表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/27

21


 

 時が止まった。

 いえ、魔法を使った訳じゃないから実際には止まってないし、そもそも時を止める事は魔女でもできない。時間や次元、生命を操れるのは神だけ。だから時間は止まらず、ただいつものように流れている筈なのに…


 王子サマを背に庇い守るように現れたディアスを見て、私は動けなくなった。

 



 「ディアス…あなた………魔法師団の師団長サンだったのぉぉっ?!」



 驚き。驚きだわ。最近何かと耳にする“魔法師団の師団長”がまさかのディアスだったなんて!全然知らなかった………これって、皆知ってるのかしら?!そんな有名な話だったの?!というか、ディアスだって魔法科での初めての授業のときの自己紹介でもそんなこと言ってなかった。



 「どうして教えてくれなかったの?本当に?!本当にディアスが、師団長サンなの?!」



 駆け寄って顔をがしっと両手で掴んでこちらを向かせ、相変わらず大きく見開く瞳を覗き込む……うん、綺麗な紺色の瞳に艶のある黒髪。色白な肌と整った顔立ち…ディアス、ディアスだわ。


 ちょっと信じられない…けれど、ある意味で納得。

 あの時…夜中、ディアスの部屋に赤い星クッキーを届けに行ったとき、私という異物を察知した瞬間攻撃と捕縛の魔法が同時に発動した。事前に敵が現れたら発動するように仕掛けられていたんだとしても、あの発動スピードと正確さは普通の人間には中々出来ない筈だわ。魔女みたいに呼吸するように簡単に扱える種族じゃないものね。そのときは、魔法科の先生だからできて当たり前か、程度にしか思わなかったけど…今回のもそうよね。王子サマが握ってたあの腕輪に幾重にもなる防御魔法が仕込まれてたわ。それが私が魔法を放つまで分からなかった。ただの腕輪だと思ってたもの。

 魔力を感じない魔法具…これもきっと師団長サン(ディアス)が作ったんだわ。きっと彼のつけてる黒いローブと同じよね、あれもディアスの魔力を感じさせないようになってるし。

 そういえば、サージェス国の魔法技術が向上したのは魔法師団の師団長の影響だってエレナが言ってたわ。凄い人間だったのね、私の恋人は…。



 「エステル…」


 ディアスは、少し困ったような表情で頬を覆う私の手をそっと掴んで下ろした。視線はチラリと私の背後にあるテーブルを見、私の手を握ったままそのテーブルに近付くとティーポットの蓋を開けて中を嗅いだ。途端、物凄いしかめっ面になり王子サマの方に振り向いた。



 「……どういうつもりですか、殿下」

 「どう、とは?」

 「何故エステルに毒を盛ったのですか」



 毒?!……………なんて無かったわよ?ピンピンしてるもの。まあ、毒で死んだりはしないからピンピンしてるのは普通なんだけど……。



 「毒だなんて。セウレイア嬢に振る舞ったものはハーブティーだよ?」

 「この鼻に突く甘い香りと、紅茶にしてはやや緑がかった黄金色。ソニオフルムをつかったのでは?」

 「ソニオフルム……?」

 「エステルは知らないか。ソニオフルムは小さくて黄色い可憐な花だが強烈な催眠効果のある花で、その花を一輪浮かべた水を飲むだけで三日は眠りから覚めないと言われている、危険な花だ。そのため一般では出回ることはもちろん栽培も禁止されている花だが…ほら、紅茶は勿論ケーキの飾りにもこの花が使われている。おそらく、生地にも練り込まれて作られている筈だ。…エステル、体調はどうだ?」

 「何の問題もないわ。紅茶もケーキもとても美味しかったし、余ったら貰おうかと思ってたくらいよ」

 「ほら、セウレイア嬢もこう言っているだろう?これは普通の紅茶とケーキだよ。ああ、このケーキも茶葉も気に入ったのなら君の部屋に届けておこう。茶葉は多めに用意しておこうか」

