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 「おい、聞いてくれエステル・セウレイア。そのクッキーは確かに綺麗に焼けたな。星形も欠けること無く綺麗なままだし、赤色も…まあ焼いたから少々暗めにはなったが、発色の良い赤色だ。ラッピングもとても丁寧だし、君の髪と瞳の色と同じ赤と琥珀色のリボンもとても良い」

 「うふふ。嬉しい。料理上手な副会長サンに誉めてもらえるなんて。教え方が上手だったから綺麗に出来たのよ。副会長サンのお陰ね、本当にありがとう」

 「あ…いや、そんな感謝されるような程のことは……」

 「負けないで。押されないでくださいアルジャン先輩」

 「っ!いや、だから、つまりな?!その、赤色クッキーを贈るのは人を選んでだな…」

 「ええ勿論よ。特別な人たちにしか贈らないわ」

 「そうか、それならいい…のか?」



 授業が終わって寮へと戻る途中、なんだか神妙な顔で副会長サンが改まるから何かと思ったら……赤い星のクッキーは私にとって特別な人たちにしかあげないって決めてたのよ。だからバニラより数も少なく焼いたの。特別感を出すためにね。

 リノンも副会長サンも、私にとって特別な人よ。大切な“先生”だもの。




 「二人とも良かったらお一つどうぞ」

 「いや、僕は………これを」

 「じゃあ私はコレを貰うね。ありがとうエステル」



 もう。二人とも本当に控えめね。数の関係でバニラ味しか入ってない袋を取っていったわ。赤い星のクッキーが主役だというのに、それを入っていないのを選ぶなんて、遠慮させちゃったかしら。副会長サンとリノンが何やら小さく「おい、卑怯だぞ!」とか「私が言えるわけないです!」とかモメてるけど…二人は本当に仲良しなのね。見ててホッコリしちゃうわ。



 「ほら、僕も多めに作ったから一つあげよう。きっと…………味の参考になる」

 「私もあげる!チョコチップとココア味だけど、無難だから!間違いの無い味だから!」

 「あら。どれも美味しそう…!食べるのが楽しみだわ。本当にありがとう!」


 嬉しくて微笑んたら、リノンが優しい笑顔で返してくれたわ。副会長サンはそっぽを向いてしまったけど、彼はツンデレだからね。きっと照れているんだわ。


 「ふふ。副会長サンは素直じゃないのね。そこも可愛らしいけど」

 「君は……前から思っていたんだが、教師は勿論だが先輩である僕達にまったく敬意を払わないな?そんな新入生はいないぞ。ましてや殿下に対してもだ。お優しい方だから何も言わないが、不敬だぞ」

 「私が敬意を払うのは神だけよ。たとえ王族であろうと人は人。人間に払う儀礼など無いわ」

 「そ………うだったのか。それは、済まなかった。け敬虔な信徒なのだな…」

 「アルジャン先輩、負けてますよ~」

 「う、うるさい!昔に比べると唯一神である女神に対して信仰心も薄れていると聞く。君がそんな信仰の厚い生徒だと知らなかった。失礼なことを言ったな。…いや、だからと言って王族に敬語すら使わないというのはどうかと思うが……」



 寮までもう少しね。ここまで一緒に来たってことは、副会長サンも寮暮らしなのかしら。いつもはリノンと二人で帰ってるからこうやってワイワイ言いながら帰るのは初めてだから新鮮だわ。



 「あ……」

 「リノン?」



 前方を見据えたままピクリとも動かなくなっちゃった。一体何を見て………ん?


 「男子生徒…?」


 すごーーく遠い位置に二人の…白い服だからおそらく男子生徒、が居るわ。こちらに向かってきていて、喋ってそうな雰囲気だけど



 「ねえエステル、今日は寮まで回り道して庭園の方を通らない?」

 「え?どうしたの突然…」

 「今はトルコキキョウが見ごろなんだって。紫とかピンクとか凄く綺麗だって聞いたんだ。ねえ、どうかな?」

 「私は全然、構わないけど…」

 


 リノン、無理して笑ってるわ。ついさっきまで凄く楽しそうだったのに、急にどうしたのかしら。



 「…では、僕はここで失礼する」

 「はーい。じゃあエステル、行こっか!」

 「ええ…じゃあまた授業でね、副会長サン」

 「ああ。また」



 副会長サンも前を見据えたまま顰めっ面でズンズン行ってしまったわ。

 あの生徒がなにかあったのかしら…まだ遠くて顔も見えないけど、知らない人たちだと思うのよね…


 「あっちだよエステル!日が暮れる前に行っちゃおう!」

 「リノン……」

 「エステルと見たいなぁって思ってたんだ~!花畑の中のエステル…想像しただけで神々しすぎる。画家を呼んだ方がいいかな?」


 グイグイと引っ張るリノンの顔が見えない。きっと…聞かれたくないことなのよね。誰にでも秘密はあるもの。もし今リノンに「エステルって魔女なの?」なんて聞かれたら「庭園楽しみだわー!」しか言えなくなるもの。

 

 「…ふふ。可笑しなこというわね」


 だから、追求はしない。聞かなかったこと、見なかったことにする。リノンが何故あんな悲しそうな顔をしたのか、副会長サンは理由を知っていそうだったけど、どうして私には言ってくれないのか…そんなこと、些細なことだもの。

