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 最悪。本当に最悪だわ。

 どうして私はこの学園に入学しようなんて思ったのかしら。

 どうして学生になろうなんて思ったのかしら。

 どうして剣術の授業なんて取ろうと思ったのかしら…?!



 「ッゼェ…!ハァッ…!むりっ、死ぬ、死んでしまうわ…!還る前に、死んでしまう…!!」

 「何を意味の分からないことを言っているんですの?ただランニングと軽い運動をしただけでしてよ。準備運動ですわ」


 どこがよ。周りを見てみなさいな書記サン。死屍累々じゃない。

 そもそも、準備運動だけでグラウンド十周もさせるかしら。その後腕立てと腹筋百回って。再起不能にさせるつもりよね。その後の授業なんて受けさせないつもりよね。


 「…この中でピンピンしてるの…書記サンだけよ」

 「皆脆弱すぎなのですわ。こんなことでバテているようじゃあ、剣なんて握れませんわよ。更にランニング二十周、腕立て腹筋三セット、素振り五百回くらい行ってようやくウォーミングアップ完了って感じでしょうに」

 「貴女アホなのね」

 「なっ?!なんて失礼なことを言うんですの!この新入生は?!!」


 地に倒れたまま起き上がる気力すらないというのに、書記サンはぎゃーぎゃーと喚いて地団駄踏んでるわ。元気ね……。若いって良いわね……。


 はぁ。本当に疲れたわ。なんでこんなにハードになったのかしら。

 ついこの前の授業までは、基礎的な運動と体力測定で終わっていたのに……そういえば、書記サンも同じ授業だったのよね。今まで全然気付かなかったわ。まあ、お名前を知ったのも会話したのも、あの魔法科の授業が初めてだったのだから気付かなくて当然か。



 「おーう。お前ら、死んでるな~」

 「あら、レオン先生おはようございます!」


 書記サンがきびきびと挨拶をしてるわ。剣術の教師が来たのね。あの無駄に脱力した、常にダルそうな得たいの知れない男。



 「ホラ、しゃきっとしろお前ら。レオン先生のお成りだぞ~」



 倒れこんだ死体…ではなく、疲労のあまり気を失ってしまった生徒をバシバシと叩いて起こしてる教師、レオン・ミュース。

 姓で呼ばれるのを嫌い、初回の授業で「宜しくお願いします、ミュース先生」と挨拶をした生徒を背負い投げしてたわ。皆ドン引きだったわね。


 レンガ色の刈り上げた短髪に金色の瞳。獅子を彷彿とさせる野獣みたいな鋭い目。でも笑うと目尻が下がるからそこが可愛い!って言ってる女子生徒がチラホラいたわね。

 剣術の先生なだけあって体つきもしっかりしてて大きいし筋肉質。大きなクマさんみたいな男ね。



 レオン先生が私の横を通りすぎても叩かれなかったわ。流石に女子は叩かないわよね。というかこの剣術の授業は私と書記サンしか女の子がいないのだけど。




 「ほら、いい加減アナタも立ちなさいな」

 「ううう~~…分かったわよ……」



 代わりに書記サンに叩かれる。彼女は私の担当なのね。厳しいコーチが付いちゃったわ……


 魔女になってからこんなに体力を消費したのは初めてかもしれないわ。いつもは疲れるとすぐ魔法でカバーしたりしてたから、疲れることをあんまりしてないのよね。回復魔法使っちゃおうかしら……いや、ダメよね。無駄に使うなって言われてるのもあるけど、回復魔法はあまり使用できる人がいない、レアな魔法らしいのよ。魔法科の授業で習うまで知らなかったわ。だから回復魔法持ちは重宝されて、いい仕事に就けるのだって。そんな魔法をホイホイ使うのは良くないわよね。私は恋人探しをするために学園に入ったのであって、仕事先を見つけるためじゃないもの。魔法で目立つことは避けた方がいいわね。まあこの前の書記サンの件は許容範囲よ。大したことじゃないものね。