 「あら、王子サマいいの?とっても嬉しいわ」

 「エステル………」



 またディアスが困ったような表情してる。もう、心配しなくていいのに。仮にこれがディアスのいう毒の花だったとしても、魔女(私たち)には何の問題もないのだから。



 「君の方こそどういうつもりかな?サージェス国魔法師団、師団長ディアス・アートルム」

 「…………」



 王子サマが笑顔のままディアスをじっと見つめる。対して、呼ばれたディアスは私の手を握り王子サマから庇うように立っている。そのせいでディアスの顔が見えないわね……あら?最初にディアスが現れた時と逆転してるわ。



 「僕を守るために召喚した筈なのにね?君が今守っているのは僕ではなく……僕を攻撃した敵だ」

 「…………」

 「知らなかったようだから教えてあげよう。君が背に庇う彼女…エステル・セウレイアは魔女だ」



 私が魔女だってこと早速バラしてるー!!

 ど、どうしよう。ディアスは私が魔女だってこと知らない。普通の一般的な女子生徒だと思ってる。それなのに魔女だなんて知ったら……王子サマみたいに、敵認定される。恋人でもいられなくなる……私の言葉が、届かなくなる。




 「ディ、ディアス………」


 嫌悪されたら、軽蔑されたら、拒絶されたら………怖い。ディアスの表情を見るのが怖い。どうして?どうしてこんな気持ちになるんだろう。記憶を消して、また初めからやり直せば簡単なのに。そうすることも出来るのに…私は何故、躊躇っているのだろう。



 「魔女は僕の記憶を消そうと攻撃してきた。…優秀な君だ。とるべき行動がわかるだろう?ディアス・アートルム」



 王子サマはどうしても私と師団長サン(ディアス)を戦わせ…私を排除したいみたいね。でも、私だってそう簡単に殺されたりしないし、なんなら負ける気もしない。国の誇る魔法師団だとしても、私達魔女が人間に負ける筈がないもの。戦うとなったら容赦しないわ。一瞬でこの学園を第二の灰の国にできるけれどいいかしら?


 ………って言いたいのに声がでない。

 手足が冷たくなっていく。…あぁ、私…嫌なんだわ。ディアスと戦うことも、この学園を燃やすことも…ディアスに、私の言葉が届かなくなることも……その全てが怖い。



 ふと、指先にほんのり力が入る。それは私の力ではなくて…繋がれたままの手で。



 「…お言葉ですが、殿下。エステル・セウレイアはこの学園の生徒です。それ以外の何者でもありません」



 思わず顔をあげてディアスの横顔を見た。彼は私の視線に気付いているだろうに、こちらを見ずにじっと王子サマの方だけを見ていた。

 …私が魔女だと、バレていない。一般的な生徒だと信じてくれているんだわ。



 「……彼女は僕に魔法で攻撃してきた。故に君が召喚されたんだけれど、それはどう説明する気かな」

 「エステル・セウレイアは魔法科の中でもずば抜けた才能の持ち主です。ですが、知識が浅い事とコントロールがまだ未熟な部分もあり、殿下の前で緊張したのでしょう。少し魔法を披露するつもりが手元が狂い殿下の方へ魔法を放ってしまった…そうだろう?セウレイア」



 ちがう。全然ちがう。

 ディアスがこちらを向いて、紺色の瞳がじっと私を見つめる。なんだか真剣だわ。有無を言わさない迫力さえ感じる。ディアスの言ってることはよく分からないけどコクコクと頷いておく。

 あら、王子サマがなんだかシラ~っとした視線を送ってくるわ。



 「…君は嘘をつかない筈では?」

 「そうよ。誤魔化すことはするけれどね?」

 「成る程ね……」



 王子サマが疲れたように大きく溜め息を吐いた。



 「エステル・セウレイア嬢は一般女子生徒で、今回はセウレイア嬢の魔法が誤って僕の方へ放たれ、僕の防護魔法が発動しアートルム師団長が召喚された、そういうことかな?」

 「理解が早くて助かります、殿下」



 ディアスが深く頭を下げる。王子サマはそれを呆れた表情で見ていた。ふと、王子サマと視線が合う。彼は少し困った表情でほんのりと微笑む……あら?なんだか今までより、表情が柔らかくなったような。作った笑顔ではなくて、自然な感じがするわ。

