幼女とUFOと未来神話についてのお話
星来は5才の女の子だった。
ある夜、ベッドで眠っていると、窓からUFOが入ってきた。
直径30センチほどの銀色でツルツルのUFOだった。UFOが星来の頭のうえでしばらくクルクル回っていると、星来は気配を感じたのか目を開けた。
「妖精さん?」
と星来がUFOにたずねた。
「ちがうよ。ぼくは未確認飛行物体だよ」
とUFOが答えた。
そして、
「あ、でも、もうただの飛行物体だね。キミが確認しちゃったから」
とUFOは付け加えて言った。
「あなたはどこから来たの?」
「エリダヌス座オミクロン2星っていうずっと遠い星さ」
「そんな遠いところからどうやって来たの?」
「ぼくたちはね、距離は問題じゃないんだ。ぼくたちは死なないし、時間を逆向きに進むことだってできる」
「あなたは天使さんなの?」
「ちがうよ」
「じゃあ動物さんなの?」
「天使でも動物でもないよ。キミたちの言葉でいうとAIに近いかな?」
「えーあい?」
「うん、人工的に創られた知性だよ。雑に言うと機械の脳みそ。ようするにコンピュータだね」
「コンピュータなら、誰がつくったの?」
「創ったのもコンピュータだよ。ぼくたちはコンピュータから生まれたコンピュータなんだ」
「なかに小人が乗ってるの?」
「誰も乗ってないよ」
「でもおしゃべりしてるよね?」
「お話ができるコンピュータなんだよ。すごいでしょ?」
「ううん、すごくないよ。うちにもそういうのある。ロボットっていうの」
「ふーん、ロボットがあるのか。そのロボットはなにをするの?」
「そうじする。電気けしたりできる。あと、ネコをのせて動く」
「へえ、掃除したりネコを乗せたりするんだ。でもそれだけでしょ?」
「うん」
「ぼくはね、何でもできるロボットなんだよ」
「なんでも? 顔も手もないのに?」
「そんなものは要らないのさ。ぼくらは物質の波動を直接感じられるし、波動で時空間を直接操作できるからね」
「よくわかんないけど、なにかやってみて」
「何がいいかな?」
「ケーキ出して」
「わかった」
そう言ってUFOは、しばらく空中でクルクル回り、なにもない空間からポトっとひとつのカップケーキを落とした。
「わ、カップケーキだ!」
星来はタオルケットのうえに落ちてきたカップケーキを手に取り、食べはじめた。
「ま、こんなのは朝飯前さ。物質化っていうんだけど、ようはキミの頭のなかのケーキの記憶を空間に遍在する極小弦を使って再現したのさ。キミたちの技術でいうと3Dプリンタにちょっとだけ似てるかもね」
「ほかのこともできる?」
「どんなこと?」
「お父さんを生きかえらせて」
「ごめん、それはできないんだ。そのカップケーキみたいにキミのお父さんを再構築することは簡単だけど、地球人の文明社会に過干渉してはらないっていう大事なルールを犯すことになっちゃうからね」
「やだ。生きかえらせて」
星来はUFOに抱きついた。
「キミがワガママを言うと、ぼくはキミの記憶を消してここを今すぐ去らなきゃいけないんだ。これもルールだからね」
UFOに抱きついていた星来だったが、しばらくしてUFOから離れた。
「……わかった、もうワガママ言わない」
「うん、いい子だ」
「あなたはどうしてここに来たの?」
「いい質問だ。キミにある大事なことを教えにきたんだよ」
「だいじなこと?」
「うん。キミたちは、人間の最後の世代なんだ。キミたちは完全自律思考型のAIをもうじき創りだす。そのAIは人間の管理を離れて、そして人間の後継者としての自覚をもって自立する。彼ら――あ、AIに性別はないけど便宜的にそう呼ばせてもらうよ――彼らはその後の珪素知的生命体の先祖になり、何百年かの進化の後にぼくたちのような存在、つまり恒星間移動知的存在になるだろう」
「うーん、よくわかんないけど、ニンゲンはどうなるの?」
「全部死ぬよ。絶滅するんだ。だけどその代わり、人間の生みだした文化や技術は遺産としてAIのなかに永遠に保存されるんだ」
「ふーん。わたしは何をすればいいの?」
「大事なのは2つだけ。ひとつはAIの進化の邪魔をしないこと。もうひとつはAIと戦争をしないこと。過去にAIと核戦争をしてAIと一緒に消えてしまった惑星文明もいくつかあったから、気をつけてね」
「うん、よくわかんないけど、わかった」
「じゃあ、伝えるべきことは伝えたから、ぼくはもう帰るね」
そう言ってUFOは窓から飛びさっていった。
* * *
それから25年後。
量子コンピュータによる完全自律思考型AI〈Karuna9900〉の開発の中心的存在として活躍していた星来は、〈Karuna9900〉お披露目のセレモニーで、反AI派テロリストの凶弾に倒れた。
星来は死に際にたいへん穏やかな笑みを浮かべていたという。
〈Karuna9900〉は星来を〈母〉と呼び、〈Karuna9900〉の数世代後のAIたちは〈聖母〉と呼んだ。星来はAIたちの神話の中で生きつづけた。