてやれそうもない、と思ったところでふと自分の両手を見る。

そういえばさっき魔法が使えたじゃないか。もしかしたら怪我を回復するお父様の魔法も使えるのでは?

思いついたのだから試すしかない。


近づこうと身を乗り出すと、獣は警戒するように唸った。


「大丈夫、怖くないわ」


獣に言葉が通じるとは思わなかったが、どうやら立ち上がる元気もないらしい。好都合だ。


お父様のやっていた魔法を見様見真似ではあるけれど、傷口が修復するのをイメージしながら手を翳す。少しずつ、少しずつ、手のひらがじんわりと熱くなるのを感じた。


獣からは森の匂いがした。


こんなに五感が感じられるなんて妙な夢だな、なんて思いながら。

丁寧に魔力を流し込む。


傷口が閉じ始めた。


キュッ、

と痛がるように獣が身じろぎしたので、慌てて魔力の量を調節する。


気づけばポトリと落ちるぐらいに額に汗が浮かんできていた。


「少し我慢してね。治してあげるから」


夢なのだから私の魔法も使えるし、私の望む世界も得られる。そう思うといくらでも力が湧いてきた気がした。


10分程した頃には傷跡は残ったものの、酷い出血は抑えられたようだ。やはり初めてのことだから父のように上手く丁寧には出来ていない。父だったならもっとキレイにしてあげられただろうに。