 


 「今回は僕の敗けのようだね。先程は失礼なことを言って申し訳ない。セウレイア嬢は今まで通り学園で過ごせるよ」

 「まあ。よかったわ。私、この学園が結構好きになってるの。卒業まで居たかったから嬉しいわ」

 「そう。学園を好きになってくれるのは嬉しいことだね。けれど…卒業まで居させてあげられるかどうかは、保証できない」

 「レイモンド殿下」



 ディアスの口調が、まるで王子サマを咎めるように強くなる。けれど王子サマは私をじっと見つめたまま。…なるほど。これは魔女(わたし)への警告ね。



 「もし君が、この学園や国に対して攻撃をしたり、故意に不利益となる行動を起こしたと僕が判断した場合、いかなる手段を使っても即座に追放する。それでいいね?」

 「それが王子サマのルールなら構わないわ。けれどひとつ理解していて。私達は恩を受けたら必ず返し、害を受けたらそれもしっかり返す。そういうルールで生きているの。私達が行動を起こすときはなにか理由がある、そう覚えておいて」

 「ああ、覚えておくよ」



 にっこりと微笑まれたから私もにっこりと微笑み返す。

 さっきまでの自然な笑顔ではなくいつもの作った笑顔なのが気になるけど…これは魔女からの忠告だと、きっと理解してくれたわ。



 「ねえ、セウレイア嬢。君が嘘をつかず本当のことを言うのなら…君は恋人を探しているんだったね?僕が立候補しても構わないかな」

 「な」

 「まあ!」



 きた!キタキタキタ!モテ期ってやつが!!

思わずディアスの背から飛び出て王子サマの手を握っちゃったわ。王子サマはビクッと肩を揺らしたけど、危険はないと分かってくれて今は大人しく手をブンブンさせてくれる。

 それにしても、モテ期ってこんなに突然やってくるのね……!まさか王子サマが立候補してくれるなんて!願ったり叶ったりだし、魔女仲間に自慢できるわ。………あら?背後からなんだか痛いくらいの視線を感じるけれど、どうかしたのかしらね?



 「嬉しいわ!もちろん、王子サマなら大歓迎よ!よろしくね、私の恋人候補サン」

 「それはよかっ………ん?恋人、候補とは?」

 「うふふ。実は私、すでに恋人が一人いるの。でも、それが誰かは内緒なの。その人にね、他に恋人をたくさん作ることも他の人間と夜の関係になることもダメっていわれていてね。私は早く彼と夜のコトをしてみたいんだけどそれもまだダメみたいで。だから、王子サマは次の恋人候補になるから、少し待たせてしまうかも。ごめんなさい、それでもいいかしら?」


 上目遣いで小首をコテンと傾げてみる。これで堕ちない男はいないと指南書にも書かれてたし、恋愛小説でも度々披露されてたから効果バツグンなはずよね。



 「そう……恋人、ね……」

 

 王子サマは一瞬私の背後に視線を投げたけどすぐにニッコリと私に微笑む。……なんだか思ってたようなリアクションじゃないわ。手応えもないし、王子サマには効果がないのかしら。ディアスに披露したら絶対顔を赤らめてくれたと思うんだけど…残念。



 「セウレイア嬢の恋人は随分と君を縛っているようだね」

 「…殿下?」

 「それに、恋人は一人きりである必要はないと思うよ?色々な人と交際することで色々な価値観を学べるし、君を大切にしてくれる人が同時に複数存在するなんて、良いことばかりだ」

 「殿下」

 「君は自由であることを好むのだろう?だったら、その素性の明かせないような恋人の言葉に従うのではなく、君の意思で恋人をどう選ぶのか、何人と同時に交際するのか、決めた方がいいのではと思うけれどね」

