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4.

 楠木と別れてから一時間後、大鵺は池袋の北口にある繁華街にいた。アジア系の看板が極彩色に輝きを放ち、雑居ビルの立ち並ぶ一帯は、見る者に異国に居るかのような錯覚を抱かせるものだ。

 目的の場所はその街中(まちなか)を暫く進んだ建物の二階にあった。英字で記された外看板はシックなデザインで、周囲の怪しげな店々の中にすっかり埋没してしまっていた。

「分かりにくい場所で申し訳ありません、別の場所にすれば良かったですね」

 言いながら戸口に姿を現したのは黒髪短髪の若い男で、彼が楠木の相方のドラムで作曲担当である榎田だった。

 ここは彼の勤め先で、主に楽器の輸入部品を取り扱っているらしい。大鵺がちらと奥を覗くと種々雑多な段ボール箱が口を開けており、中から木製や金属製の部品が顔を出していた。二人は部屋の隅にある椅子に腰を下ろすと、「桜井さんが大変だとか」と早速本題に入るのだった。

「ええ。そこで覚えている限りで構いませんので、当日の事をお教え頂ければと思いまして。それが解決の糸口になる事もありますので」

「私に出来る事でしたら、出来る限りを致しましょう」

 前のめりになりながら榎田は頷くと、イベント当日の事について語り始めた。と言っても大体は相方と同じで、二人で軽トラから機材を下ろし、搬入した後はリハを除いてあまりうろつかなかったとの事だった。

「では何か気になる点などありましたか」

 問われて榎田は腕を組んで考え込みながら、

「ああ、桜井さんの奥さんに会いましたよ」

「出演前でしょうか」

「前と後、両方ですね。最初は楽屋入りで階段を降りた時でしたか。一応顔馴染みですからね、『どっちが勝っても複雑です』と言ってましたね。私が、『でもホントは旦那に勝って欲しいでしょ』と返すと、苦笑いしてましたよ」

「では出演後はどうでしたか」

「正確に言うと、結果発表の直後ですね。俺たち負けた側が舞台袖に引っ込む時、丁度彼女もそこで成り行きを見守ってまして。勝った事をまだ信じられないとでもいうような表情でしたよ。『おめでとう』と握手を求めてもどこか夢心地のような感じでね」

 そこまで言って、榎田は深くひとつ溜息をついた。

「しかし盗難に脅迫文ですか……。いっそ僕らが犯人なら分かりやすいんでしょうがね」

「そうかも知れませんね」

 大鵺もそこは敢えて否定せず、しかし脅迫文の具体的な内容・画像の開示も避けつつ、続けて彼にそういう事をやりそうな人間に心当たりはあるか訊いてみる。

「……うちのファンに一人、熱狂的な感じの子がいまして……。流石に腹いせにそういった事をやったりはしないとは思うんですが……」

 通称『ドクター』と呼ばれる若い女で、バックヤードに忍び込むなどこれまで何度か問題を起こしている人物との事だった。

「榎田さんは、控室の外には何回程出たか、覚えてらっしゃいますか」

「用を足しに数回出た程度でしょうか」

「パーカーについては?」

「パーカー?」

 彼は小首を傾げてから、「ああ、アレね」と思い出したように、

「二着ある、って話だったけど、結局見なかったなあ。桜井さんは寒がりだから、或いは使ってるかもですが」

「成程。他には如何でしょう」

「ひとまずこんなところでしょうかねえ」

「では最後に『ドゥカート』についてお伺いします。大学卒業前後に改名されたと聞いていますが」

「そうですね。それまでは二人の苗字から一文字取って『エノクス』とか、そんな適当な名前で活動していまして。卒業後も続けるのであれば、中途半端な名前じゃなくもっと別のものにしてある程度覚悟を決めたいたいと思っていたんです。で、今の名前を提案しました」

「昔ヨーロッパのどこぞで使われていた貨幣単位でしたか」

「ええ、縁起が良さそうでしょう?」

 笑う榎田に大鵺は、「活動は続けるんですか」と訊く。

「そこを聞きますか」

 苦笑混じりに彼は返しながら、

「ヤツの歌唱力については、疑いのないものです。だから正直、負けたのは自分のせいだと思ってますよ。桜井さんは演奏も素晴らしかったが、曲の作り込みが絶妙なんです。だからあれだけのファンがつく。私は……曲自体については自信があります。ただ、それを上手く『楠木』という才能に説明出来ているかと言えば、恐らく『ノー』なんです。説得力がないと言いますか……説明下手で恐縮ですが」

「曲作りから勉強し直すと」

 榎田が頷く。

「『ドゥカート』には勿論思い入れがあります。一応名付け親でもありますしね。でも楠木にはいい話が来ているようですし――正直あの才能をこれ以上眠らせておくのは、相方としては申し訳ないんですよ」

 言うと彼は僅かに翳りのある表情を浮かべるのだった。

「そうですか……。いやあ、お時間頂戴してすみませんでした。またお力添えが必要になるかも知れませんので、どうかその時は――」

「勿論協力させて頂きますよ」

 席を立ち握手すると、「榎田さん、ちょっとここについて訊きたいんですけど――」と話が終わったのを見計らって、榎田より少しばかり年若い男が奥から顔を出した。

 どうやら音楽一本で食っていくつもりの楠木とは少しばかり異なるようで、しかしそれも選択のひとつだろう――と大鵺は軽く被りを振るのだった。



「何か分かりましたか」

『色々面白い情報が出てきたよー、って言うか師匠スマホ買おうよー』

「そこは私の『主義』というか『美学』ですから。大体そんな物持ってみなさい。些細な用件で電話を掛けられるに決まっていますよ。手軽さが常に正しいとは限りません」

『そんな事ないってししょー』

 榎田の勤め先から離れ、大鵺は公衆電話から小角に捜査の進捗状況を確認していた。ネット方面から関係者の情報を洗い出して貰っていたのだ。

「まあそれは兎も角、面白い情報とは?」

『みんな出身大学同じなんだよー!』

「ああ」と師匠は斜め上を見上げながら、

「出場者三人の事ですね」

『違う違う!』

「おっ?」

『橘さんもそうみたいなの!』

 元々ネットで活動していた人物で、顔出しは最近という話だ。彼が出場者達と同じ大学出身であるとして、そもそも交流があったかは疑わしい。

「学年は?」

『他の人の二つ下だって言われてる! 後は桜井さんや『ドゥカート』の熱狂的ファンと連絡取れそうだよー!』

「ふむ……」

 大鵺は少しばかり考えた後ひとつ頷くと、

「小角くん、一度合流しましょう。少しずつ、今回の事件の全体像が浮かび上がってきている気がします」

 そう言いながら、大鵺は近くのゲームセンターで音楽ゲームに興じる若者に目を細めるのだった。

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