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「殿下が…レイモンド殿下が…昼食をしっかりとってくださるなんてっ!!そして僕がご一緒できるなんて……!グレイ・アルジャン、今日という日を絶対に忘れません……!」
「副会長サン、そんなに力一杯サンドイッチを握りしめたら美味しそうなパンがぺちゃんこよ?」
「……なんで、殿下と生徒会役員の方々が一緒にお昼を食べることに?私、エステルと二人きりが良かったんですが?」
「そんな悲しいことを言わないで?ベス嬢。僕は君たちと食事ができてとても嬉しいよ」
「わたくしも疑問ですわ、殿下。いつも昼食時は生徒会室に閉じ籠もり仕事三昧で食事なんてとってませんのに。そのお陰で昼食時は護衛の仕事も少なくてラクでしたのに、一体どういう風の吹きまわしですの?」
「なんってことを言うんだヴィオレータ・モーヴ!!こんな健康的に過ごされる殿下は初めてじゃないか!もっと喜ぶべき、感動するべきだろうに!」
「あらあら…副会長サン、そんなに勢いよく立ち上がったら紅茶が溢れちゃうわよ?」
「漸く仕事に目処がたってね。暫くは昼休憩くらいならゆっくり取れそうなんだ」
「え゛っ?!じゃあこれからも殿下達とお昼食べるんですか?!私とエステル二人きりの時間は?!」
「ふふ。お邪魔させてくれるのかい?優しいね。ベス嬢もこう言ってくれてるしモーヴもアルジャンも構わないね?」
「ま、まあ…護衛の仕事が増えるのが少々面倒ではありますけれど?わっ、わたくしは別にアナタ達と一緒でも問題もありませんわよ?なんなら、空いた時間に剣の稽古をしてもよろしくってよ?!」
「異論ありません!!殿下が日を浴びて健やかに過ごされるのであれば、僕には何の異論もありませんっ!!」
「まあ!にぎやかで楽しくなりそう。ね、リノン?」
「許可してない!許可してないのにぃ…!殿下めえ…!」
初夏の昼下がり。
日差しは強いけれど木陰は涼しいわね。空調のきいたカフェテラスで食べるのもいいけれど、こうして外でお昼ごはんを食べるのも、なんだかゆったりした気持ちになっていいわね。
しかも、今日は王子サマたちも一緒だから凄く賑やかね。…あら?リノンはなんだか不服そうだけど…王子サマがいるからかしらね?権力者が嫌いだって言ってたものね。
「リノン、大丈夫?」
耳元で小さく問うと、リノンは困ったように微笑んだ。
「うん……大丈夫だよ。本当はイヤだけど、あの人の性格的にどうせ逃がしてくれないだろうし。…それに、何か意図があって接近してきたのだから、それを確かめないと」
意図……か。おおよそ魔女の監視よね。魔女嫌いの王子サマだから、私の言葉全てを信じてくれたわけではないだろうから、自分の目で確かめたいのでしょうね。そうしてくれるなら私はとってもありがたいんだけど…リノンには少し申し訳無いわね。苦手な権力者と一緒にいる時間が増えちゃうわけだし。
「ごめんなさいね、リノン。なんだか巻き込んでしまって」
「何を言ってるの!前々から殿下がエステルに興味を示してたから、危ないなとは思ってたんだけどこんな強行策に出るとは…。エステルは私が絶対守るから!安心してね!」
…ん?