 「殿下…っ」

 「僕なら、今すぐに君の望むことを叶えられる。キスも、君の言う夜の事も、その全てで満足させてあげるよ。君を縛ることもしない、自由を約束しよう」

 「レイモンド殿下!」

 「…だから、僕を選んだら?セウレイア嬢」



 ………すごいわね、王子サマ。ディアスの強い語気を全て無視。そっと、頬に触れながら私だけを見つめるエメラルドの瞳は甘くとろけるよう。…なるほど、これがモテる秘訣なのね…。こんな風に見つめられたら、骨抜きになる女の子も多いわよね。愛を伝えてくるその視線。けれど、その瞳の奥は冷えきっている。



 「…王子サマの提案、とってもとーっても魅力的だわ」

 「なら…」

 「でもね、ごめんなさい。私は恋人に恩があるの。まだその恩も返せていないから…彼の望まないことはしたくないのよ」

 「へえ。どんな恩があるんだい?」

 「私の恋人になってくれた。私の言葉を信じてくれた。…その恩よ」



 本当に、本当に嬉しかったのよ。

 魔女になってから願いが叶わないことなんてなかった。全て魔法で解決できたから。きっと、王子サマの言う通り魔法で心を弄ったらもっと早くに恋人なんて出来たわ。けれど…それじゃあダメでしょう?私は人間の純粋な愛を受けたいの。魔法で操ってもすぐに仲間にバレるし意味がない。だから地道に頑張ったのに…結果は散々だったわ。こんなに思いどおりにならないなんて信じられなかった。悲しかった。辛かった。…けれどそれを、たった一人の人間が救ってくれたのよ。

 

 「だから王子サマ、ごめんなさい」

 「……そう。じゃあ、セウレイア嬢の気が変わったらいつでも声をかけて。待ってるから」


 王子サマはさらりと私の髪を撫でると私の背後に視線を向けてニコリと微笑んだ。…そういえば、ディアスは突然だんまりになっちゃったんだけど大丈夫かしら。…ふと、そちらを向こうとしたとき。



 「セウレイア嬢」


 頬に柔らかく暖かいものが触れた。

 驚いてそちらを見ると、すごく近くに王子サマのエメラルドの瞳と輝くような笑顔が視界いっぱいに広がっていた。

 …キスされたわ。頬っぺだけど。

 …初めてのチューだわ。頬っぺだけど。



 「今日はありがとう。君と話せてよかった」

 「……こちらこそ」


 なるほど、挨拶ね。王子サマの瞳はいつもより優しくて、表情も柔らかくて…色っぽい感じじゃないもの。

 だから、さっきのキスは挨拶。どこかの国で挨拶するときに頬にキスする習慣があるものね。

 なら、挨拶には挨拶を返さないと。



 「楽しいお茶会だったわ。また誘ってくれたら嬉しい」



 そっと頬に触れながらキスを返す。うーん、王子サマの背が高いから背伸びしても届かなくて頬じゃなくて口に近くなっちゃったけど…ま、いいわよね。



 「じゃ、私は帰るわね。まだ刺繍の宿題が残ってるの。またね。ディアス、王子サマ」



 はい、自室に到着。うーん、中々に刺激的な時間だった…王子サマに魔女だとバレちゃったけど、私を学園の生徒だと言ってくれたから…目をつむるってことよね。それならひと安心ね。

 それにしても…転移の直前のディアスと王子サマの顔。二人ともポカンとしてて、なんだか面白かったわ。ふふっ。基本的に無表情のディアスと作った笑顔の王子サマが、あんな気の抜けた表情するなんて…うふふっ。思い出すと笑っちゃう。

 

 そういえば、王子サマに何か聞きたいことがあったはずなんだけど…何だったかしら。魔法師団に関わる話だったと思うんだけど…うーん。ま、いっか。思い出したらいつでも師団長サン(ディアス)に聞きに行けるものね。

 今日は王子サマとも仲良くなれたしディアスにも久しぶりに授業以外で会えたし、本当に楽しい一日だったわ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