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 あれから一ヶ月も経つのね。教室の窓から見えるのは雲ひとつない晴天。私の心は曇天だというのに、お構いなしに今日も憎たらしいくらいの清々しい青空が広がっているわ。


 「わあ、エステル凄いね!手元を全く見ないで刺繍してる!針の動きが速くて目で追えないよ!」

 「あら。慣れれば簡単よ」

 「セウレイアさん、物凄く上達したのは分かるけれど、刺繍とは一針一針丁寧に心を込めて色をつけていく物よ。そんな明後日の方を見ながら無表情、猛スピードで縫うものではないわ」

 「……わかってるわ」


 この授業を受けてから何度もいわれる台詞ね。もう聞き飽きたわ。

 私だって、最初は必死だったわ。全く出来なくて。針に糸を通すことさえ初めてだったんだから。あの時の先生の珍獣を見るような目、中々にショックだったわ。同じ刺繍科を取ったリノンだけは、「縁がないと中々やる機会ないよねー」ってフォローしてくれたわ。優しい子。



 「エステル、それは何の刺繍?」

 「“月夜とベッドと私”よ」

 「とても詩的な図案ね。素敵だわ」


 あら。日頃誉めてくれない先生が珍しく誉めてくれたわ。でもコレは私にとって詩的でもなければ素敵でもない、悲劇的な産物よ。


 「ステッチがとても丁寧だね~。針を入れる位置も正確だし、色の使い方も綺麗!最初は凄く苦手そうだったけど、ビックリする早さで急成長したよね~!すんごく練習したかんじ?」

 「そうね。毎晩縫ってたら上達したわ」

 「毎晩!努力家なんだね~!」




 寂しい夜の暇潰しに最適だったからね。とは言わないでおく。

 

 入学式の夜からずっと、私はずっと待っているのよ。で、普通に何事もなく朝が来るの。

 

 最初は、きっと人間の男達は慎重だから私の様子を伺ってるんだと思って数日待ったの……何もない。

 そして気付いたの。私の部屋は男子禁制の女子寮四階だから、夜中にこっそり忍び込むためには外から侵入するしかない。つまり普通の人間には至難の技で、魔力持ちであっても魔法が不得手な人は上がってこれないんだと。だから一晩中窓に張り付くことにしたわ。もし、窓の外にこちらを伺うような人影があったらすぐに魔法で釣り上げちゃおうと思ってね。そのまま数日待って……何もない。 

 そして確信したの。きっと、私の部屋が女子寮の何処なのか分からないんだと。だから夜な夜な私の方から出歩くことにしたわ。もちろん、見回りの先生達にはバレないようにね。そして私の部屋を探す人間と出会ったら、偶然を装って部屋に連れ込む。まずはウロウロしている人間を毎晩、朝日が昇るまで徘徊して探す。それを数日繰り返して…何もなかったのよね。

 

 本当に、信じられないわ。こんなに魅力的で恋愛小説の主人公のような控えめでおしとやかな私が居るのにも関わらず夜這いに来ないなんて!人間達は夜な夜な何をしているのかしら?!お陰さまで夜の暇潰しにとやっていたら刺繍の腕前がどんどん上達したけれど!一体何日寝てないと思っているのよ。さすがに魔女の私もボロボロよ。精神面が!

 


 「ああ、次の授業は魔法科かぁ…」


 気分が沈む。まだ刺繍の授業の方がラクなのよね。没頭していられるし。人間の使う魔法を学ぶため、とは言ったけどここまで違うと思わなかったのよね。それに、あの先生も。


 「がんばって!エステル!これが終われば帰れるよ!」

 「そうね、がんばるわ………」


 今晩は寝てやる。ふて寝ってやつよ。セクシー下着なんて絶対着ないわ。ありのままの姿でベッドにダイブして、朝までぐっすり眠ってやるわ。窓に鍵だってかけちゃうんだから。そうして窓から忍び込もうとして鍵のせいで入れず、ベッドで眠る素肌の私を見つけて悶々としてればいいのだわ。……あら。それを眺めるのは楽しそうね。薄目を開けて見てようかしら。窓の外から苦悶の表情を浮かべるどこかの誰か…。やだ、素敵だわ。今晩も楽しみ。



 「やあ。セウレイア嬢にベス嬢」

 「あら…こんにちは王子サマ」

 「れ、レイモンド殿下…ごっごきげんよう!」


 さらりと金髪を風に揺らして颯爽と現れたわ。麗しの王子サマ。にっこりと微笑みを残して去っていくのが、彼の挨拶なのよね。あ、側近、と言うのかしら。生徒会の副会長と書記も引き連れてるのよね。副会長は銀の細いフレームの眼鏡とさっぱりとした短めの灰色の髪、瞳は黒でなんだか真面目そうな感じ。男の子にしては線が細いわね。書記は女の子で濃い紫色の髪をツインテールにしてる可愛らしい子。瞳の色はすみれ色で、それも可愛らしいんだけどちょっとつり目だから気が強そうな感じね。そんな子も好きよ。