 「おう、セウレイアは復活したか」

 「いいえ全然よ。ズタボロよ」

 「アッハッハ!そんだけ軽口叩けるんなら余裕だったんだな!ホレ、他の奴らは喋る気力もないみたいだぞ?今年の女子は優秀だな!」



 ちょっとちょっと、苦しんでる男子生徒を焚き付けてどうするのよ。ほら、物凄い睨まれちゃってるじゃない。ただでさえ女子生徒が二人しか居ないせいで目立ってるのに、余計に目立たせる発言しないでよ。

 うわぁ。先生の言葉で闘志に火が着いたのか皆一斉にヌラリと立ち上がったわ。起き上がり方が怖いわね。体はダルそうに脱力しているのに目だけがギラギラとこちらを睨み付けてる。屍を彷彿とさせる…怖すぎるんですけど。




 「おっし、全員復活したなー。休憩を与えてやっただけでも感謝しろよ?次からは無いからなー」


 鬼だわこの男。皆白目になっちゃったじゃない。空気が死んだの分からないのかしら。



 「ホレ、木刀だ。一人一本とったら、取り敢えず素振り百回~」


 取り敢えずってなによ。恐ろしいわね。書記サンは真っ先に木刀を取りに行ってさっそく素振りを始めてるわ。「セイッ!セイッ!」って元気な掛け声とすごくキビキビとした綺麗なフォームだわ。…さて、私も頑張りますか…


 「っ!重っ!!!」


 なにこれ!?普通の木刀じゃない。両手で持つのがやっとだわ。魔法で重くしてるのかしら…でも、この木刀から魔力の流れを感じない。どうなってるのかしら……取り敢えず素振りしなきゃ、なのよね。でも重くて持てないし、少し魔法を使って軽く…



 「っギャァ!!!」


 ガランガランと木刀の落ちる音と同時に、男子生徒が腕を抱えて蹲る。今の叫び声、あの男の子のよね…?



 「あーあ。お前、魔法を使ったな?」


 男子生徒の顔を覗き込んでニタリと笑うレオン・ミュース…怖いわ。教師があんな凶悪な顔していいのかしら。男の子も「ヒィ!」って悲鳴あげてガタガタ震えちゃってるじゃない。


 「ほーう。筋力強化と木刀を軽く持つために風の魔法を使おうとしたようだが…残念。この木刀は特別製でな?魔法使用者制限がかかってて、それ以外の者が木刀に関しての魔法…軽くしようとしたり、強化や複製や偽装とか、何らかの魔法をかけたら痛みとなって跳ね返るようにできてんだ。だから魔力持ちは気ィつけろー。ラクしようと思うなよー」


 なにそれスゴい…。初めて聞いたわ!そんな魔法。

 私がちょっと隠居生活送ってる間に人間の魔法は物凄く進化したんじゃない?エレナとか他の魔女は知ってたのかしら。発想が独特よね。魔力量が劣る分、少ない魔力で効率的に使う方法を考えるのが素晴らしいわ。…って、何かしら。レオン先生がニヤニヤしながら私を見てる。おまけに手招きし始めた。イヤだわ…あの男、読めないのよね。



