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燼滅の女神  作者: 初代メソポタミア文明
はじまりの章編
1/5

1

異世界転生したのは女神によって理が歪められた世界だった。




※数年前に書いていたものなので完結せずに更新される可能性が低いものです。







・・・っ!



ミ・・・っ!




ミル・・・・っ!




頭がガンガンする。

跡切れ跡切れになりそうな意識が誰かの声を捉える。


誰かが誰かの名前を呼んでいる。


まるで耳の中に水が入ってきたときのように、その声はくぐもって聞こえる。


煩いなぁ。


頭痛いからもう少し眠らせてほしい、なんてぼんやりとした意識で思う。


「ミルドレッド!」


バチンッ!


体がガクンっと揺れる。あれだ、眠りに落ちる瞬間とか高いところから落ちる夢を見たときになる感覚だ。一気に覚醒する。


ミルドレッド?


声の主を確認すると、そこには外国映画でしか見たことがないようなイケメンが、必死な形相で覗き込んでいた。


誰これ?

ダークブラウンの髪と瞳、だがその相貌は見慣れたアジア人のものではない。鼻筋がスッと伸びて、小鼻が小さく頬骨の骨格がしっかりしている。彫りの深さは北欧のような雰囲気を纏っている。


「大丈夫かい?どこか痛いところは?」


そして、彼よりも低く落ち着いてはいるが、顔に焦りが出ている男性がもうひとり。


誰だ?


キラキラ光る長い銀髪に、赤い瞳。

この色味が生まれつきだとしたら、少し不思議だ。

確かに存在しないような色をしているわけではないけれど。今まで見たことがない。

長い髪は頭の後ろで1つにきっちりと纏められている。


そして、薄暗い外の景色の手前、ガラスに写った姿にギョッとした。


え?



は?


「なにこれ」


うっすらとしか見えてはいないが、ガラス窓に写っているのは、茶髪のイケメンと銀髪のイケメンとそして、3人目は私でしかない筈だ。


そこに写っていたのは小さな小さな女の子だった。


小さな女の子がベッドの上にちょこんと乗っていて、その脇には二人のイケメンが心配そうに膝をついていた。



「どうしたミルドレッド」


優しく私の頭を撫でながら言う焦げ茶頭のイケメン。でも何がなんだかわからない。私はどうして子供の姿になっているの?そして、これは誰?


「あの、誰ですか?」


焦げ茶頭のイケメンは固まったかと思うと、キュッと意識を失ってバタンと倒れた。顔が真っ青だ。慌てて銀髪のイケメンが茶髪を抱え起こす。


「リト!来てくれ、レイナードが!」


部屋の外から静かにかつ迅速に姿を表したのは執事姿の初老の男だった。黒い燕尾服のようなものを着ている。


「リト、すまないが私はレイナードを部屋へ連れて行く、その間ミルドレッドを頼む。あとミルドレッドの様子がおかしいようだから、すぐに医者を呼ぶんだ。」


いいな、と早口で告げると、

大丈夫だ、とニッコリと私へ笑いかけて銀髪は立ち上がった。茶髪のイケメンはぐったりとしていて、銀髪にお姫様抱っこされている。イケメン二人だと絵になるなぁなど見当違いなことを思いながら。


私はなにがなんだかわからないまま、首を傾げるしかなかった。


そうしていると10分もしない内に、優しそうなふくよかなおじさんが入ってきた。これはさっき言っていた医者だろうか?貴族のようなきっちりした服装をしている。からだはいささかゆったりしているが。


