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「今回の炎魔法は初歩的なものだ。まずは指先をロウソクに見立てて小さな炎を出すイメージで。魔方陣の方は“灯せ”と唱えれば発動する。また、魔方陣は出力される魔力に制限があるため危険はないが、魔力持ちは火力を出しすぎないように細く長く魔力を絞り出すイメージで指先に力を集めろ。呪文は己の思うものでいい」
ふふふ。みんな真剣にやってるわね。なんだか微笑ましい。王子サマは人差し指を立て数秒じっと見つめるとほわっと炎が灯ったわ。成功ね。魔力の流れも安定しているし、さすが王族ってとこかしら。幼少期からしっかり訓練されてるのね。リノンは魔方陣とにらめっこしてるわ。あらあら、そんなしかめっ面しちゃって、可愛らしい顔が台無しよ。
「灯せ、灯せ、灯せ………あれぇ?」
「力みすぎよ」
これが魔方陣。コースターほどの大きさの麻布に六芒星とそれを縁取るように円が描かれ、よく分からない文字がズラズラと書かれてるのね。たしかに魔力は染み込んでいるけれどほんの少量…小さな火を灯すことならギリギリ出来るかな、程度のものね。ふむ……。呪文といっても、ただ唱えればいいだけじゃなく、ちょっとコツがいるわね。この描かれた模様に沿って魔力が染みているから、そこに触れながらイメージすると簡単に出来そう。
「リノン、この魔方陣に少し触れて…そう。そしたら、先生も言っていたけれどイメージするのよ」
「イメージ……」
「ロウソクの火をイメージするの。魔法を使う上でイメージすることはとても大事なことなのよ。それが出来ないと発動すら出来なくなっちゃうわ。…さあ、小さなロウソクの灯りを思い浮かべて。暗闇のなかでぼんやりと灯る小さな火。少しの風で消えてしまいそうな儚い火。それでも、側にいる人を暖めて安心させてくれるような、優しくて力強い。そんな灯りが…ほら、点いた」
リノンの魔方陣の上には親指ほどの小さな火がちゃんと灯っているわ。「できた!」って、瞳をうるうるさせて喜んでる。可愛い子ね。
「セウレイア嬢は教えるのがとても上手だね」
「教えるの“だけ”ですよ、殿下。実際はどうだか」
「うふふ…恥ずかしいわ。先生ぶって。どうせ口先だけでしょう?」
あらあらあら…王子サマは兎も角、取り巻きがなにか言ってるわ。ちょっと、王子サマも感情のこもっていない笑顔を振り撒いてないで、躾はきちっとしなさいな。
「酷いことを仰るのねぇ」
「すまないね。セウレイア嬢。彼らは魔法に関しては厳しくてね…そういえば、紹介がまだだったね」
別に、関わることもないだろうし興味ないんだけど…って私が思ってること分かってるでしょうに王子サマはお構いなしね。
ええと、灰色髪で黒の瞳の眼鏡くんは、グレイ・アルジャン。この人が副会長なのね。プイッとそっぽを向かれてしまったわ。もう一人、女の子が書記のヴィオレータ・モーヴ。濃い紫色の綺麗なツインテールにすみれ色の瞳の可愛らしい子。でも、私が「よろしくね」って言ったら物凄くバカにしたように「ハンッ!」と鼻で笑われたわ。この子、恋愛小説内だと常に無情に切り捨てられる系の気の強い子だわ。私は好きだけどね。
「僕も、セウレイア嬢の魔法が見てみたいな。出来る?無理しなくて良いんだけれど…」
「嫌だわ王子サマ。バカにしないでちょうだい」
ふわりと指先に灯りが灯る。それに小さく息を吹き掛けると、それは真っ赤な蝶になってヒラヒラと私の周りを優雅に飛ぶ。炎は私の得意魔法。こんなの、朝メシ前どころか眠りながらだって出来るわ。
あらまあ、王子サマったら、目が点になってるじゃない。副会長サンも書記サンもすごく驚いた顔をしてるわ。リノンだけは、「すっっごーい!!キレーーイ!!」ってパチパチと両手を叩いて感激してくれてる。本当に可愛い子だわ、リノン。
「…セウレイア」
「あら、先生」
ちょっと騒ぎすぎちゃったかしら。いつの間にか私の席の近くに来てたのね。気付かなかったわ。やっぱり、この黒いローブのせいだと思うのよね…気配を感じないもの。
「先生、そのローブはなに?いつの間にそんなものを人間は作ったのかしら。そのせいで貴方に流れる魔力を感じな」
「ッケホ!ゴホンッ!」
「…………………」
「で、何かな。セウレイア」
「………この魔方陣も、画期的だとは思うけど簡単にとはいかない、ちょっとクセのあるものだし、やっぱり血華石を」
「ゲホゴホッ!ゴホッ!!」
「しだんっ…アートルム先生!大丈夫ですか?!?!」
何なのかしらこの先生?!絶対わざとよね?!咳がわざとらしいもの!
それなのに…書記サンが先生に駆け寄って物凄く心配そうに優しく背中を撫でてるわ…。本気で心配しているのね。凄い……。ギャップってヤツだわ。
日頃ツンツンしてるのに弱ってる人にとても優しく寄り添う…こういうのに男は弱いって指南書に書いてあったわ。成る程、ギャップとツンデレ…まさか同時に二つも見れるなんて!とても勉強になるわ…!書記サンも、私の大事な恋愛の先生になってくれそう
「大丈夫だ、モーヴ。席に戻りなさい」
「っ…いいえ…!やっぱり、おかしいですわ!このところ、様子がおかしいんですのよアートルム先生!」
あらあら。何故かキッと睨まれたわ。うーん、大丈夫かしら、書記サン。
「モーヴ。私は何ともない。至って普通だ」
「そんなことありませんわ!ここ最近、この魔法科初級の授業の時だけ異様に咳き込んでます!他の中級や上級では普通ですのに…!…きっと、この女が…!!」
「落ち着いて…!モーヴさんこそ、どうしちゃったの?いつもの貴女らしくないよ?それに、エステルはなにもしてない」
「黙りなさい!ベス!!アナタには関係ないですわっ!!」
あら。二人とも知り合いだったのね。しゅんと落ち込むリノンがこれまた可愛らしいわ。
「貴女の魔法…!無駄に目立つような演出をして、そんなにアートルム先生の気を引きたいんですの?あんなの、凄くも何ともない!わたくしにだって出来ますわ…!」
すごいわ。書記サンの身体中の魔力がとぐろを巻くように激しく渦巻いてる。結構大掛かりな魔法を発動しようとしてるのね。でも、炎の魔法はやめた方がいいと思うんだけど…先生も王子サマも、何で誰も止めないのかしら。
「きゃあ!モーヴさんっ!?」
「ううっ…!」
あら…炎の球体の中に閉じ込められちゃったわね。魔力が暴走しているわ。苦しいだろうに。炎は表面だけで球体の中まで燃えてるわけじゃないのね。けれど、炎が書記サンの肌を焼くのも時間の問題。ほとんど魔法を制御できていないわ。一分持つかどうか…
「仕方ないわね」
目の前の業火に、一歩足を踏み入れる。背後から悲鳴に似た声で私を呼ぶリノンの叫びが聞こえた気がしたけど…いまはゴウゴウという燃え盛る炎の音しかしない。
「貴女は私に、ギャップとツンデレという貴重な恋愛の要素を教えてくれた…その恩を返してあげる」
私は魔女だから。
苦しそうに踞る華奢な背中に小さく呟いた。