コテンと首を傾げるも、リノンは何故か力強くコクコクと頷くとキッと王子サマを睨み付けた。
王子サマは相変わらずの笑顔を浮かべたままだ。
うーん……リノンは王子サマから私を守ってくれるみたいだけど…どうしてそうなったのかしらね?まあ、なんだかやる気を出してメラメラ燃えてるリノンも可愛らしいからそのままでいいかしらね。もし王子サマがリノンに何かしようとしたら、今までの恩を返す時ね。私が全力でリノンを守ってあげればいいもの。
「そういえば、今週は魔法科の授業が全て休講らしいな」
ようやく握りつぶしていたサンドイッチの存在を思い出したのか、副会長サンが食べにくそうにしながらポソリと呟いた。
「あら、そうだったの?知らなかったわ」
ちょうど次が魔法科の授業だったわよね。暇になっちゃったわ。と思いながらもサンドイッチをはむはむ。やっぱり、副会長サンは料理上手ね。野菜もたくさん入ってるけれど食べやすいし飽きないわ。思わずニッコリしちゃう。
……けれど、何かしら。この雰囲気は。リノンは俯いて落ち込んでる風だし、書記サンは何故か王子サマを睨み付け、副会長サンはアワアワしてる…。王子サマは相変わらずの鉄壁スマイルね。
「…昨日も剣術の授業でしたけれど、レオン先生も不在でしたわ」
そういえばそうだった。
いつもなら騒がしくヤイヤイ言ってくるレオン・ミュースが授業に顔を出さなかったのよね。その代わりいつものウォーミングアップにさらに追加メニューが用意されていて……うう、思い出すだけでゾワッとしちゃう。最近ようやく素振りだけじゃなくて実技的な訓練が始まったから楽しみだったのに、残念だったのよね。
「…お二人とも、とても忙しい人だし。そもそも、学園の教師をしていることだってかなり無理をしてやってることだから、多少穴が空いちゃうのは仕方がないんじゃないかなぁ?」
「そんなこと、わたくしも充分に分かってますわ。でも、わたくし達に何も言ってくださらないのよ?ベスも、本当は気になっているんでしょう?」
「それは、もちろん…でも…」
「なら、聞いてしまいましょうよ。ここに全てを知っている人が居るわけですし。ねえ?」
そうしてリノンと書記サンの視線を向けた先に…にこやかに微笑む王子サマ。
えーっと?どういうことかしら?
思わず首を傾げたら正面に座る王子サマが一瞬冷やかな視線を私に向けた…ヒドイわね。私だってちゃんと考えれば分かるわよ。
えーと、ディアスが今は学園にいないのよね。それにレオン先生も。
それで、この二人が学園に居ないのは仕方がないことではあるけど理由を教えてくれなくて、その理由を知っているのが王子サマで……
「あ、魔法師団?」
「そうだよ、セウレイア嬢。来月に建国祭があるからね。それの特別警戒要員として巡回してもらっているんだ」
そうだったわ。ディアスは魔法師団の団長さんで、レオン先生は副団長だって言ってたわ。
「それは建前でしょう。確かに建国祭はサージェスで一番大きなお祭りですが、魔法師団のツートップを巡回に当てるなど、あり得ないことですわ」
「そうです…私達、お二人がとても心配なんです。何も教えてくれませんし…。邪魔になるようなことはしませんから、教えてくれませんか、レイモンド殿下」
「お、おい…ヴィオレータ・モーヴにリノン・ベス。殿下が困っているのだからその辺りで…」
「いや、構わないよアルジャン。彼女らが不安がるのも理解が出来るからね。…代わりに、セウレイア嬢に頼みがある」
え?何かしら突然。
話が全く見えないから夢中でサンドイッチ食べちゃってたわ。お陰でお腹がいっぱいよ。
「少々込み入った話になるから、僕たちの周囲に認識阻害の魔法をかけてくれるかな?優秀な君なら呪文もしっかり出来るだろう?」
ニッコリと微笑まれ…ちゃんと形式どおりの魔法を使えよと念を押されたわ。
「それに、君にも意味のある内容だよ」
魔女が善意で魔法を使うわけじゃないことをしっかり理解しているのね。
私が魔法を使う状況…恩のある恋人に関連することだから、断らないと踏んだのね。
………王子サマは少し勘違いしている。魔女は恩を受けたらその人にしっかり返すけれど、その対象は本人に限られるしその周囲の意思なんて関係ない。だからディアスの存在をチラつかせて私に魔法を使わせようとしても無駄なことなのよ……本来ならね。
「ミエナイ・キコエナーイ」
はい、一丁上がり。私達のいるレジャーシートを覆うように半円の薄い膜が出来上がった。これで周囲からは認識されなくなったし会話の声も聞こえない。万が一のために防御もつけたから、もしこの学園が爆撃されて木っ端微塵になったとしても私たちの居るここだけは綺麗に残るわ。
「さすがだね。ありがとう、セウレイア嬢」
「どういたしまして。全ては私の興味からだもの。面白そうな話だから、乗ってあげたのよ」
にーっこりと、王子サマと微笑みあう。
私は興味があるから魔法を使ったのよ。決してディアスが絡む話だから、とか王子サマに仕向けられて魔法を使ったわけではないの。魔女は好奇心で動く生き物。なんだか面白そうな話が聞けそうだから…だから今回は、特別なのよ?
