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懐かしい。昔のことを思い出してしまったわ。もう十年…いえ、十五年ほど前の出来事かしら。何故突然思い出したんだろう…ああ、そうだわ。退屈すぎて窓から見える星をみていたら、真っ赤に輝く星が見えて…それで思い出したんだわ。あの絶体絶命の時に見えたのも、赤い星だったから。
「エステル。聞いてるの?」
「いいえ?何のお話?」
首をかしげると、テーブルの向こう側に座っている仲間のエメラルドグリーンの髪がガックリと下がった。そんなにあからさまに落胆しなくていいじゃない。大きなため息まで吐いて。幸せが逃げるらしいわよ?
「エステルは相変わらずね~。じ~っと、何を見てたの〜?」
「星よ。ほら、あそこに赤い星があるでしょ?それを見てたら昔のことを思い出して」
「でたでた!エステルの武勇伝!」
エメラルドグリーン色の髪をした私の仲間…レダが、小馬鹿にしたように笑う。失礼しちゃう。確かにレダにはかなり話して聞かせた記憶があるけど。
「ああ〜…灰の国ね~。エステルが燃やしたっていう〜」
私の隣の席に座る水色の髪の仲間…リーエが、ポンと手を叩いてニコニコと微笑みかける。リーエにも何回か話したかもしれないわ。
チラリと、私の対角線側の席に座る仲間を見る。彼女はなにも言わず穏やかな表情でコポコポと皆の紅茶を注いでいる。彼女はこの中で一番の年長者で、綺麗な白髪で長い髪の美女、エレナだ。機嫌を損ねたら大変だから気を付けないとね。といっても口調も丁寧で落ち着いた穏やかな人だから、怒ったりした所なんて見たことないけど。
そんなエレナは、私の視線に気が付くと困ったように微笑んだ。
「懐かしいですね。私たちがいくら止めても、貴女は行くと言って聞かなかった。かなり危なかったと聞きましたよ」
「結果的には滅ぼせたのだから、オーライってやつよ」
「はいはい!エステルのその話は聞き飽きたわ!それより、エレナはこの前のお気に入りはどうしたの?姿が見えないけど」
「お別れしたんです。勿論、円満にですよ」
何の話だろうか。レダもリーエも「勿体ない~」とか、「エレナならすぐに次が見つかるよ」とか、ニコニコとしているけれど。
首を傾げたら、レダが意地悪そうにこちらを見ている。
「エステルは、絶対まだよね」
「なにが?」
「まあ〜!エステルはまだなの~?」
「だから、なにが?」
クスクスとレダとリーエに笑われて、なんだか不愉快だわ。いつもいつも、私が一番生まれが遅いからって馬鹿にして。
むすっとしていたら、大人なエレナが「こらこら」と二人を窘め、私ににっこりと微笑んでくれる。
「エステルは、毎日楽しいですか?」
「楽しい…と、思うわ。好きなことを好きなだけ出来るし」
「そう。それは良いことですね。けれど、長く生きていればいるほど、毎日が単調でつまらなく感じるのですよ」
魔女は、長命だから。
エレナはゆっくりとカップを傾け紅茶を飲む。この中でも最年長の魔女、エレナはもう千年近く生きていると聞く。レダとリーエが五百年くらいだったかしら。
私はまだ百年程だから、皆に比べたらまだまだ幼くて。“つまらない”と感じたことはなかったかも。
「退屈は、魔女にとって何よりの毒なのですよ。生きる意味を、存在する意義を見失うから。だから…暇潰しと言いますか、娯楽と言いますか…魔女も遊ぶんです」
「人間でねっ!」
「えっ」
ドヤ顔を決めるレダだが、私は血の気が引いた。
遊ぶって。血祭りにしたり人体実験をしたりだろうか。魔女が理由無く人を殺すことはタブーだ。それなのに、この人たちは…!
「間違ったこと考えてるわねぇ~。エステル〜」
「血…じゃなくて、ちがうの?」
うふふと笑うリーエが、ピンク色の瞳を楽しそうに細めながら私の耳元で小さく呟いた
「恋愛ごっこをしてるのよ~」
「れん、あい?」
「うえぇ…本当に知らないの?世間知らずにも程があるでしょ」
「エステルは、無垢ですから」
また馬鹿にされたけど、今回は流しましょう。
恋愛って、人間同士がやる、老若男女問わずやっているやつ…よね?