「こんにちは、ミルドレッド様」


ニッコリ笑うその様子は気取った貴族ではないことは明らかだった。


「あの、私、何も覚えてなくて」


本当に何も覚えていない。

私が誰なのか、そしてあのイケメン二人は私のなんだろう。ついでにここがどこだか教えてほしい。


「大丈夫です、質問に答えてもらうだけです。」


私はリカルドと言うものですと自身の名前を言いながら何か紙に書き込む姿はどこか手慣れているように見える。


「ご自分が誰だか分かりますか?」


「えと、みながミルドレッド、と呼ぶのでそうなんでしょう?」


自信なさげに言うとうんうん頷く。


「今日は何日ですか?」


ブンブンと首を横にふるとリカルド医師は続ける


「これが何かわかりますか?」


書き込んでいたペンを止めてこちらに示すリカルド医師。シンプルなボールペンのような見た目をしている。


「ペンです。文字を書くものです。」


「・・・なるほど。では、今日は何処でなにをしていたか覚えてますか?」


「いいえ、全く」


まったく覚えていない。


「あなたといた、二人の男性がどなたか分りますか?」


「いいえ、わからないです」


答えながらも私はそのペンに釘付けになった。

そのペンはリカルド医師が手を離すと勝手にクルクル動きはじてたのだ。


自動筆記、てやつだろうか。それを興味深げに見ているとそれに気付いたリカルド医師が首を傾げた。


「珍しい魔法ではありませんが・・・」


魔法?


魔法って言った?


「魔法!?」


反射的に声を上げてしまってから両手で口を抑えた。


それにびっくりしたリカルド医師が目をパチクリさせる。引いたあごのせいで二重顎の皺が深くなっている。


「・・・言葉や物の概念といった記憶は残っているようですが、一部欠落しているところがあるようですね」


「記憶喪失ですか?」


「はぁ、そういう言葉は無いのですが、そういうとこですね」


リカルド医師はびっくりしたまま気の抜けた返事をした。


それより「魔法」、魔法って言ったぞ。間違いない。やばい。凄い!

夢みたいなことが現実に起こるなんて!


子供の頃映画で見た魔法の世界がこんな体感型3D・・・・ん?


子供の頃?

あれ、待って今私は子供だよね。

子供の頃、てなんだろう。すりーでぃー?てなに?


もやもやする。

確かにミルドレッドという名前が自分であることに違和感があるけれど、それは記憶を無くしたからであってどうしてこんな感情が湧いたんだろう。


魔法に特別憧れがあったみたいな興奮を覚えた。

だけど何も思い出せない。


思い出せないのに、どうして「子供の頃」なんて思うんだろう。


キィン


耳鳴りがする。

今、反射的に出た感覚から記憶を手繰ろうとすると、何かに邪魔をされるようにもやがかって何も浮かんでこなくなる。


なんだろう、もやもやする。


「・・・先生、なんだか頭がモヤモヤします」


「無理に思い出そうとしないほうがいいようですね。自然に思い出すこともあるはず。」


質問の後は、脈を測ったり心音を聞いていたりしたが何も異常はないようだった。


「魔力の流れにも特におかしいところはなさそうなので、報告しておきます」


魔法のペンとカルテのようなものを手持ち鞄へ仕舞うとリカルド医師は少し心配そうな顔をしながらも出ていってしまった。


部屋の外で会話のような声が聞こえてくる。

それは声のような音でしか無かったのに、不思議と意識を集中すると内容が聞き取れた。







リカルド医師の声だ。

「・・・ですので、魔法以外の物事の概念や言葉を失っていないところから、何かしらの精神的なショック、或いは魔法によるショック状態が原因で記憶を無くされているようです。日常生活には問題なく、お体や魔力にも特におかしなところはありませんでした、閣下。」


「そうか、記憶は戻るんだろうか?」


この声は、あのイケメンのどっちかだろうか。


「それは、難しいかもしれません。自然に思い出すこともありますが、できる限り精神を追い詰めないようにお願いします」


「そんな、やはり・・・私は神殿になんて行かせたくなかったんだ。ミルドレッドは神殿できっと酷い目にあってそれで・・・」

今度は違う声がした。あのイケメンのもう片方だろう。


「レイナード、憶測で言う事じゃない。私もミルドレッドを行かせたくは無かったが、魔力の強すぎるあの子の命を救うには神殿へ入れるしか無かったじゃないか」


もうひとりのイケメンが慰めるように言う。


この二人はどういう関係性なんだろう。私の親?

