20
「やあ、セウレイア嬢。来てくれて嬉しいよ」
「こちらこそ、お招きありがとう。嬉しかったわ」
にっこりと微笑みながら、ごく自然な動作で手を取られエスコートされる。あら、庭園が見えるいい場所ね。大きく開かれたテラスに出るとトルコキキョウの花畑が眼下に広がる。何度みても、本当に美しいわ。テーブルには茶器と…あら、ケーキとかお菓子まで用意されてるじゃない。
「とてもいい場所ね。お茶会の用意も完璧だし、準備するの大変だったでしょう?」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。君とこうして話せることを心待ちにしていたからね。むしろ準備をしているときすら楽しく感じていたよ」
席に着くと小さな花瓶にもトルコキキョウが飾られてることに気がつく。しかも…赤と黄色と濃い緑。庭園に咲いてるのは薄いピンクや水色、紫だから、こんな色は初めて見るわ。
「これは王城で育てられてるものでね。君の色を見つけたから飾ってみたんだよ」
「そうなの……とても綺麗ね。この緑は王子サマの色ね。深みのある緑。これも素敵だわ」
そっと花に触れると花びらが小さく揺れる。
王子サマの瞳の色によく似ている。とても綺麗ね。……紺色のトルコキキョウは無いのかしら。青よりもっと黒に近いとても落ち着いた色。優しい夜の色。私の恋人の色。
「トルコキキョウはサージェスの国花で、栽培が盛んなんだよ。セウレイア嬢はこの花が好きかい?」
「そうね、好きだと思うわ。今まで花に興味を持ったことがなかったのだけど、ここの庭園は本当に美しくて驚いたわ。私の仲間にも見せたかったくらい」
「君の仲間、ね……」
王子サマが私の前にコトリとティーカップを置く。花の香りがするわね。チラリと顔をみると、笑顔で「どうぞ」といわれたので遠慮無く一口……うん。王子サマの淹れてくれた紅茶、とっても美味しいわ。何の花かはわからないけど、ふわっとあまくて優しい、とっても落ち着く香りがする。王子サマは頬杖をつきながらニコニコと私を見てるけど、飲まないのかしら。とっても美味しいのに。
「このケーキも頂いていいのかしら」
「勿論。全てセウレイア嬢のために用意したものだから。好きなだけ食べてくれていいよ」
じゃあ遠慮無く。食べやすいように一口サイズにカットされた可愛らしくカラフルなケーキ。黄色い小さな花が飾りで載せられているわね。種類が沢山あってどれから食べようか悩んじゃう…ケーキビュッフェみたいね。やだ、とっても美味しい。少しお酒の香りもするし、大人の味ね。何個でも食べられちゃうわ。
「……最近、昼食はベス嬢と一緒にとってるみたいだね」
「ええそうよ」
「少し前までは昼食も取らず一人で居ることが多かったのに、急にどうして?」
「食事に興味がなかったの。食べなくても問題ないしね。最近、人と食事をすることの楽しさを知ったのよ」
「問題ないといっても、食べないと空腹になるだろう?それに君は少し前まで夜も眠らずに出歩いていたらしいね」
「あら、王子サマ。私を見くびってるわね。私は空腹にもならないし睡眠も特に必要ないわ。でも人間には必要なものだから、王子サマはちゃんととらないとダメよ?」
「……………」
あら、どうしたのかしら。王子サマが笑顔のまま固まっちゃったわ。もしかして図星だったのかしら。きっと食事も睡眠も疎かにしていたんだわ。私が指摘しなかったら、きっと無理して倒れてたわね。副会長サンが泣いちゃうわ。
「……君は、サージェス国の南端に位置する町の出身だと記録されていたね。そこの男爵の親類だと」
「あ、そうだったかも。そういう設定にしたって言われてた気がするわ」
「…………………一応、そこの男爵にセウレイアという姓の親類がいるかと確認をとったけれど、存在しなかった」
「そうでしょうね。私の仲間が考えて付けてくれたの。夜空って意味の言葉だって言ってたわ。私は気に入っているのだけれど、本来私達に姓なんて不要なのよ」
「…………………………」
あらあら、今度は頭を抱えちゃったわ。一体どうしたのかしら。…あら、これはホワイトチョコのケーキね。うーん!これも美味しい。飾りの黄色い花も甘いわね。紅茶に浮かべて飲んでも良さそう。
「君は、もう少し…こう、隠すとか、嘘を付くとか、そういう事はしないのかい?」
「うーん、嘘って好きじゃないのよね。魂が汚れるから。だから私達は嘘を付かないの。本当よ?」
「………そう。それは都合がいい」
顔をあげた王子サマが真剣な瞳でひたと私を見つめる。…ああ、これ、これだわ。なんとも言えないピリッとした空気。堪らなくゾクゾクしちゃってなんだかクセになりそう。
「では単刀直入に言わせて貰おう。……君は、人間ではない。魔女だ」
「え!正解よ。凄いわ!どうしてわかったの?」
思わず立ち上がって両手をパチパチと叩いちゃった。私の突然の行動に驚いたのか、王子サマは勢いよくテーブルから飛び退き何故か左手首を押さえて…変な姿勢ね。顔だけは物凄く真剣に、むしろ睨み付けるような感じだけど……私に攻撃されると思ったのかしら?