 私は学園に恋人を作りに来たのであって、人間と親交を深めるために来たわけじゃない。だから、どうでもいいことよね。気にするだけ無駄だわ。

 でも…何故か、ちょっと息苦しいわ。胸がギュっと詰まって…イヤな感じ。何なのかしら、これ。

 

 「ほら、エステル…!凄く綺麗だよ!!」

 「…………まぁ…すごいわ…!」



 目の前に飛び込んできたのは一面の花畑。

薄いピンクや淡い水色、紫…。落ち着いた淡い色味の八重咲のトルコキキョウが風になびいて揺れる。

 本当に美しいわ…!庭園なんて初めて来たけど、人間はこんなに美しいものを作れるのね…!花がこんなに美しく咲き乱れるのを、初めて見たわ…。さっきまでの沈んだ気持ちが晴れていく。すごい、そんな効果もあるのね。


 「エステル、あそこに歩道があるよ!ちょっと花畑の真ん中の方まで行ってみて!」

 「えぇ?私だけ?リノンも一緒に行きましょうよ。近くで見たら、きっともっと綺麗だわ」

 「私はここで大丈夫!ちょっと脳内画廊に保存したくて…!ほら、他のギャラリーもそれを望んでると思うから!早く早く!」



 ギャラリー?誰か近くにいるのかしら?見回しても人の姿は無いけれど。

 急かされながら歩道を歩く。本当に見事だわ。

 一際大きな風が吹いて、花びらが宙を舞う。乱れる髪を抑えながらリノンの方を振り替えったら、なんだか顔を抑えてジタバタしてるわ。どうしたのかしら。


 「リノンー?」

 「だ、大丈夫~!ちょっと本気で女神様みたいで綺麗で神々しくて感動しちゃったの~!」

 「まあ。ふふ、本当に可笑しなこと言うわね。神は私なんかと比べるのも烏滸がましいくらい美しくて神々しいわよ」



 くるりと見回すと美しい一面の花畑。ここに一人で佇んで、ぼーっとするのも悪くないわね。あら、小鳥だわ。薄いピンクと黄緑色の小さな小鳥…ずいぶん慣れてるのね。私の指にちょこんと乗ってきたわ。子首をかしげて、すごく可愛い…癒される。隠居生活中の私だったらこの花畑の中で小鳥と戯れながら一人で十年くらいぼーっとしていられたかも………でも、今はそんな気分じゃなくて。

  

 小鳥とお別れして早足でリノンの方に戻ると、ぐっと手を引いた。シトリンの瞳が見開かれ、驚いた顔で私を見つめる。



 「リノンも一緒に近くまで行きましょうよ。私は貴女と一緒に見たいわ」

 「え、でも私…わぁ!」



 強情なんだから。魔法で足下浮かせて連れてっちゃいましょう。「あれ?足が、あれぇ?!」とか言ってるけど無視させて貰うわ。


 「ほら、綺麗でしょう?遠くから見るのもいいけど、近くで見るのも素敵よね」

 「うん……本当に、綺麗だね」

 「庭園のこと教えてくれてありがとう。リノンに誘われなかったら、こんな素敵な場所きっと知らないままだったわ。ありがとうリノン。貴女にはいつも感謝しているわ」

 「私はなにもしてないよ~!むしろ、私の方がエステルに救われてる…」


 泣きそうな笑顔で優しく微笑む。本当に心優しい子ね。さっきの事が少し気にかかるけど…優しい子だからこそ、私に言いたくないこともあるんだと思うわ。そういうことよね、きっと。



 暫く花畑を観賞して戻る途中、庭師に会って花を数本譲ってくれたわ。リノンと二人で喜んじゃった。リノンはドライフラワーにするんですって。私はどうしよう……

 

 リノンと別れ寮の自室に戻って入浴を済ます。やっぱり、クッキーもあるし花と一緒に贈るのがいいわよね。

 花の切り口に水魔法を。これで暫くは元気に咲いていられるわよね。これにクッキを添えて…レダ、リーエ、エレナに手紙を…うーん、そうね。今度のお休みの日に遊びに行くからお茶しましょうね、とかで良いかしら。それを包んで……うんうん、良い感じね。


 「あら、もう真っ暗じゃない」


 いつの間にか夜になってたみたい。窓を開けると夜風が優しく吹き込んで心地良い。


 「じゃあよろしくね」


 窓から手紙と花の入った包みを投げるとフワリと赤い蝶に変わり方々へと飛んでいった。久しぶりに使う魔法だから上手くいくか分からなかったけど今のところ大丈夫そうね。良かった。



 はぁ~~なんだか疲れたわ。ベッドにダイブしちゃお。

 今日は色んな事があったわね……ベッドザイドに置かれた剣…まさか私が剣を持つなんて。レダが知ったら絶叫しそうだわ。リーエはクッキーを凄く気に入ってくれそう。トルコキキョウといったかしら…あの花はエレナは大事にしてくれそうね。


 あと何か…何か大切なことを忘れている気がするのよね。何だったかしら……



 ゴロンと寝返りをうつと、ふとデスクに置かれたままのクッキーが目に入る。一袋だけ残されたそれは、私は……



 「あ、そうだった」



 ガバッと勢い良く起き上がるとデスクに置かれた包みを取ってすぐさま転移の魔法を起動する。

 あぁもう、なんて大切なことを忘れていたのかしら。

 私、恋人(ディアス)に会っていないわ。


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