やけにミルドレッドのことを心配しているようだ。しかも神殿ってなんだろう。私はその神殿とやらで記憶を無くしたんだろうか。


だったら神殿にもう一度行けば何か思い出すかヒントがあるんじゃないだろうか。


「お話中、失礼いたします閣下」


この声は執事のリト、だったか、彼のようだ。

なにやらごにょごにょとやり取りしているようだがそこまでは聞き取れなかった。


てか、なんだ、この身体。

耳良すぎない?私。


どうやら超人的な聴力を私はもっているらしい。

部屋の外での会話だというのに殆どが内容を理解できた。これが地獄耳ってやつか、と関心していると、さっき気絶した焦げ茶のイケメンが部屋に飛び込んできて、ドアが勢いよく開けられたのでバンッという音にビクッとする。そして茶髪に抱き上げられて私はされるがままだ。


「絶対だめです。ミルドレッドはまだ体力が回復してないんですよ?それに記憶もないのに」


そこにゆっくりと銀髪のイケメンが後から入ってきた。


「だが、神殿に逆らえばミルドレッドの命が危ない。」


さっきまでの会話は聞いていたのに何がなどうなっているのかさっぱりわからない。

そもそも神殿にはなんのために預けられていたんだろうか。


「でも、ミルドレッドはあんな状態で門の前で倒れてたんだ。神殿から自分の意志で逃げたんだろう!ミルドレッドも戻りたくない筈だ」


焦げ茶頭のイケメン、改めレイナードは片手で私の身体を支えながらもう片方の手で頭を優しく撫でる。


すると銀髪の男が近づいてきて私に問う。


「ミルドレッド、神殿のことを覚えているか」


私は素直にフルフルと首を横にふる。


「そうか、神殿へ戻るように通達がきた。ミルはとても魔力が強くてエリニエスを作り出してしまうかもしれない。エリニエスが顕現すれば命が危ないんだ。」


「エリ・・・ス」


「エリニエスだ、強い魔力を持った子供が生み出すモノだ。エリニエスが実体化して暴れたら沢山の死者が出るし、街1つ破壊されたという記録もある。それにエリニエスを生み出した子供は魔力枯竭こけつで死んでしまうんだ。それを抑える為にミルドレッド、君は神殿で過ごすことになったんだよ。」


説明してもらったところ、よくは分からないがそれが危険なものであることは分かった。頭の中に「魔法モノではよくある設定だなぁ」なんて感想が無意識に浮かぶ。その感覚がどこの記憶に由来するのかは分からなかったが。


「でも、私が神殿に戻らないと大変なことになってしまうのね?」


そうだ、と銀髪は頷く。


「ニーリアン・・・」


レイナードは銀髪に不安そうな顔を向けると、銀髪は目を瞑って言った。


「大丈夫、私がついていくんだ。ミルドレッドから決して離れないよ。」


それならば、と少し名残惜しそうに私はレイナードの腕から銀髪の腕に手渡された。すん、とレイナードとは違った冬の日の朝のような香りが銀髪からした。


「ミルドレッド、嫌だったら帰ってきても良いんだからね」


私は頷くことしか出来なかった。







私は馬車というやつに乗っている。

外装は黒くシンプルでこんなものなのかと思いながらキョロキョロとしていると、頭の上で声がした。


「これが、何か忘れたか?」


「馬車ですよね」


「そうだ」


銀髪は私を抱っこしたまま、柔らかく笑う。

見た目はクールビューティーというかんじだが、この様子を見ているとあのレイナードとこのミルドレッドが大切な存在で仕方ないという雰囲気を感じ取っていた。


私を抱き上げたまま、座席に座る銀髪。

どうやら降ろす気は無いようだ。


「・・・あの、覚えてなくてごめんなさい」


そう言うと、銀髪は首を横に振る。


「ミルのせいじゃない。気にするな」


どれだけ大切にされているだろう、というのは分かるのだがこの人たちの名前を確認したい。でないと後々困るだろう。名前を覚えるのは苦手だが必死に覚えていくしかない。


「あの、なんて呼んだらいいですか?」


「・・・そうだな、以前は私のことは父上様、レイナードのことはお父様、と呼んでいた」


「ちちうえ様、おとー様・・・」


小さく呟く。


ん?


というとこの銀髪とレイナードは夫夫で、私はその二人の子供って事なの!?