「あ、驚かせちゃってごめんなさいね。王子サマが大正解だからビックリしちゃった。でも、どうしてわかったの?私が魔女だって。ちゃんと隠してたのに」
「あれで?」
「ええ!いわれた通り人前で無駄に魔法は使っていないし、目立つこともしてないわ。まさかバレちゃうなんて」
「むしろ、どうして他の人は気付かないのか不思議で仕方ないよ。記憶を改竄する魔法でも使ったのかと思うくらいに」
「そんなことする筈ないじゃない。記憶を弄るのは本当に手間で面倒なことなのよ?うーん。バレない自信があったんだけど…ねえ王子サマ、どうしてわかったの?いつ頃から知ってたの?」
「最初から…と言いたいけれど、確信はなかった。けれど疑わしいとずっと思っていたよ。でも証拠がなくてね。そして…ここに来て、条件が全て揃ったんだよ」
ここで?私、何かしたかしら。
コテンと首をかしげて考えてみるも……ダメだわ、全然思い当たる節がない。普通に紅茶を飲んで、ケーキを食べて、お喋りしていただけなのに。
「今度は僕から質問させてくれ。魔女、エステル・セウレイア。君は何の目的をもってこの国に、この学園に来た?」
相変わらず左手首を押さえたままのおかしな姿勢で、顔は大真面目に王子サマがそんなことを聞いてくる。
「私、恋人がほしかったの」
王子サマの眉がピクリと動いて、より一層表情が険しくなる。なんでそんな怒ってるのかしら?ちゃんと質問に答えたのに。
「…嘘、だね」
「もう。言ったでしょう?嘘はつかないって。本当よ」
「…君はこの学園で大がかりな魔法実験をしようとしているのじゃないのかな?魔女は好奇心で動くものだと聞く。学園の生徒を狙って実験をしようとしているとかね」
「えぇ?どうしてそうなるの。学園なら若い人間の男の子達が沢山いるって聞いたから、チャンスがあるかもと思って入学しただけよ?」
「では、君の真の目的は学園にいる貴族たち、若い男を狙って魅了の魔法をかけ意のままに操り国家転覆を狙った、そうだね?」
「王子サマって想像力が豊かねぇ」
思わずクスクス笑ったら、更に眉間のシワが濃くなっちゃった。どうして恋人がほしかったって言っただけで国家転覆まで話が進んじゃうのかしら。王子サマの脳内では私は相当の悪者のようだけど………
「あぁ、成る程。王子サマは魔女が嫌いなのね」
ぐ、と言葉に詰まって黙り込んじゃった。図星ね。
「変なことじゃないわ。魔女にも人間嫌いがいるように、人間だって魔女が嫌いな人もいて当然だもの」
「……嫌いとか、そういう感情論ではないよ」
コテンと首をかしげると、私に攻撃意思が無いことが漸く伝わったみたいで深く息を吐いて左手首を放した。…あら、ブレスレットしてたの。それを握ってたのかしらね。というか、どこかで見たような……
「僕は将来この国の王になる」
相変わらず私と距離を開けて立ったままの王子サマは、少し疲れた表情で私を見た。苦手な魔女が目の前にいるのだから、緊張しちゃったのかしらね。にっこりと微笑んでおきましょ。
「サージェスの建国は一人の魔女と微々たる魔力を持つがゆえに迫害された一人の青年によって作られた国。僕にも魔力があるから魔法も使えるし、他国と違って魔法に対して偏見もない。けれど魔女は………未知の脅威たる存在は、僕にとって障害でしかない」
にっこりと微笑みながらコクコクと頷く。なんだか難しい話だけど……つまり魔女が邪魔なのよね?出ていってほしいってことかしら。出ていくつもり無いけど。