そういう意味で微笑んだけれど、きっと王子サマは理解しているんでしょうね。
「おい、エステル・セウレイア!?なんだ今の魔法は!」
「なにか変だったかしら?ちゃんと呪文を唱えてから魔法を使ったわよ?」
「その呪文がおかしいだろう?!なんだミエナイ・キコエナーイって!認識阻害は高度な魔法なのだからもっと長い詠唱とそれを補助する魔方陣が必要だろう?!」
あー、長ーい呪文ね。この国の…というより、人間って詠唱が好きよね。この前水の魔法を習ったとき『大いなる命の水よ、大地を潤す尊き水よ。我の声に答えよ。天から降り注ぎし黄金たるその涙を我のなかに、そして天上の杯へと注ぎたまえ~』とか言いながら空に掲げたバケツにチロチロ~って水を入れてたのよ。絶句したわ。
他の生徒も似たり寄ったりで、副会長サンも中々に長かったわね。『大地を、川を、大いなる海を巡りし聖なる水よ。我に恵みを、癒しを、施しを与えたまえ。我の呼び掛けに応え、いまその姿を顕せ。ウォーターイリュージョン!!!』
とか叫んでたわ……何故かしら、思い出しても鳥肌が立つ。ゾワゾワさせる不可思議な力があるわよね、人間の呪文って。
でも王子サマはとても簡潔だったわ。『水よ、その姿を顕せ』くらいだったような?それでも一瞬で溢れるくらいにバケツに水を貯めてたから問題ないのよね。何の差なのかしら…不思議だわ。
「わあ…!エステルの魔法っていつ見ても綺麗だね!シャボン玉の中に居るみたい」
「これが本当に認識阻害の魔法なんですの?見かけ倒しで、すぐ壊されたりしたら意味ないんですのよ?」
言いながら書記サンは懐に忍ばせていた短剣で思い切り魔法の膜を切りつけた。
ふふ、でも残念。そんなことじゃ私の魔法は破れないわ。手応えがなかったみたいで、書記サンも首を傾げてるわ。
「じゃあ早速本題だけれど……実は最近、この学園付近で魔獣の出現があった」
「「「っ?!」」」
「けれど、その情報は不確かで信憑性に欠ける。でも魔獣だからね。なにか起きてからでは遅いからかなりの人数を割いて警戒に当たらせていたんだけれど、何の痕跡もなく見つからなくてね。すぐに警戒は解かれた。城の大臣とか宰相はデマだったと思っているけれど…僕はそうは思わない」
「それで、魔法師団のトップを二人巡回に、ですの?」
「ああ。アートルムもミュースも僕と同じ考えで、進んで見回ってくれてるよ」
「で、ですが…もしお二人が魔獣に鉢合わせしたら…お二人だけで魔獣と戦うなんて」
「かなり危険だろうね。万全の状態でいるけれど、一匹でも危険な魔獣だ。騎士団小隊で敵うかどうか。それでも二人は承知しているよ」
ほら、私の読みは大当たり。ふふっ。本当に面白い話だわ。これだけで魔法を掛けてあげた価値がある。
「私、心配です…大丈夫なんですか?お二人とも」
「毎日連絡をとっているけれど今のところ何もないみたいだ。もしかしたら魔獣は本当にデマだったのかもしれないし、遠くへ行ったのかもしれないし…僕の思い違いだったのかもしれない。このまま杞憂で終わればそれが一番なんだけれど」
「残念ね。杞憂で終われないわ」
一斉にこちらを見る。みんな驚いた表情ね。あの王子サマも一瞬笑顔を忘れて目を見開いたわ。なかなかレアなんじゃない?
「…それは、どういうことかな?セウレイア嬢」
「最近おかしいなとは思っていたのよね。突然濃い淀みが現れて、またすぐ消えたりするから。すぐに対処されてるのだと思っていたけれど、どうやら違うみたいね」
「おい!エステル・セウレイア。こんな時に何を意味の分からない事を言って!」
「よせ、アルジャン。……続けてくれるかい?」
王子サマ、かなり真剣ね。そんなに心配しなくても、この国はしっかりしているから大丈夫なのに。私はにっこりと微笑む。
「言葉で説明するより、実際にみた方が早いんじゃないかしら?」
「実際にって、どうやって?魔獣は神出鬼没でどこに現れるか予測がつかないんだよ」
「だから、行きましょうよ。みんなでね」
にーっこりと微笑むけれど全員がポカンとしたまま固まってしまったわ。
魔素の流れが少し悪い。ちょうど今日くらいに現れそうだもの。いい機会だわ。
ついでにこの国自慢の魔法師団の腕前も拝見させて貰おうかしら。うふふ。楽しみだわ。