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 ふわりと床に着地する。やだ、真っ暗じゃない。窓から差す月明かりとデスクに置かれた小さなランプだけが光源の暗い部屋。一瞬、転移する場所を間違えちゃったかと思ったけど…よかった、ちゃんと正しく転移できていたわ。

 夜に溶け込むような黒髪がランプで淡く照らされ、黒いローブを僅かに揺らしながらデスクにむかって何かを書き綴っている、私の恋人。



 「ディアス」

 「?!」


 わあ凄い。ディアスが顔を上げて私を視認するより前に攻撃魔法が発動したわ。

 私の足下には…これは拘束の魔方陣ね。授業で習ったやつ。それのもっと複雑で高度な感じ。うーん、石化でもさせるつもりかしら。それと私を囲むように切先を向けた剣がズラッと浮いている。いつでも串刺しに出来ますよーって感じね。


 「ぇ、エステル…?」

 「ええ、そうよ。凄いじゃない。こんな一瞬で高位の攻撃魔法を組み立てるなんて。さすが魔法科の先生ね」


 小さく手で払うと夥しい数の剣はガチャンガチャンと物凄い音を立てながら床に落ちた。魔方陣はトンとつま先で床を蹴って無効化し一歩足を踏み出したら……あら、剣を踏んじゃうわね。消しちゃいましょ。



 「驚いたわ。人間も魔法を組み立てるのが上手くなったのね。進歩ってやつかしら……なんだか感慨深いわ。すこし前までは一般的な生活魔法を使うだけでも四苦八苦していたのに、しっかりと相手を捕縛し無力化する魔法まで使えるなんて。成長著しいわ」

 「……そんな魔法を一瞬で消し去ってしまうんだな、君は」

 「ふふふ…当たり前じゃない。人間が作った魔法で私達に敵う筈ないわ。私達は魔法の真理を知り、行使する権利があるの。人間はそのおこぼれを貰っているに過ぎないのよ。だから人間の魔法は何ら脅威にはなり得ない」

 「その発言は……………アウトな気がするが」



 あら?私なにか変なこと言ったかしら。物凄く真っ当な事を言ったと思うのだけど。魔女仲間が聞いたら「その通りだー!」って拍手喝采してくれたと思うわ。




 ディアスは立ち上がるとゆっくりと歩き私の前に立つ。自然に手が延びてきて、私の髪を軽く掬って撫でた。暗闇に目が馴れてきてだいぶ顔が見えるわ。じっと私の顔を見てどうしたのかしらね。惚れちゃったかしら?にっこりと微笑んでおきましょ。




 「……今日はもう、来ないのかと」

 「ごめんなさい。忘れてたの」

 「忘れてたのか…」

 「今日は色んな事があってね…聞いてくれる?」

 「…ああ。勿論だ」



 嬉しい!話したいこと沢山あるわ…あ、でもディアスは何か書き物をしてたわよね。こんな時間まで作業してたってことはきっと学園関連のお仕事よね。邪魔しちゃったかしら……視線をデスクの方に向けたら「大丈夫だ」って言いながら私の手を引いてソファに座らせてくれた。

 ディアスがカーテンを閉めるとパッと部屋の明かりが点く。明るすぎず、でも暗すぎないくらいの落ち着いた明かり。そして目の前のテーブルにはいつの間にか茶器が用意され、ディアスがコポコポと紅茶を注いでいる…………すごいわ、彼。手慣れている。こんなにエスコートもスムーズに出来て、さらにお茶を淹れるなんて…人間の女の子にしてあげたら大分好感度高いんじゃない?っていうか、もしかして……




 「ねえ、ディアス……この研究室にはよく人を招くの?」

 「招く、というか…魔法科の授業で事故を起こした生徒の聴取をする際にはこの部屋で話を聞くが、客人をこの部屋に招くというのはしないな」

 「そうなの?問題を起こした生徒だけ?随分手慣れているから、よく人を呼んでいるのかと思ったけど……」

 「あぁ、それは……招かれざる客、というか」

 「そう…そうよね。先生も人間の男だもの。人間の女の子に手を出したくもなるわよね。爛れた関係の一つや二つ、あるわよね。そういうときはこの研究室に連れ込むのが一番手っ取り早い。そして奥の仮眠室で女子生徒とコトを………」

 「どうしてそうなる?!何故君はいつもそう発想がそちらの方面に突飛なんだ?!」




 あら、違うの?人間の男は大体爛れてるって指南書に書いてあったんだけど…うーん。「俺はそんなに軽薄そうに見えるのか…」って頭を抱えて落ち込んじゃったから、嘘をついてる訳じゃなさそう。ディアスは少数派の方だったのね。



 「招かれざる客、というのは…俺の同期であり仲間だ。そいつが時々夜中に酒を飲みにやって来るんが…その癖かもな。ちなみにそいつは男だ」

 「なーんだ、そうだったの。てっきり、私より前に女子生徒の恋人が何人か居たのかと思ったわ。だから私の提案もすんなり受け入れてくれたのかなって」

 「……言っておくが、俺は生徒に手を出したことなど一度たりともないし、そういった感情を抱いたことも一切ない。…生徒を仮だとしても恋人にするなど、今後どんなことがあっても容認しない」

 「あら。じゃあどうして私を仮の恋人にしてくれたの?」

 「俺が断ったら、他の一般生徒が餌食になるところだったからだ」



 餌食って。言い方はアレだけど、的を得ているわね。

 確かにディアスに断られていたら、手当たり次第で恋人になって!交渉をしようとしていたもの。うーん、今思うと確かに冷静さを欠いていたし、教師としては見過ごせないわよね。結果、ディアスは自分のモラルに反しても学園の平和と安寧を守ったってことになるのね。



 「ディアスは教師の鑑ね」

 「…そんなことはない。今回の事だってもし他の生徒が頼みに来ても断っていただろう」

 「なら、どうして?」

 「…………エステルだから、引き受けたんだ」




 ………何かしら。何かしら、コレ。

 体温が一瞬でワッと上昇した気がする。顔がちょっと熱いし、胸の辺りが、こう…きゅっとするっていうか。……そうだわ。リーエの恋愛小説でそんな感じの表現があったわ。ええと、なんていったかしら、そう…たしか。



 「…キュンとしたわ」

 「そっ、そうか」


 ディアスが照れてるわ。顔がほんのり赤いし…私もだと思うけど。成る程、これがキュンなの……嬉しいような気恥ずかしいような、明るくて複雑な感情だわ。なんだか胸が騒がしいし…キュンの効果って凄いのね。

 私だから引き受けた、ってことは少なからず他の一般生徒よりは好感を抱いてくれてるってことよね。つまりディアスが私にベタ惚れになって思わず襲っちゃう日も遠くないんじゃ?!って伝えたら「気持ちが通じ合うまであり得ない!」って言われちゃった。もう、頑固者ね。私はいつだって準備万端バッチコーイよ!


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