「ねえ、セウレイア嬢。君は身分偽証で学園を出ていかなければならないね?そして君は魔女だと僕が告発したら………どうなると思う?」
いつもの笑顔より更に暗い笑みで王子サマは私をじっと見つめる。やだ、またゾクッときた。王子サマって本当にすごい。私にこんなドキドキとしたスリルのある緊張感を与えられるの、王子サマだけよ。
「王子サマは、私を脅してるの?」
「さあ?僕はただ、真実を言っているだけだよ」
「ふふっ。王子サマのそういうところ、好きよ。けれど……魔女の不利益となるような、害となる行為はしない方がいいわ」
「君こそ、僕を脅してるみたいだね。あまり僕を……人間を、見くびらない方がいい。人間もね、魔女に対抗できるように数多の魔法を生み出し日々進化させているんだよ」
それは確かにその通り。この学園に来てから知らない魔法を見かけるもの。感心するほど急激に進化したわ。
「だから、魔女エステル・セウレイア。君が今まで通り学園で過ごし、魔女であることを隠し続け友人たちと共に過ごしたいのであれば、君の目的を大人しく白状した方がいい」
「もう!本当の事だって言ったのにどうして信じてくれないの?私は恋人を作りに来たのよ?」
「君も強情だね。あ、そうそう…不用意に僕に魔法を使わない方がいい。僕の危険を察知して魔法師団の師団長が召喚されるようになっているからね。君もここで彼と戦いたくはないだろう?」
「師団長?」
「そうだよ。君と縁の深い彼だ」
「誰?」
「誰って…君のよく知る彼だよ」
「だから、知らないわよ」
「そんなわけが……」
ああもう、色々と面倒くさくてイライラしてきたわ。私の言うことをまるで信じてくれないことも、無意味なことで脅してくることも、師団長サンを知らないだけでえっ?みたいな顔されることも!
「魔女はね。恩を受けたら必ず返し、害を受けたらそれもしっかり返す…それが魔女のルールなの。貴方の脅しは、私への害と受けとるわ」
「君はいいのかい?僕を攻撃すると言うことは師団長に…彼に魔女であると知られ戦うことになるのだよ。彼は国に仕えるものだ。君との対立は避けられないし、彼だけでなく君の平和な学園生活と善良な友人を失うことになるんだよ」
「ふふっ、いいわ。王子サマが私に言ったこと全て、無意味だと証明してあげる。貴方は私が魔女だと暴露されることを恐れてると思っているけれど、お門違いってやつよ。だって、貴方の記憶を消せば全て丸く収まるもの」
「っ!」
「すごーく手間ですごーく面倒だけど…貴方に私の言葉は届かないみたいだから」
過去、幾度と無く魔女と人間が歩みより、そして突き放され潰されて。人間に殺されてきた魔女は、こんな気持ちだったのかしら。
「王子サマのこと、好きよ。私の恋人候補になるくらいね。だから…残念だわ」
言葉が届かないのがもどかしくて、信じてくれないことが悲しい。
ディアスやリノン、副会長サンに書記サンも…私が魔女だと知ったら、私の声は届かなくなってしまうのかしら……それは、とても………
「さあ、噂の師団長サンとやらのお顔を拝見させてもらいましょうか」
指先に集めた魔法を王子サマに向ける。
王子サマの腕輪が鋭い光を放ち、一瞬私の視界を奪う。それと同時に私の魔法が王子サマに放たれ………霧散した。
「…お怪我は、殿下」
「大丈夫だよ。済まないね、突然」
「いえ」
光が収まって、一番始めに見えたのは黒だった。
「…………ディアス…?」
真っ黒なローブを翻し私の方を向いたその人は……こぼれ落ちそうなほど大きく紺色の瞳を見開いて、石のように固まった。