てことは養子?いやでも魔法の世界だからなんらかの方法で私が二人の実の子供ってことも有り得る。 


私が首を傾げてると銀髪は困ったように微笑んだ。


「すまん、私は言葉が足りないとレイナードからよく言われるんだ。さっき君を抱き上げていた茶髪の男がレイナード、レイナード・コリアリア。私の夫だ。私はコリアリア家の現当主、ニーリアン・コリアリアだ。そして、ミル、君は私とレイナードの実子、ミルドレッド・コリアリアだ。」


どうやら、何か魔法的な力で生まれたようだ。それかこの世界は男同士のでも子供ができるシステムなんだろうか。そうして、はたとこの私の中の常識というか感覚が由来しているなにかの記憶がなんなのか気になってきた。どうやらミルドレッドの記憶であればこんなことは「常識」であり違和感に感じないことだろう。だからこの記憶は一体誰のものなんだろう。


私が頷いているとニーリアンは手鏡を取り出して見せてきた。


「ほら、自分の顔を見てみろ。髪の色はレイナードに似て焦げ茶だし、目の色は私と同じだ。」


小さな手鏡も派手な装飾はなくシンプルなもので、この家や馬車等の趣味は恐らくこの父親の好みなんだろう。

鏡を覗き込むとそこには5歳前後の幼女が写っており、さっき見たレイナードと同じ焦げ茶色の髪と赤い瞳があった。そして、切れ長の決していいとは言えない鋭い目つきはニーリアンに似て、鼻や口元あたりはどことなくレイナードに似ている気がする。せめて目元はレイナードに似ていればかなりの美幼女だったろうに、これでは残念すぎる。確かに大人になれば恐ろしい感じの美女にはなるかもしれないが。


幼女なのになんだかカワイイ、とは違った見た目だなあ、鏡に写った猫目を指でなぞる。


「ちちうえ様とおとー様とそっくり・・・」


するとニーリアンは何故か満足そうに口角を上げていた。


「私の話し方は子供には難しい、とよくレイナードに怒られてな、だけどミルドレッドはよく理解していた。」


そこは変わっていなくて良かったと笑うニーリアンになぜか少しの罪悪感を感じた。

チクリ、と胸の奥が痛む。


その理由が分からず、私は目を瞑ることしか出来無かった。







馬車が止まった様子を見ると、神殿、とやらについたらしい。

ニーリアンが私を抱えたまま馬車を降りる。 


目の前には真っ白な階段が何十段もあり、その幅だけでも何十メートルあるんだろうか、その階段の終わりにはまた同じように白亜の立派な柱が何本も並んでいた。パルテノン神殿を修復したらこんな感じだろうかとも思ったが、似ているのは外回りの柱がの部分だけのようで、中はきちんとした建物になっているようだ。てか、パルテノン神殿ってなんだろう。


そして見渡す限り白い。

白、白、白。


入り口には大きな鳥のモニュメントがあり、こちらを鋭い目つきで見下ろしている。


「・・・鳥」


残念ながら見覚えはない。


「白鷺だ。女神の使いだと言われている」


白鷺、私はその美しい見た目に似合わずギャアと汚い声で鳴く神聖さの欠片もない生き物のことを思い出していた。私の知っている白鷺と少し違うようだ。


一歩神殿内に足を踏み入れれば、なにか嫌な感じがした。嫌な予感、とでもいうか何処か不安になる。


「ちちうえ様」


ぎゅっと無意識のうちにニーリアンの服を握る。

なんだか心臓がバクバクしてきて、汗が止まらない。少し息苦しくも感じる。


「大丈夫、私がついてる」


恐らく、身体の記憶だ。

いくら私が記憶を無くしていたとしてもこの身体はきっと恐ろしい目にここであったんだろう。だからこんなにも震えているし、記憶も無くしている。


ニーリアンは私を抱き上げたまま、どんどん階段を登る。息を切らさずに登り切る姿は、日々鍛錬を怠っていないのだろう。抱き上げる腕は確かにレイナードより逞しい。


神殿の入り口には神官だろうか、これまた真っ白なローブに金の刺繍が入ったものを着用している。そのローブの裾は長くゆかを擦っているが、床も磨き残しが全く無いほどに真っ白に輝いている。


ここまでくると目が痛くなってきた。


「お待ちしておりました、コリアリア公、お部屋へ案内します」


ローブの男は無機質に言うとくるりと背を向けて歩き出した。辮髪というだろうか、あたまの天辺だけ毛を残して後は剃り落としたような奇妙な髪型をしている。


「へんな髪型」


こころの中で思ってただけなのに、無意識に口に出ていた。それを聞いたニーリアンはクッと笑う。

怒られないことに安堵しながら相手に聞こえてないか心配になった。


「その様子だと大丈夫そうだな」


確かに先程より気分は落ち着いてきている。反対にこの神殿に対する理由のない嫌悪感は増幅してきてはいるが・・・。もしかしたら、その嫌悪感の理由はミルドレッドにとってはあるのかもしれない。


