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「……………………え?」
「さすがにもう察しただろう?」
ゆっくりと隣に佇む王子サマを見ると、彼は相変わらずの鉄壁スマイルで微笑んでいた。
「…魔法師団、だったの?リノンと、書記サンが?」
「学園ではあの二人は有名人なんだよ。ベス嬢に至っては魔法師団最年少だ。恐らく、知らなかったのはセウレイア嬢だけじゃないかな?」
「全然知らなかった……というか、教えてくれなかったわ」
「知られていると思ったのだろうね。特にベス嬢は平民だ。自分からその肩書を名乗るのは憚られたのだろう。貴族たちからの嫌がらせもあったし、魔法師団とのコネを作ろうと接してくる輩も多いから、入学前の彼女は随分人間不信になっていてね。友人もできないのではないかと気にしていたけれど…君はなんの障害もなく、すんなり彼女の懐に入り込んだ」
「嫌な言い方をするわね。私、なんの魔法も使っていないわ」
思わずムッとして王子サマを睨むけれど、王子サマは少し困ったように微笑むと軽く首を振った。
「分かっているよ。魔法だったら解除もできただろうに…素であれだけ信用しきっていると、僕は何も口を出せない。君は何もせずあの魔法師団二人の信用を得てしまっているから驚きだよね。でなければ、二人して僕を君に任せて走り出したりしない」
雷鳴がした。
恐らく書記サンが魔法を使ったのだろう。雷の魔法は適正がある人が珍しいから、そう誰でも使えるわけじゃない。ということは、一目散に走り出した二人は無事合流できたわけね。
「魔女だと知っていたら、二人は絶対にこの場を離れたりしなかっただろうしね」
「もう。分かってるわ。だからバレないように魔法も最小限にしたでしょう?それに、王子サマの決めたルールをしっかり守ってるのよ?私だけ。褒められるべきことだわ」
王子サマはクスクス笑うと、「念を押したのだけれどね。二人には罰を考えておかなきゃ」と微笑みながら森の奥をじっと見る。
王子サマの罰…なんだかゾワッとする感じがあるわね。二人共大丈夫かしら。
「それで、君は?このままルール通り退却するかい?」
「まさか」
王子サマと私をシャボン玉の様な球体が覆う。それと同時に王子サマの手を握る…そんな露骨にビクッとしなくていいじゃない。まあ警戒されるのは別に構わないのだけれど。
「行きましょう」
はい、着いた。
「ちょ、わっ!!」
バランスを崩して倒れそうになった王子サマを支える。腰を支えて、足を下ろし…二人くらいなら余裕で座れるくらいの大きな太い木の枝。王子サマは片手で軽く心臓の部分を抑え、もう片方は太い木の幹に手をついてバランスを取っていた。
…よほど驚いたのか、目が泳いでいるわ。なんだか初めて見る王子サマね。新鮮だし可愛らしいわ。
「…セ、ウレイア嬢、こういうのは、事前に伝えてもらわないと、困る」
「ふふ、ごめんなさいね。ついうっかり。…でもほら、見て?」
眼下では、ちょうど魔獣との戦闘が行われているところだった。魔法で視界の邪魔にならない程度に葉と枝を切り落とす。
私達を覆うシャボン玉の様な防御魔法は維持したまま視界をクリアに…うん、よく見えるわね
「……この魔法は防御の魔法であっているかな。向こうはこちらを認知できるのかい?」
「普通では出来ないわ。けれど、これ」
王子サマの着けている腕輪を指差すのと、黒いローブを翻し、ディアスが一瞬だけこちらに視線を向けるのが同時だった。
「この腕輪、かなり精確で高度な位置情報が伝わる魔法ね。超高性能GPSだわ」
「じぴぃ?」
「まあつまり、これを阻害する魔法は面倒だから、そこまでしてないってことよ。でも魔獣には絶対に気付かれないし、万が一こちらに攻撃が飛んできたとしても全て無効化出来るくらいの防御魔法だと思ってくれて構わないわ」
王子サマはじっと腕輪を見つめたあと、視線を眼下に移す。
