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驚いた。こんなに新入生が多いなんて。しかも、想像以上の人数が魔力持ちね。全体の二割かしら。居ても数人かと思っていたけれど、サージェス国は魔力持ちに寛大だから、色々なところから集まってくるのね。親からの遺伝というのもあるかもだけど。
この講堂もとても大きいわ。私は前の方の席だから舞台で長々と喋る校長先生の表情がギリギリ見えるけれど、後ろの席の人は見えないでしょうね。髪の色と着ているスーツの色が分かる程度かしら。まあこの先生には残念ながら髪がないけれど。
「では、次に生徒会長のご挨拶です」
あら。今度の人はちゃんと髪があるわ。濃い金髪で深緑の瞳なのね。白のジャケットにダークグレーのシャツ、赤いタイ。この学園の男子の制服がよく似合ってると思うわ。壇上に登ると爽やかな笑顔を浮かべた。
「新入生の諸君。入学おめでとう。僕はマリエッタ学園生徒会長、レイモンド・エナ・サージェスだ」
講堂がどよめいた。キャーキャー声も聞こえるわ。成る程、これが“モテている”状態なのね。羨ましい。
「すごい人気ね」
「王子様だもんね~。しかもイケメンだし!」
私の独り言を拾ってくれる人がいたわ。
焦げ茶色の髪を三つ編みで一つにまとめた、オレンジ色の瞳の女の子。目が合うとにっこりと微笑まれたので私もにっこりと微笑み返す。
「イケメンとは、あの人みたいなことを指すのね」
「そうだね~!輝く金髪に宝石みたいな深い緑の瞳!絵に描いたような王子様顔!まあ王子様なんだけど!」
そういえば、恋愛小説にも王子様は結構出てきたいたわ。主人公の女の子と恋に落ちる流れもあったわね。小説をならって皆が羨むようなイケメンでモテる王子様を私の恋人にするのもアリなんじゃないかしら。レダ辺りは悔しがりそうね。
でも、うーん。国が絡むと色々と面倒そうなのよね…結婚するわけでもないし、一時だけ恋人で居てくれるなら問題ないかしら。面倒くさくなったら、サクッとお別れすればいいものね。うん。彼を恋人候補その一にしましょう。
「っていうか、あなたもすんごく美人だね!赤い髪も綺麗だし、琥珀色の瞳も落ち着いててキレイ!」
「まあ。ありがとう」
朝から二回も容姿を褒められてるわ。気分が良いわね。もしかして、人間は赤髪が好きなのかしら。だとしたらこの学園で私がモテるのは容易なのでは?そうなると、恋人なんて選り取り見取りってことよね?やだ、困っちゃうわ。でも、誰でも良いって訳じゃないって言われたわね。厳選して厳選して他の魔女が唸るくらいの恋人を見つけないと。
「ねえ美人さん」
「ふふ。エステルよ。エステル・セウレイア。貴女は?シトリンのように美しい瞳のお嬢さん」
「わわっ!恥ずかしい…!初めて言われたし、同じ女なのに色気がすごくてクラクラする…!」
なんだか顔が赤いし胸を押さえて苦しげだけど、大丈夫かしら?
囁くような声で「リノン・ベス…」って聞こえたから、それがこの子の名前かしらね。
「リノン、ね?」
「うん…えっと、エステルって呼んでもいい?」
「もちろんよ」
ぱあっと表情が明るくなる。可愛いわね。小動物みたいだわ。
いつの間にか王子サマの挨拶が終わっていたみたいで壇上を去る。あら。なんだか他にも数人壇上の脇に控えていた生徒がいたみたいでその人たちも引き連れて下がったあと、教師達の横の席に並んで腰を下ろした。
「王子サマにも取り巻きがいるのかしら」
「うーん、取り巻きじゃなくて同じ生徒会役員だよ。副会長と書記が一緒だったね。ほら、胸元にブローチがあるでしょう?それを付けているのが生徒会役員の証しなんだけど……羽の形をしたやつ。見える?」
全然見えない。壇上に立つ人の表情がギリギリなのに、その胸元のブローチのデザインなんて見えないわ。「へー人によって色がちがうんだ~。生徒会長はゴールドなんだね~」とか言ってるけど、リノンは相当視力がいいのね。それとも魔法で強化してるのかしら…いえ、魔力を感じないわ。リノンは視力が異常に良い人間なのね。
じーっと見ていたからかしら。王子サマが視線に気付いてこちらを見ている、気がする。
「うわぁ~。殿下、めっちゃこっち見てる」
「あら。本当?」
「うん。しかも、エステルの方を見てるよ。めっちゃ見てる」
気のせいじゃなかったのね。私があまりにも見ていたから気を悪くさせたかしら。
「先生と話してる。えっと…“今度是非紹介してくれ”だって」
読唇術まで出来るの?!リノンは凄い人間だったのね…驚いたわ。
それにしても、王子サマが会話してるのは隣に座っている先生よね。真っ黒なローブを着ている…今朝あった先生よね?他の教師でローブを着ている人居ないもの。というか、何の話かしら。私も王子サマを紹介してほしいのだけど。大事な恋人候補その一だもの。あのローブの先生に頼めばいけるかしら。
「先生はなんて?」
「“絶対に嫌です”って………ご、ごめん!気持ち悪かったよね?!」
どうしたのかしら。突然アワアワし始めたけれど。思わず首をコテンと傾げてしまう。
「どうしたの?」
「いや、ホラ……急に、会話してる内容とか話し出したり…」
「読唇術でしょう?凄いじゃない。誰にでも出きることじゃないわ。リノンは有能なのね」
私も魔法を使えば余裕でできるけれど、普通では無理よ。リノンは素晴らしい才能を持っているのね。特別な人に与えられた特別な才能だわ。
そう伝えたら、目を真ん丸にして口をパクパクさせちゃったわ。
「…なんで、同じこと…」
「リノン?」
「あっ、ううん。何でもないの……。私、昔から視力だけは本当によくて、ただそれだけで……。全然、凄くないんだけど…でも、嬉しい。ありがとう」
ああっ!コレよ、コレ!!小説の中で沢山の主人公がやっていた謙遜!そして謙遜からの泣きそうな笑顔の照れ!!私がしたかったやつ~~!
あぁもう、なんてこと……!リノンは恋愛小説の愛され主人公そのまんまじゃない…!きっと、過去何度も沢山の男に囲まれて愛を捧げられてきたんだわ。なんて羨ましい…!
もう、モテなくていいわ!リノンには敵わないもの!せめて一人だけ、誰か一人でもいいから私のことだけを真に愛してくれる人を見つけなきゃ…!そして一刻も早く、リーエ達の言う“心地良いコト”をしてもらう!もう他の魔女達に「エステルはお子ちゃまね~」なんて言われないように…!
「ねえ、エステル。私とお友達になってくれる?」
「もちろんよ!色々勉強させてちょうだいな。リノン!」
「う、うん?」
おっと。リノンが気圧されてるわ。落ち着いて私。リノンみたいになるためには、謙虚でおしとやかでいないと。グイグイ行くとドン引きされるって、指南書にも書いてあったわね。気を付けないと。