白亜の神殿の内部はあちらこちらが装飾品で溢れていた。天井や壁には荘厳な女神や天使のような美しい絵が描かれ柱には白い天使の彫刻が描かれていた。天井は高く7〜8メートル程はあるだろうか、それがどうも美しく神聖なものと思えないのは私の記憶がないからなのかもしれない。


思い浮かんだのは神殿ってお金あるんだなぁ、ってことぐらいだ。


「こちらです」


辮髪の男が手で示してから、ドアをノックするとすぐに返事があった。


「法王猊下、コリアリア公と御息女をお連れしました」


「入りなさい」


返答とともに辮髪の男によってドアを開けられるとそこには長い白髪と胸辺りまで伸ばされた真っ白なヒゲ、彫りの深くなった顔と眼光の鋭い老人がいた。サンタクロースというよりロード・オブ・ザ・リングのなんか強い魔法使いみたいな老人がいたが、あんな感じだ。思い浮かんだ感想が何なのかよくわからないのは相変わらずだが、直感的に浮かぶのだからしかたない。

その人物が厳かな執務机の奥で座っているがその存在感からかかなり大きく見えた。


「今回、神殿を脱走したことに関しては不問とする」


その物言いが上からなことが不満だったのかニーリアンの額がピクリとするが食って掛かるほど浅はかではないらしい。


「ありがとうございます、法王猊下。」


「なにか言いたげだな」


ニーリアンの不満を見透かすように言う老人は、どうやら一筋縄ではいかないようだ。よく知らないがこの巨大な神殿の最高権威者であるだけはある。


「いえ、娘が脱走したときの状況をお聞かせ願えますか?」


「・・・侍祭のものが死んだ、その騒ぎが起きる頃にはミルドレッド嬢の姿はないと報告が来ていた。」


それは、私がその侍祭を殺したって言いたいのだろうか。


「それはミルドレッドのエリニエスが侍祭を殺したと言いたいのでしょうか」


思っていたことは同じらしい、ニーリアンが貴族らしからぬ直球で聞く。それほど、ミルドレッドのこととなると冷静ではいられないらしい。


「いや、遺体にはエリニエスの痕跡は無かった。ミルドレッド嬢が関与している証拠もなければ、関与していない証拠もない、というわけだ。」



ぼんやりと二人の会話を聞きながら考える。

侍祭というのは確か役職名で、私達エリニエスの子供達の教育係とは名ばかりの監視役だった。


ふとそんな思考が浮かびそれがミルドレッドの記憶だと知る。

もしかしたらミルドレッドの記憶が少しづつ戻ろうとしているのではないか、と期待する。


記憶が戻れば、一体何があってこうなってしまったのか分かるかもしれない。



「ミルドレッド嬢のエリニエスは顕現してはいない。だがその膨大な魔力ではそれも時間の問題だろう。よって、ミルドレッド嬢の身柄は神殿でお預かりしよう。・・・私も神殿裁判等の手間は取りたくないのだ。」


ぐっと私を抱く父の手に力がこもる。

これは体のいい脅しだ。

私を神殿に差し出せば脱走のことを無かったことにするし、侍祭のこともこともなく処理をするつもりで、私を渡さないと侍祭の死に関与したとして神殿裁判、下手をすれば投獄断罪が待ち受けているのだ。その余波はコリアリアの家まで届くだろう。