 でもその二人は私を必ず一睨みしてから去るから謎よね。好かれてないのは分かる。きっと、赤い髪が目にうるさいとかいうレダタイプの人間なのよね。美学が分からないんだから困っちゃうわ。


 そんな生徒会三役は私と同じ魔法科初級を取ってるのよね。二学年も上なのに。王子サマは私の恋人候補その一だから接点を持てるのはありがたいのだけれど…あまり話したことがないのよね。



 「はあ、緊張した…」

 「リノンは王子サマが苦手なの?」

 「うーん。権力者が苦手、かなぁ。偉ぶってる人が多いし、平民を道具みたいに使うから。レイモンド殿下は悪い方じゃないとは思うんだけど、近くに居ると緊張して息苦しくなっちゃって。だから殿下の側に行きたがる他の女の子達がすごいなぁって」


 確かに、あの群がり方は凄いわ。モテたいとは思ったけど、あんなに囲まれて身動きが取れないような状態になるなんて嫌だわ。イライラして吹き飛ばしちゃいそう。


 ガラリと扉が開いて先生が入ってきた。一斉にバタバタと席に着く生徒が面白いわ。余裕をもって席に着いていればいいのに。


 「セウレイア嬢、隣いいかな?」


 飛んで火に入る夏の虫…いえ、鴨が葱を背負ってくる…じゃなくて。

 まさか向こうから声をかけてくれるなんてね。


 「ええ。もちろん」

 「ありがとう。君とは一度話してみたいと思っていてね」

 「奇遇ね。私もよ」


 にっこりと、笑顔でお互いの腹を探りあうような、一瞬の気も抜けない緊張感の漂う雰囲気…なんだかゾクゾクしちゃう。刺激的な人なのね。嫌いじゃないわ。これが恋人のスタートってやつなのかしら。


 リノンには申し訳ないわね。苦手な権力者が近くに来たせいで縮こまってるし。王子サマの後ろの席に座る生徒会の他二名はものすごい形相で睨んでくるし。あらやだ。さっきまで王子サマを囲んでた女の子達にも凄く睨まれちゃってる。嫉妬と言うやつかしら……なんだか愉快だわ。私が王子サマに身を寄せたり頬にキスしたらどうなるかしら。やってみたい。すごく面白いことになりそう。


 「ねえ、見て。セウレイア嬢。アートルム先生が凄い顔をしているよ」


 あらびっくり。王子サマから顔を寄せてくれたわ。突然耳元で囁かれたせいでくすぐったい。私も頬にキスを……と思ったけど、私からグイグイいくのはダメだったわね。チャンスだと思うのだけど…うーん、レダの指南書は本当に正しいのかしら。


 チラリと先生を見ると、無表情で怒ってる…ような?なんだか器用な事をするのね。

 

 入学式の時教会前で会った黒いローブの男…ディアス・アートルムは予想通り魔法科の教師だったわ。

 ただ、少し気になったのが…彼、あんまり表情が変わらないのよね。初めて会った時は、驚いたり慌てたり顔を赤くしたり、色んな表情をしてたと思ったんだけど…学園内では、基本常に無表情。授業中だってあんまり表情は変わらないし感情の起伏もない、淡々とした感じね。何故なのかしら。前みたいに表情豊かの方が親近感が沸くというか、自然体な気がしたのだけれど。折角美形なのに勿体ないわ。まあ、クール系というやつなら、それはそれでアリね。


 耳元でクスクス笑う王子サマは何が楽しいの。あんまり笑ってると先生本気で怒るんじゃないかしら。ほら、さっきより眉間のシワが深くなってるわ。私の方をじっと睨んでくるし…とんだ巻き添えだわ。


 「ほら。君の方を見ている」

 「先生だけでなく、色んな人が私たちを見てるわ。物凄い表情でね」

 「あはは。そうみたいだね」


 漸く離れてくれたわ。恋人候補その一だけれど、なんだか性格が厄介そうね。まあ王族なんてみんな厄介そのものだけれど。



 「……今日は炎魔法の実技を行う。まず前回の復習からだ…セウレイア。魔力を持たない者でも魔法が使えるようになる道具と仕組みについて説明しなさい」

 「えーと。魔方陣、よね。魔力持ちが抽出した魔力を染み込ませた布とかに陣を描いて、それにキッカケとなる呪文を唱えると発動できる、だったかしら」

 「そうだ。まだあまり一般的に出回ってはいないが、将来的に魔方陣を使って魔力を持たない人でも簡易的な魔法が使えるようになる物だ」

 「うーん。私が思うに魔力をわざわざ布に浸透させるなんて手間をかけないで、血華石にし」

 「ッゴホッ!ゲホッ!!…では、早速魔方陣を渡そう。必要な人は前に取りに来なさい」


 また咳き込んでる。よく授業中今みたいにむせるのよね。何故か私の話を遮るような形が多いのが気になるけど…大丈夫かしら。少し咳き込んだ後は何事もなかったかのようにケロッとしてるし、見たところ健康そうだけど…うーん。




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