私もそれを追うように、今まさしく戦闘が行われている場所を見下ろす。……恐らく以前は深い木々が生い茂り、野生動物たちが豊かに暮らしていたであろう場所が、何も無い焼け野原になってしまった。まあ……障害物がなにもないのだから、戦闘向きではあるだろうけれど。しかも結構な広範囲…野球場くらい?奥の方には氷柱が立ってたり燃え盛る木が残されたままだったり。凄まじいわね。
「魔獣は……いたわね。」
ちょうどこの野球場のような戦場の真ん中あたり…頭が二つ生えたオオカミ型。体はどす黒く目が真っ赤。まだ完全には成熟してないのね。ボタボタと体液なのか淀んだ液体を体中から垂れ流している。これも穢れだからね。触れたものは汚染する。
その魔獣と一定の距離を空けて、黒いローブを着たディアスがこちらに背を向けて立っている。王子サマがいるからでしょうね。背に庇うような形で私達と魔獣を隔てているわ。…お陰で顔が見えないのよね。さっき一瞬だけこちらを向いたけれど表情までは見れなかったもの。
魔獣が唸る。ディアスめがけて飛びかかろうとした矢先、ドンッ!という何かが破裂するような低い音と同時に魔獣の頭の一つが飛び散った。
「オイオイ!ベスまで来てンのかよ!お前らは待機だろうが!!」
あら。この声はレオン先生ね。どこに……あ、いたいた。ちょうど魔獣の右後方…魔獣から視線は逸らさずに怒鳴ってるわ。…でも、大丈夫かしら。頭から血が流れてる。声は元気そのものだったから大丈夫なんでしょうけど…
倒れた魔獣目掛けて今度は書紀サンが大剣でもう一つの首を切り落とす。
大剣が振り落とされた衝撃で地面がビキビキと嫌な音を出しながら割れる。
相変わらず、本当に力持ちだわ……あんなに華奢なのにあの大きな大剣を振り回せるんだもの。これもギャップってやつね。
「わたくし達も魔法師団です!仲間はずれにしないでくださいな!!」
書紀サンが叫び終わると、すぐに魔獣から飛び退く。再生が始まったのね。核は首にはない。あれを壊さない限り永遠と復活し続ける…人間は、その核がどこにあるかわからないのよね。一体どうやって決着をつけるつもりかしら。
その時、突然切り離された二つの首がディアスに襲いかかる。ディアスは持っていた杖…槍、かしら。それを素早く切りつけながら跳ね返すと、同時にまた低いドンッドンッという音が響き頭二つが木っ端微塵に砕け散った。
「……この音は、銃声?」
「そうだよ。今姿は見えないけれど遠くで彼らを援護しているんだ。彼女の視力を活かす、一番いい武器だからね」
「リノン………」
そう…リノンは狙撃手なのね。確かに、あの子のとてつもない視力が活きる武器だわ。
銃を構えたリノン…きっととてもカッコよくて可愛らしい筈だわ。是非見たい!
…あらやだ。王子サマ、何故そんなににーっこりと私に微笑むのかしら。そんな無言の圧力かけなくっても大丈夫よ。どこかに行ったりしないから。
リノンに頼んで、今度直接披露してもらいましょうかね。楽しみだわ。
「クッソ、頭もハズレかぁ…一体どこに核を隠してンだかなぁっ!」
再生の始まった魔獣の至近距離まで一気に距離を詰めたレオン先生が両手に持った剣…双剣ね。これを巧みに操りものすごい速さで両足を切り落とす。
生えたばかりの頭でうめき声をあげた魔獣がバランスを崩しながらも、それでもレオン先生に噛みつこうと大きく口を開けて首を伸ばすが、そこに雷が落ちる。一瞬の光とドォォン!という轟く重低音。
そして間髪入れずにディアスが氷の柱で魔獣を四方八方から串刺しにし動きを封じた後ドンドンと銃の連射で魔獣の体を何発も銃弾が貫く。
「すごい連携プレーね。でも、惜しい」
「何がだい?」
「微妙にズレてるのよね〜…あぁ、そこじゃなくて、もう少しお尻の方の…もう!もどかしい!」
核はそこじゃないのよ〜。まあ、数撃ちゃ当たる作戦なんだろうけど、見てるコチラからしたら本当にもどかしくて、むず痒いわ。