表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

隣の洞窟に入るためには

作者: 池田大陸

 一週間ほど前、小さめだが念願の一軒家を購入し、ウチの家族はここに引っ越してきた。

 俺と妻、そして小学一年生の息子の三人家族だ。みんなこの家にとても満足していた。


 しかしそんな俺にはとある個人的な悩みがあった。それが隣に建っている大きな豪邸である。


 隣の芝生は青いなどと言うが、客観的にどうみてもウチより豪華でハイセンスな家だと思う。

 代々続く資産家やらではなく、一代でこれだけの家を建てたという。一体どんな事業をしているのだろう?



「ちょっと役所行ってくる」そう妻に言って家を出た。

 引っ越してきてまだ間もないので、市役所に行くついでに息子とそこら辺を散歩してこようと思ったのだ。


 息子は引っ越す前からとあるゲームに夢中で、ここに来てもそれは変わらなかった。


 息子は携帯用ゲーム機を小脇に抱え、スキあらばゲームの続きをしようとしている。なんでも今大流行のゲームの続編が出たとか。

 そんな息子を見ていると、自分の幼少期と似ていて懐かしさを覚える。


 市役所での待ち時間、もちろん息子はゲームをしていた。村で剣やアイテムを買って主人公パーティーに装備させているらしい。RPGでは定番の行動だ。



 市役所から家に帰ったちょうどその時、高級SUV車から降りてくる隣人家族を見かける。主人、奥さん、子供、みんなどこかしら品や覇気があった。俺は逃げるように息子を連れて家に入った。


 先ほどの悩みというのがこれだ――俺は自分より格上だと思う人間に極端に萎縮してしまう。自分の能力自体はさほど低くない、ただ器が小さいのだ。相手から見くびられ軽視される可能性があるだけで心がざわつき居心地が悪くなる。

 だからといって別に自分より格下の人間には偉そうするわけではない。むしろ優しめに接するとこが多い。

 なぜならそういった人間を見ていると心がスーッと落ち着いていくからだ――なんとも小さな人間、それが俺……ああ、知ってるさ。今更情けないと思うことももはやなくなった。


 息子はゲーム画面をながめながら唸っている。どうやら主人公が毒に犯されたようだ。


 ――実は少し前に俺は隣の家に招待された、一緒にバーベキューでもどうか?という話だった。

 もちろん俺は断った。このときから隣人に対し経済格差や身なりの差に気後れし、心に壁を作っていたのだ。

 交流の機会を消してしまい家族にはすまないとは思う。

 経験上、相手が悪意を持ってマウンティングしてくることはあまりない。

 しかしどちらにせよ居たたまれない思いをすることになる。

 その後も俺の心のモヤモヤはずっと残り続けていた。



 家に入ってリビングにいた息子は「『隣の洞窟』に入れない」と言ってきた。

 聞くと主人公の住んでいる村の隣には洞窟があり、そこに入れないとか。

 RPGゲームではよくある話だ。だが息子はそういったゲームをするのは初めてらしく本気で悩んでいるようだ。まだまだだな。


「ゲーム序盤からは、行けないようになっているんだろ?」とアドバイスをしてみた、自分でプレイしていないから適当だが。

「なんでこんなすぐ近くなのに入れないの?おかしいじゃん!」とカリカリして納得していない様子。



 ここからちょっとした事件が起きた。

 息子は庭の小さな縁側に座り、ゲームを続けていた。すると急に隣の家からボールが飛んできて息子に当たり、息子はゲーム機を地面に落としたてしまった。

 元々イライラしていたせいか、息子はそれを拾い上げ隣の家に突撃する。

「もー!スイッチ壊れたー!弁償しろー!」と怒鳴りこんだ。

 相手は同じ歳かちょっと上ぐらいの男の子だ。

(おい、やめろ!そんなでかい家の子と喧嘩するな!ずっと隣同士で険悪になったら何されるか分からんじゃないか!)情けなくもそう思ってしまった。

 いきなり喧嘩腰で来られてちょっとムッとしたらしい相手の子に、

「な、なんだよ!わざとじゃねーよ」と言われ突き飛ばされる。すぐさま立ち上がって怒ったまま言う。

「お前のボールが当たって『隣の洞窟』に入れなくなっただろ!」(いや息子よ、それは元からだ)

 そのセリフを聞き、男の子はハッとした表情になる。そして一瞬考えてから、

「『隣の洞窟』ってモンクエか?……ロックのイベントクリアしたかお前?」

 ぽかんとして息子は「ん?……多分まだ」と言う。

「それ終わってからだぞ、『隣の洞窟』は」途端に息子の目が輝き始める

「マジで!ありがとうおまえ良いやつじゃん!」(なんという単純)

「一緒にやろう!行き方教えて」相手の子はちょっと考えて表情を緩め、

「――いいよ、俺もゲーム相手ほしかったし」と笑顔を見せた。



 2人の姿を見て、俺はあっけにとられていた。

「息子に比べて自分はなんと臆病なんだ」という感覚とともに、一体俺は何を恐れていたのだろう?そういえば子供の頃の俺は――あいつみたいに誰かを恐れたりしなかった……


 ――「フッ、はは……」とたんに呆れにも似た笑いがこみ上げてきた。


 ちょうどその子の父親も庭に出てきて

「お!お友達になっとるな」と微笑ましそうに見つめた。俺は、

「こんにちは、隣の奥山です。今度バーベキューでもどうですか?」と誘う。

 今までの自分からしたら信じられない発言だった、

 しかし不思議なぐらい自然に――まるであの2人を手本にしたように声をかけられた。

「あーいいですね!是非やりましょう」

 以前こちらが断ったのに快く快諾してくれた。


 後から分かったが、この隣人のご夫妻は人格的に素晴らしい人物だった。



 ―― 一歩踏み出す ―― 


 そうして俺は以前より少し充実した生活を送っている。


 息子は隣人の友達にアドバイスを貰い、例のゲームをクリアしたらしくクリア画面を見せてきた。


 主人公の名前は  『ユウキ』  我ながら良い名前だと思った。




ゲームと現実の主人公がリンクしていることぐらいしか

推理要素がないかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 単純な事なのに、いろんな事考えて何もできない、 ほんとに子供に気付かされるってありますよね。 楽しく読ませていただきました。
[良い点] ヒューマンドラマかもしれませんが、メッセージのある良い作品でした!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