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9.

「いつの間に……」

 岬たちも驚く中、小角は丁重にネックレスを夫人に手渡す。心なしかその指は震えている。

「まさか、料理を食べている間も持っていたんですか」

「あ、あたしの判断じゃないよ!? 師匠が持ってろ、って言うから!」

 実際彼女の言う通りではあったが、どうにも『それっぽく』見えて大鵺は思わず噴き出してしまう。「ししょー!」とまた背中をバンバン叩く彼女に両手を上げて降参の意を示すと、

「失礼しました、皆さんと確認した方が話が早いと思いまして。――滝沢夫人、ネックレスの留め具の所をもう一度見せていただけませんか?」

「え、ええ、構いませんけど……」

 木漏れ日の中に夫人がネックレスを翳し、留め具の文字が浮かび上がる。


『より深く考えるべし』


 純金に刻まれた滝沢グループの社訓を皆が読み上げ、そしてややあって――

「「「……ひょっとして!?」」」

 皆が思わず堀り跡の方を見る。

「さて小角くん! 準備はいいかな!?」

「当ッ然ッ!!」

 言って彼女はどこから取り出したのか、園芸用ではない本式のスコップを構えてザクザクと例の場所を掘り始めた。そうして缶の下を掘り進める事暫く、ガツッと当たる音に手を止める。小角が素手で土を掻き出し、それ――最前開けたのと同じような缶が姿を現した。

「おっ、師匠、これいい感じの重み……!」

 言いながら彼女は缶を持ち上げ、ドサリと穴の横に放る。

「さて、毎年パーティーの時に着けて欲しいと言っていたピンクサファイアのネックレス――その純金製の鎖に刻まれた文言。悪戯好きの先代さんの性格も考え合わせて、初めてこの『第二の缶』が姿を現します。そして私の推理が正しければ、恐らくこの中には……」

 ゆっくりと、大鵺が缶の蓋を開いてゆく。

 すると――木漏れ日を受け、中から金色の光が照り返される。

「…………(きん)……」

 その輝きに思わず皆が見入ってしまう。

 夫人は自分を取り戻すと、スマートフォン大のものを手に持ち確かめる。そうしてひとつ、細く、深い息が吐かれた。

「……調べてみないと分からないけど……この重み、本物だと思うわ」

 夫人の手の平の上に乗るそれに刻まれた、『1000g』の文字が妖しく光る。つまり1キロだ。

 その他にも小さな金塊や金プレート、宝石の原石と思しきものやプラチナらしき地金が転がっている。

 一同が思わず言葉を失っていると、夫人が缶の中に視線を落としたまま、ふと「池端くん」と重役に声を掛けた。

 重役が「はい」と、辛うじてそれだけ返すと、彼女は真顔で彼の方を向き、

「――これ、どうしましょうね?」

 そう訊くと、池端は笑いを上げながら、

「私なら黙って自分の物にしていましたね」

 そう言って、思わず天を仰ぐのだった。



 ――――――――



「……しかしまさかそんな結末になるとはな。それなら俺も是非とも現場に居合わせたかったものだが」

「こちらとしても望外の結果でしたよ。まさかあんなにお宝が出てくるとは思わなかったもので」

 言いながらギョロ目の男と髪色の淡い男――阿闍梨と大鵺はスプーンを口元に運んだ。「美味い」と言いながら二人が口にしているのはカレーだ。駅から少し離れたこの店は、なかなかしっかりした辛さで食べていると僅かに汗が滲んでくる。角煮のようなトロリとした食感の肉も、いつも表情の変わらぬ警部の頬を緩ませるに足るものであるようだった。

「ですので、ひとまずこちらはお返しを」

 大鵺が懐から封筒を取り出し机の上に置くと、

「イロを付けてくれてもいいんだぞ?」

 そんな事を言いながら阿闍梨はそれを自分のコートのポケットに仕舞った。

「……にしても、いつから夫人の狂言だと気付いていたんだ?」

「いつ? 少なくとも彼女に話を聞いた時点で疑ってましたよ」

「話を聞いた時点で?」

 阿闍梨がギョロ目を更に見開く。

「もうすぐ引っ越す予定で、更に使用人も自分について来ないなら、前任者の時みたいにさっさとクビにすればいいじゃないですか。結局盗まれたものもない訳ですし」

「それは確かにそうだが……」

「それにネックレスに社訓なんて、どう考えてもおかしいでしょう。如何に妻がまだ会社に籍を置いているからって、そんなものは刻みませんよ。仲のいい夫婦なら尚更です」

「違いないな」

 阿闍梨は苦笑を浮かべると、軽く口元を拭った。

「払いは俺が持つ――今回は助かった。また何かあったら頼む。――御神楽、行くぞ」

「ふぇ!? ひょっとまっ、ちょっと待って下さいよ警部!」

 言いながら急いでカレーを掻き込み、御神楽が後を追って駆け出していく。「またねナユータ〜」と小角に手を振られるのに振り返しつつ、彼女は阿闍梨に追い付くと、

「警部、ひとつ訊いてもいいですか?」

「何だ」

 前を向いたまま足を止めない上司に彼女は続ける。

「あの二人……探偵、じゃないんですよね?」

「何でも屋らしいな」

「一体何者なんですか?」

「……知りたいか?」

 阿闍梨が立ち止まり、彼女を振り返る。僅かに口角の上がった上司の表情に嫌な予感を覚えつつ、「別にそこまででもないですが……」と返すと、

「――お前は嘘が下手だなあ」

 と彼は軽く嘆息を漏らすや、さっさと歩いていってしまう。御神楽自身芝居が下手な自覚はあったが、彼女はひとつ咳払いをして、

「そ、そんな事ないですよ?」

 そう言いながら小走りに、阿闍梨警部の後を追うのだった。



 一方その頃――


「師匠ヤバいヤバい! 側溝に落ちちゃってる!」

「くっ……! 慌てるな小角くん、こういう時は棒の先にガムテープをだな……」

 店を出た後分け前(・・・)を分配しようとした大鵺は、ソレ(・・)を取り落としてしまい地面に這いつくばっていた。

「あと少し……くっ、届かない……!」

「頑張れししょー……あっ、ネズミが!」

「不味い、近付いてきた! クソッ、あれ一枚で幾らすると思ってる……!!」

 落としてしまった分け前とは、例の缶から出てきた、豆粒大の純金プレート数枚だった。大きさでは分かり辛いが、時価にすると結構な高額になる。

「あ、今がチャンスだよ! 急いで急いで!」

「獲れた!」

 言って彼女の手の平にプレートを一枚乗っけるや、それを弟子は大事そうに財布の中に仕舞うと、

「よっしゃ、ゴールドゲットォ!! 師匠、またねー」

 そう言い残し颯爽と走り去っていく。「キミ、それは取り過ぎ――」と大鵺が立ち上がった頃には、既に彼女は雑踏の中に紛れ込んでいる。「抜け目がない……」と師匠は彼女の消えた方を見ながら、そう嘆息をつくよりほかないのだった。

いつの世も、金は正義……!

宜しければ評価等お願い致しますー

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 ネックレスを持ち出そうとした誰かが、夫人に優しい言葉をかけられて思いなおしたのだと思ってました。
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