「魔女も遊びたいでしょ~?だから人間の真似事をしてるの〜。人間の恋人を作って、全身全霊の愛を注いで貰う…それが、とおっても心地いいの~」
頬に手を当てぼんやりと、恍惚とした表情でリーエが言う。他の二人も同意のようで、何も言ってこないけど…
「心地いいって、なにするの?人間と」
「うふふ。やだわぁ~。エステル。あんなことや、こんなことよぉ〜」
「どんなこと?」
「うふふっ…つまりね〜…?」
そっと呟かれた言葉に、私は硬直した。顔が熱を持って赤くなっている。
「そ、それが、心地いいコト、なの…?」
「ええ!とっても満たされた気持ちになるのよ~」
「殆どの魔女が遊んでるんじゃない?エステルくらいよ。何も知らないお子ちゃまは!」
く、悔しい…!
確かにこの中では一番お子ちゃまだけれど!なにも知らなかったけれど!
「わ、私だって作れます!人間の恋人くらい!」
「エステル。落ち着いて。無理やり作る必要なんて無いのですよ?」
「いいえ!欲しいの!恋人が!私にだって作れるわ!」
「甘いわねエステル。誰でもいいって訳じゃないのよ。容姿端麗で器量も良くて、一途で深い愛情を注いでくれる、そういう優良物件はそう簡単に見つからないのよ。ま、私の恋人はそれに当てはまってるんだけどー!」
レダにも恋人が既にいるの…?!こんなに見下したように笑う女がいいなんて、人間は見る目が無さすぎるんじゃないの?!
私は絶対、レダも羨むような人間と恋人になってやるんだから!
「………でしたら、私の住む国の学園に来るといいと思うんですが、エステル、どうでしょう?」
「エレナが今いるのは…サージェス国、だったかしら」
「ええ。そこの学園は貴族も多いですが平民も編入可能で、かなりの美男美女が揃っていると聞きますよ」
「あら〜。いいじゃない~。若い子なら、まだ経験も浅いだろうし、手探りな恋愛も楽しいかもしれないわねぇ〜。私は経験豊富で歳を重ねた方が好みだから、興味ないけれど~」
なるほど。リーエはそういった人間が好みなのね。私はどんな人が好みなんだろう。恋愛と言うものをしたことがないから、よく分からないわ。
「サージェス国の学園…そうね、そこに行ってみたいわ」
「では今度、私の家に来てください。そこで入学手続きをしましょう」
「魔女なのに大丈夫なの?」
「身分なんて、どうにでもなるんですよ」
にっこりと微笑むエレナが頼もしいわ。さすが年長者。全力で甘えさせて貰いましょう。
そうと決まれば荷造りだわ。今の家も長かったし、そろそろ引っ越そうかと思っていたからちょうどいいわね。
「エステルが学生になるのねぇ〜…入学祝に流行りの恋愛小説をあげるわ〜。勉強になる筈よ~」
「お子ちゃまなエステルが騙されないように、レダ様特製の指南書を送ってあげるわ」
「まぁ!ありがとう!じゃあ支度をしたいから私は帰るわね」
なんだか楽しみだわ。こんなにワクワクするの、いつぶりかしら。
立ち上がって転移の魔法を起動する。と、レダが「エステル」と声をかけてきた。
「あなたがどんな人間を恋人にしたっていいんだけど…“唯一”にだけは、選ばないようにね」
その言葉に、ゾワリと悪寒が走る。
あーあ。さっきまでワクワクして楽しみだったのに。レダのせいで台無しになった。
そんなこと、改めて言われなくったって分かってる。
「ありえないわ。“唯一”なんて」
不機嫌丸出し、といった表情で振り向いたら、レダとリーエは真顔だったわ。心配して言ってくれたみたい。
でも、エレナだけは困ったように微笑んでいて…それが何故か印象的で。でもなにも言えないまま、私は転移魔法を起動した。