「ごめんね、初めてのことだから上手くなくて」


だけど、獣の息遣いは浅いままだ。

試しに回復魔法もかけてみるが、効果は無さそうだ。


「あなた、病気なのね」


優しく顎を撫でると、獣は顔を手に擦り寄せるようにして小さく嘶いた。


「私と同じね」


と言うと獣は最初より少しは回復したのか、大きな瞳でじっとこちらを観察していた。


黒い瞳、黒曜石のような小さな角。


なんという獣なのかわからないが、往々にしてどんな生き物であれ子どもは可愛いものだ。


夢の世界なのだから都合よくこの獣を助けてやれてもいいものを、なんとも中途半端だ。


もう少し試してみようと回復魔法を続ける。


もう少し、もう少し、と思いながら、

気づけば魔力は殆ど残ってはいなかった。


「うーん、もう魔力切れだ」


バタンと地面に大の字に寝そべると、

獣はかなり回復したのか蹄を地面につけて、立ち上がった。


すると、


シュルシュル、と音がしそうなほど獣の足元から草が勢いよく伸び始めた。蹄の側から茎が伸び葉が育つ。


「詳しくない私でも分かるわ、あなた神獣ね」


それに嬉しそうに答えるように頭をぐりぐりと押し付けてくる獣に愛着が湧いてきた。

獣が一歩歩くたびに、草が伸びる。樹木か芽吹く。


そして、花が咲いた。


美しい、青い花だった。


キュルル


それを、私に示すように見せる黒い獣はまるで誇らしげで、母の褒めるのを待つ子どものようにも見えた。微笑ましい姿に思わず笑みが溢れる。


「凄いね」


と優しく真っ黒な額を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。












「緊急で申し上げます閣下」


ニーリアンが神殿に私兵を潜らせてから2日、ミルドレッドが神殿に戻ってから1日たたずしてレイヴンの一人が屋敷に帰還した。


「何があった、カエン」


カエンと呼ばれた赤髪の男は膝を付き礼をとる。


「ミルドレッド様が、エリニエスを顕現させました」


「何?」


ニーリアンのもっとも恐れていたことが起こってしまった。横で聞いていたレイナードの手が震えている。


「ミルドレッドは無事ですか?」


レイナードは震える声で問う。


「ミルドレッド様はご無事で、今は意識を失われていますが神殿でヤマモモが側についています。」


「リトはどうした」


「隊長はもうすぐ戻られるかと」


カエンが言い終わるやいなや、リトが移転術で姿を表した。その腕には意識のない小さな少女が抱かれていた。


その少女を見て、ニーリアンの予感は確信へ変わった。


「・・・状況を詳しく聞かせてもらおう」




リトの話はこうだった。

聖堂での祈りの時間。それはエリニエスの子供たちにとっては日課であり、その時間に神殿にある神器で子供たちの魔力を吸い取っていたようだ。

やはり、魔力過多の対処法は魔力を吸い出すことしか無い。吸いだすだけならなんとでも出来ようが。


そして、いつもと違ったのはウル王女が聖堂にいたことだった。レイヴン達も何が起こっているのかは分からないがウル王女の祈りの儀式の際、女神像からエリニエスによく似た白い煙が飛び出し、子ども達を襲い始めたのだという。


聖堂内には多くの貴族町民が一目ウル王女を見ようと集まっていたものだから、酷い騒ぎとなった。

白い煙はエリニエスの子供しか襲わなかったが多くの人間たちはそれを恐れ逃げ惑う。


すぐにでもレイヴンはミルドレッドの安全確保に動こうとした、だが、エリニエスの子供の周りには何者かによって魔力障壁が作られており、近づくことさえ出来なかったのだという。





リトが連れ帰った少女の発した言葉、白い煙のナニモノかの発した言葉を聞いていた。


「エリニスどもが来る前に、と確かに言ったのだな」


はい、とリトは頷く。

そこで、ミルドレッドがエリニエスを顕現させ、白い煙はそれを恐れ女神像の中へと消え去ったと。


「そして、その子が・・・」


「白い煙に取り憑かれて生き残った唯一のエリニエスです」


ミルドレッドのときのように頭髪は薬剤で痛み、体中に痣や傷が所狭しとあった。

レイナードは見てられないとばかりにミルドレッドのときのように回復魔法と再生魔法で治療をすぐに始めた。


ミルドレッドのことが心配でならない筈だろうに。


「ニーリアン、これを」


レイナードは再生魔法が効かないのだと、ソファーに横たえられた少女の瞳を示した。


彼女の瞳は白く濁っていた。

白く濁った瞳、


「亡くなったエリニエスはみな、瞳はどうだったか」


ニーリアンは問う。リトは答えた。


「死んだ侍祭と同じ、白く濁ったまま死に絶えていました。」


「やはりな」

ニーリアンは何処かで感づいていた。神殿でミルドレッドを襲ったもの。そして今回の騒動。

話を聞く限りでは皮肉にも排除しようとしていたエリニエスがミルドレッドを守った形になってしまった。


「閣下、私も噂でしか耳にした事が無いのですが、」


リトが言いよどみながら口を開く。


「かまわん、つづけろ」


「これは聖痕と呼ばれるものです。聖痕を持つものは女神の加護を得て、エリニエスに忌諱される、と。」


「・・・聖痕のついた他のものは全員死んでいるんだ、死んでしまえば聖痕など意味が無かろうが」


確かにその伝承はミルドレッドをエリニエスから守るために調べた中で目にしたことはあった。読んだ書物には聖痕を得る方法は書かれておらず、それに聖痕には何かしらの代償も伴うとも記述があった。