「だが・・・」


父はどうすればいいのか考えあぐねている様子だ。

記憶がないばかりにミルドレッドがなにをしたのかまでは分からないが、きっと人を殺してしまうほど破綻した性格をしていた訳ではないだろう。私もそう信じたい。


それに、侍祭の死を無かったものとしてまで私を神殿に留めたい理由はなんだろうか。エリニエスの被害を止めるためという善意だけではない筈だ、という確信があった。


「ちちうえ様、私は神殿に戻ります」


ハッとこちらを、見る父の瞳の色には焦りと困惑があった。


「ミルドレッド、君を一人でここに置いてはいけない」


「大丈夫です。レイおとー様にはミルが自分で神殿に残ると言ったとお伝え下さい。ただ、ちちうえ様がおとー様に叱られないか心配です」


父の頬に自分の手に平を当てるといかに自分が今小さいのかがよく分かった。


父はぐっと口を引き結ぶと、そっとわたしを床に下ろした。


「一週間です。一週間したら娘を迎えに来ます。」


父はそう冷たく告げると、先程の神官に連れられて部屋の外へ出ていった。


一週間、もしかしたら一週間で父は侍祭の死の真相を明らかにするつもりなのかもしれない。


法王は父の言葉を本気にしていないのか、ただ無表情でニーリアンの退室を見ているだけだった。


私はにっこりと笑って法王を見上げた。


エリニエスを神殿に集めて何を企んでいるのかは知らないがそれを調べることで私の記憶が戻るならば価値はあるだろう。


「ところで、私はどちらに行けばよろしいですか?」








案内された部屋は神殿の絢爛さには似合わない質素な作りだった。子供サイズのベッドが1つにテーブルと椅子のセット、それだけで部屋にトイレや手洗い場なんてものはなく、それは共用でどこかにあるんだろう。


神殿の表と違って廊下も部屋も薄暗く少しほこりっぽい。


神官に連れられて歩く廊下で数人の子供たちを見かけたが、彼らも同じエリニエスなんだろう。


膨大な魔力を持ちながらそれを操ることが出来ず、最後は死に至る病。


栄養状態はあまりよくないらしい。誰もがガリガリにやせ細っていた。髪の色も明るく、目の色味も薄い色であるにも関わらずどこかその瞳は暗かった。


「では、お祈りの時間にまた来ます」


神官は少し煩わしそうにわたしを部屋へ押し込めるとさっさとどこかへ行ってしまった。


さて、どうしたものか、


部屋から出て、食堂のような広間へ行くと何人かが机で話をしていた。天井は高く広々としているも、先程の法王のいた執務室とは違い、薄暗くカビの匂いがした。

誰も楽しそうに談笑しているものはおらず、周りに聞こえないようにビクビクしながらとても小さな声で話すものだから、流石の私にも聞き取ることは難しかった。


とりあえず、近くの椅子に座る。


すると淡い白藍しらあいの髪の少女がパタパタと小走りでこちらに来た。足音が高い天井にこ玉して響く。


「どうして、戻ってきたりなんかしたの!?」


小声だがその声にはきつく問い詰めるような勢いがあった。


「えっと、貴方は」


「とぼけないで、ミル。折角、神殿を出られたのにどうして戻ってきたの?」


「ごめんなさい、私なにかのショックを受けて記憶が無くなってるの」


それを聞いた白藍の少女はやっぱりとため息をついた。


「・・・あなたを、信じた私が馬鹿だったわ。」


スッと立ち去ろうとするので慌てて引き止める。


「あの、」


何?と不快そうに見つめ返してくる少女の目には嫌悪があった。


「私は何をしようとしてたの?」


「ミルドレッド、あなたは自信満々に言ったわ」


「え?」



「私ならば、エリニエスの子たちを助けられる。神殿は私達を助けるつもりはないし、その魔力を利用してるだけで、もし魔力枯竭で死んだとしてもエリニエスのせいにしているだけだって。私達孤児や平民と違ってミルドレッドは貴族だから・・・父親が凄い魔道士だからなんとか出来るって」


そう言いながら水色の少女の瞳には涙が滲んでいた。最後の方は声が震えていた。


よく見ると彼女の髪はパサパサで、服もきれいではない。かろうじて、ミルドレッドは貴族の子供としての扱いは受けていたようだが、彼女らはどうなんだろう。


「シーラ・・・貴方はシーラね」


ピクリと白藍の髪が揺れる。あたっていたらしい。どうやら私の記憶は戻りつつある。


シーラはわっと泣きながら私に抱きついてきた。


きっと彼女は何かを知っているし、私は記憶を取り戻せる。私は慰めるように彼女の背中を優しくなでた。


私はこの子達を救うためにも、この神殿の秘密をつまびらかにしなくてはいけない。ミルドレッドの心の中で小さな炎が灯ったのを感じた。

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