 「ちょっといいかー?セウレイア」

 「何かしらレオン先生。言っておくけど、私は魔法使ってないわよ」

 「わかってるって。とりあえず、木刀を握って素振りしてみろ」 


 えー。なんで衆人環視の中でやらなきゃいけないのよ。ド素人よ私。もっと得意な書記サンとかにやってもらえばいいのに。


 「モーヴはいいんだよ。アイツは常軌を逸した体力の持ち主で参考にはならねーからな」


 あら。そんなに私の顔に出てたのかしら。よく見てるのね。ちょっと感心したわ。


 「ふんっ…やっぱり、ダメ。お、重くて振り上げられないわ…」

 「まぁそうだろうな。セウレイアは……このくらいか?」



 レオン先生が木刀に触れ、「写し出せ」と小さく呪文を唱えると、あら不思議。一気に軽くなったわ。魔力を流したみたいだけど…すごい、なにこれ。


 「どうだ?」

 「ええ…ちょうどいい負荷というか、馴染む重さというか…これなら振れるわ」

 「そうかそうか。セウレイアはスモールソードか、頑張ってレイピアくらいが合うみたいだな」

 「よく分からないけど、レイピアってやつがいいわ。名前がカッコいいもの」

 「そんな理由で決めるんじゃないぞ~。レイピアなら…ほれ、このくらい重くなる」



 おお、本当。さっきより重い。振れなくはないけど…腕を痛めそうだわ


 「うーん、残念だけどレイピアは諦めるわ。さっきの方が合いそう」

 「だろうよ。んじゃあ、セウレイアはスモールソードなー」



 先生がポンと木刀を叩くと、一瞬で剣に変わった。武骨な木刀とちがいスラリとした銀に輝く刀身と、鍔の部分の細やかな装飾が美しい。紺色と赤色のガラス、かしら?それが小さくカットされて埋められてるわ。柄は全体的に紺色で落ち着いた感じね。好きなデザインだわ。レオン先生、意外とセンスいいじゃないの。こんなものを一瞬で…いえ、変わったように見えるだけで、私が握っているのは木刀だわ。これは幻影魔法ね……見た目も質感も握った感じも、全て本物のように感じる。普通の人間には見抜けないでしょうね。高等魔法なはずだけど、この先生スゴいわ。簡単にやってのけた。



 「凄いわね、レオン先生。この剣気に入ったわ」

 「そりゃーよかった。お前のことを愛してやまない夜をイメージしたからな」

 「え?」



 どういう意味?…って聞きたかったのに、「っつーわけだ、お前ら素振りしろー。面倒だが、俺が適当に合った武器見繕ってやるからー」って他の生徒の方に行っちゃった。

 生徒もさっきまでは死んだ目をしてたのに、私の武器が変わるところを見たら皆目が生き返ってキラキラしてるわ。一生懸命素振りしてるし、ヤル気を引き出すのがうまい先生なのね。

 それにしても…なんだか意味深長なことを言ってたわ。確かに私は夜が好きよ?星が見えるから。でも、“お前のことを愛してやまない”って…夜が私を愛してるってことよね。どういう意味かしら……うーん。後で聞いても教えてくれなさそうだし大したことじゃないわよね?




 「アナタ、その剣……」

 「あら書記サン………の剣は、なんだか凄く大きいわね」



 大剣、というのかしら?凄く大きくて重そう。柄はシルバーでキラキラしてる、カッコいいデザインね。書記サンはそれを片手で持ってるからすごいわ…私なら持ち上げることも出来なさそう。書記サンは本当に力持ちなのね。体力も凄いし、強い女の子って、カッコいいわね。



 「どうして、紺色……」

 「え?ああ、レオン先生の考案したデザインらしいわ。センス良いわよね。夜がどうとかって言ってたけど…」

 「わ…わたくしだって、夜に…!紺色にしたいですわ!!」



 あらあら…書記サンが物凄い勢いでレオン先生に突撃しに行っちゃった。

 先生は「メンドクセーから嫌だ」って断ってるみたい。幻影魔法は複雑だものね。書き換えるのは大変なのかも。私は使ったこと無いから分からないけど。

 書記サンは諦められないみたいで「どうして!わたくしも夜に!紺色に!」って叫びながら先生をガクガク揺すってるわ。あの筋肉質な男を揺すれるなんて、本当に力が強いのね。


 それにしても、書記サンは夜が…紺色が好きなのかしら。夜なら黒でもいい気がするけど、紺に拘りがあるのね。今度理由を聞いてみようかしら。


 さて、こんな素敵な剣を貰ったのだもの。頑張って素振りしますか、ふんッ、ふんッ!


 

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