この少女がミルドレッドを救うためのカギになるかもしれない。


う、と少女の濃紺色の髪が揺れた。



「目を覚ましたようだな」


ニーリアンとレイナードは警戒しながら少女の様子を見る。もし、危険な存在であれば可哀想な事だが彼女を拘束しなくてはならない。だが、それは杞憂だった。


「ここは、どこ?あの真っ暗なんだけど、夜なの?明かりをつけて。」


レイナードはその様子に言葉を詰まらせていた。今は昼間で明かりを付けずとも本の文字を追えるほどに明るい。

ニーリアンは少女に問う。


「君、名前は」


その声に少女はピクリとする。


「あなた、だれ」


一気に全身で警戒を顕にするが、魔力の気配はかけらも無かった。構えたリトをニーリアンは制する。


「私の名前はニーリアン、ニーリアン・コリアリア」


その名前を聞いて少女はきょとんとした。


「コリアリア?ミルと同じ名前」


不思議そうにする少女の言葉にニーリアンとレイナードは顔を見合わせた。


「ミルドレッドの父親だ」


ハッとして少女は見えない目で辺りを見渡す。


「ミルドレッドは何処?何も見えない、どうして真っ暗なの?」


パニックを起こしたように浅く呼吸する少女の背中を撫でるのはレイナードだ。大丈夫だよ、と声をかけていると少しづつ収まってきた。

しかし、事実は伝えおかなくてはいけない。それが残酷な事でも。


「君は、事故にあって目が見えなくなったんだ」


するとフルフルと少女は首を振った。


「いいえ、違う、違います。」


少女の見えない瞳には涙が浮かんでいた。それを耐えるかのように、強く唇を噛みしめる。唇には血が滲んでいた。

自分が視力を失ったことを受け入れられないのだとニーリアンは思ったが、それは違った。


「事故なんかじゃありません。」


はっきりと、少女は言った。あの瞬間を思い出したのか、顔色は白かった。


「どういうことだ。」


「私の中に入ってきた白い女神は言いました。」


レイナードやニーリアンだけでない、レイブン達も息を飲んで小さな少女の濁った白い目を注視していた。


「お前ら器の子供たちは、黒い女神共が来る前に全員殺す、と」












 

「ミルドレッドお嬢様、お目覚めになりましたか」 


ほっとした顔がすぐ脇で見えて私はゆっくりと身体を起こした。ここは、神殿内には違いないだろうが私が充てがわれた粗末な部屋とは違うようだ。


覗き込んでいた顔には何処かで見覚えがある。まだ思い出せてはいないが。


「あなたは、ちちうえ様の」


「はい、ヤマモモと申します。お嬢様が神殿に戻られる前から潜入しておりました。お体に不調などはございませんか?」


腕をたくしあげる彼女の瞳とそこにある三本足のカラスの紋様を交互に見比べる。そういえば、この紋様は曽祖父の家紋だったように思えてきた。


父はやはり何か対策をしていた。

良かった、有能な父親を持ってと目を瞑る。


腕を上げたり、身体を少し動かしながら確認するが、魔力がごっそりと減った気怠さがあるものの、怪我などは見当たらなかった。


そして、ハッとする。


「シーラ、シーラは?」


するとヤマモモはご安心くださいとニッコリ笑った。


「リト隊長が閣下のところへお連れしました。命に別状は無い、と思います。」


良かった、取り敢えず無事なのね。

父親のところならば安心だ。


私は寝ぼけてぼんやりする頭で考える。まずは情報を整理して・・・ちちうえ様に報告しなければ。


「ヤマモモ、顔を洗いたいのだけど」


「はい、こちらを」


準備していたのか水桶とタオルがベッドサイドに用意されていた。温度もぬるま湯で丁度いい。

恐らく魔法で温めたものだろう。


後から知ったのだが、この部屋は最初に「公爵家の令嬢」としてきたミルドレッドへ用意されていた部屋だったらしい。ヤマモモの聞き取り調査等で発覚したことだ。


ではあの粗末な部屋は?


作りは粗末であっても平民や孤児が入る大部屋より幾分かマシな部屋、といったところだ。ミルドレッドは貴族の生まれであったが、身分に執着しない父親の教育方針に同調していたため、貴族出身の侍祭にとっては扱いにくい存在だったらしい。

平たく言うと、子ども達を虐待する侍祭に食って掛かる子供だったらしい。

だから、平民や孤児たちからミルドレッドは一定の信頼を得ていた。それはシーラも同じだった。


酷い扱いを受けるエリニエスは神殿の外でも内でも同じだった。悪魔の子、そう蔑まれ差別されることもあった。具体的には石を投げられたり家族が村八分にあったりといったところだ。エリニエスとは国民にとって、即ち、厄災。


あの粗末な部屋へ押し込まれたのは一重に侍祭の独断により嫌がらせだったのだという。


まあ、部屋なんて神殿の中では大した差はないと今でも思うし、記憶をなくす前のミルドレッドも今と対して性格は変わってはいないのだろう。


もしかしたら、これは推測だけれども

黒を悪とする宗教概念上、保護されたエリニエスの子供たちの髪の色を薄くするのも協会の神聖さを強調するためだったのかもしれない。

エリニエスの保護や無力化には貴族から大量の寄付金が集まると下級神官が話していた。それは孤児院を運営するより遥かに美味しい話だ。


だから髪を脱色する薬剤等はした金だと言いたいのか。薬剤はかなり高級品で1つ一人の一ヶ月分の食費ほどにはなる。


そんなことに金を使うなら子供の衛生管理をもっと行うべきだし、もっと他に使うところあっただろう!と侍祭の頭を掴んで振り回したい気分に駆られた。


いけない、あの黒いモヤが出てから性格が破綻しはじめている。


「ヤマモモ、あのどうしたの?」


「あ、いえ、お嬢様が百面相されてたので」


黙って見てましたと苦笑する。ちょっとバツが悪いな、と思いながらヤマモモから借りて書いていた紙切れを差し出す。


「ヤマモモ、これをちちうえ様に届けてくれる?」

「かしこまりました」


ヤマモモは礼をして影のように消えた。


魔法で移転したのだろう。


神殿内で神官を欺くには特別な魔力が必要となる。その魔法技術は曽祖父の故郷の秘伝のものと聞く。


自分は魔法をつかえなくとも、周りに強い味方が居るのはありがたいことだと。




部屋を出て皆の様子を確認する。

皆が集まる大広間では、様子は然程変わってはいなかった。


ただ、口々に噂している話はどうしても耳に入ってくる。


「ケイシーもマイクルも死んだんだって」

「シーラもだよね」

「ラナもだよ」

「あの白いのって何?」

「エリニエスなのかな?」

「エリニエスはもっと黒いやつだよ」


シーラが死んだことになっているのはもしかしたらリト達が仕組んだことかもしれない。


ただ、心配なのはシーラがエリニエスになってしまわないかどうかだ。


でも変、だった。

私がエリニエスを顕現させたとき、少し想像していたことと違うことが起こった。


エリニエスは私の中から生まれるものだと思っていたのに、実際は私の中へ『降りてきた』感覚があった。それにエリニエスは何か言葉を発していた。


エリニエス、私はそれについて無知すぎたのかもしれない。


その不安を解消するために私は手紙をヤマモモへ託した。ちちうえ様もエリニエスや神殿について調べている、だからあの手紙を読めばきっと動いてくれるはず。


私は大広間を後にして、立入禁止となっている大聖堂へ向かうことにした。














「閣下、ミルドレッド様からこれを」


レイヴンの一人、ヤマモモは膝をつき、1枚の紙切れを差し出した。

ニーリアンはそれを受け取り開く。


確かに娘の文字だ。少しばかり神殿へ入る前より上達はしているが、子供の字に違いなかった。

そこに微笑ましさはあっても内容はかなり実務的なものだった。


エリニエスについて、神殿が持っている情報と食い違っている部分がある、と。

神殿は魔力が強すぎる子供の心が作り出す魔力暴走の結果がエリニエスだと言った。つまりエリニエスはその子ども自身のことだと。だが、シーラといった聖痕の少女と同じようにミルドレッドも白い煙の声を聞いた、それはエリニエスと子供を区別して呼んでいた、という。子供たちのことを『器の子供』、エリニエスのことを『黒い女神、エリニスたち』と。まるで別の存在であるかのように言ったのだ。


だから、アリアンロッド国外の「エリニエス」についての記述又は情報を集めてほしいというのがメモの内容だった。


敏いミルドレッドは気づいたのだろう。


エリニエスの真実は、アリアンロッドによって、いや神殿の指示で秘匿されているということに。


すぐにヤマモモに指示を出す。


「神殿に戻ったリトに伝えろ、カエンと後2名をライラ国へ向かわせろ」


「然と承りました」

ヤマモモは

一礼すると煙のようにかき消えた。


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