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「私って、中々に魅力的だと思うのよ。スタイルだって自信があるし、美人さんだって良く言われるし。連れ歩く分に恥はかかせないわ。あ。それと、全く恋愛経験が無いわ。だからテクニックとやらも知識もないから是非教えてほしいの。一晩だけの関係でも全然オーケーよ?」
「いや、待て。待ってくれ。落ち着いてくれ。済まん。頼むから、ちょっと考えさせてくれ」
もう。待て待てって、そればっかりね。まぁ待つけど。
目元を押さえて顔があんまりみえないけど、耳まで真っ赤だわ。こういった話に慣れていないのかしら?そんなところも可愛らしいけど。
「………一つ確認させてくれ。もし俺が断ったら……君はどうする?」
「この部屋を出て一番最初に会った人間に恋人になってくれるよう頼むわ」
「分かった。引き受けよう」
「本当?!」
即答!!嬉しいっ!!!
喜びのあまり先生に思わず飛び付いちゃったわ。ギョッとされたけど気にしない!だって本当に嬉しいんだもの…!私の、初めての恋人が、やっとできたのよ……!!
「嬉しい!嬉しいわ!本当にありがとう先生!夜な夜な刺繍しながら窓に張り付いたり、完成間近の図案を握りしめながら徘徊する必要なんて無かったんだわ!初めから直接交渉すれば良かったのよ!」
「何の話だそれは……いや、落ち着けセウレイア。まだ話が」
「ねえ先生!気になってたのだけどあの扉は何?!」
「あ、あれはシャワー室だが」
「じゃああっちの扉は?!」
「仮眠室だ」
「仮眠室!ってことはベッドがあるのね?!最高だわ!まだ夕方だけど夜の営みをしましょうよ!先生好みの下着か分からないのだけどいいかしら?それとも着替えてきた方がいい?あ、シャワー一緒に浴びるところから?」
「俺が悪かった、本当に悪かった。謝る。だから止まれ。落ち着け。話を聞いてくれ」
グイグイと引っ張っても動かないわ。すごいわねこの先生。意外と力があるわ。折角ベッドに連れ込もうかと思ったのに…まあでも、もう恋人になったのだものね。ムードも大事だって指南書に書いてあったし、恋愛小説もみんな夜にコトを起こしてたわね。先生なんだか泣きそうなくらい必死な顔してるし、先生の話とやらを聞いてあげましょ。営みは体力勝負だと聞くし、今はソファに座って夜までゆっくりしましょうか。
ポンポンと私の横の座面を叩くと、先生は渋々といった感じで腰を下ろした。
ふふ。隣同士で座るなんて恋人って感じね。距離を詰めてピッタリ座っちゃおう。
「……セウレイア?少し、距離が近い気がするが」
「あら、恋人なんだからいいでしょう?」
先生、顔が真っ赤だわ。本当に慣れてないみたい。私の方をチラッと見てはすぐに反らして手で顔を隠しちゃうのよね。「役得が過ぎる」とか「生殺しだ」とか呟いてるけど…喜んでいるのか嫌がってるのか分からないわね。
「そ、その恋人になるにあたってだが…数点理解しておいてほしいことがある。まず一つ目。俺は、一夜限りとかいう関係は好きでないし、ならない。二つ目。気持ちが通じあっていなければ深い関わりにはならない。君の言う、体の関係とやらもだ」
「ええっ!どうして?恋人とはソレをするためのものでしょう?」
「君の“恋人”の解釈が少々歪んでいると思うのだが、誰から聞いたんだ?」
「それは私のま、仲間よ」
「ま、仲間か」
危ない。魔女仲間と言うところだったわ。セーフよね。先生は深~いため息を吐いて項垂れてしまった。疲れちゃったのかしら。
「本来恋人とは互いのことを良く理解し、掛け替えの無い存在…慕い、愛し合う存在だと認識した上で成るものだ。体の関係だけで成り立つものではないと、俺は思っている。それに君は、俺の事をよく知らないだろう?俺も君の事は知らないことばかりだ。だから理解しておいてほしい事三つ目。俺達は恋人にはなるが、現時点では“仮”の恋人だ」
「そんな。それじゃあ意味がないわ。私は、ちゃんとした恋人がほしいの」
「話を最後まで聞きなさい。…先程の続きだが、俺達は互いをよく知らない。だからこれから、知っていくんだ。お互いの好きなもの、好きな場所、苦手なもの…そういったことを少しづつ知っていって、段階を踏んでいくんだ。そしてゆくゆくは普通の恋人になり…お互いが想い合えてから、その……深い関係になっていくんだ」
「つまり、少しずつ恋人らしいことをしていって、最終的に先生を私に惚れさせれば夜のお相手になってくれるのね?」
「互いに、と言っただろう…。君は全く俺に好意を抱く可能性がないのか…?」
「好意なら既に抱いてるわ。面白い人だなって思ってるし。けれど、私に愛を求めることは不毛よ。私達には、そんな概念は存在しないのだから」
怪訝な表情をしてるわ。まあ、人間には理解しがたいのかもね。うーん、濁しながら説明するのは難しいし面倒臭い…けど、話さないと納得してくれないわね。
「私達は…そうね、長い人生の中で淡々と生きているのよ。気の赴くままに自由に。けれど愛って、それを乱すのよ。自由が失われ、自分のためだけに生きれなくなる。愛するものの事しか考えられなくなる。それはとてつもなく恐ろしいことよ。自分が自分でなくなる…そんなこと耐えられない。だから私達は愛を捨てたの。愛されることは許しても、愛は与えない」
愛するもの…唯一を作らない。それが魔女の暗黙の了解なのよね。
とはいっても、過去何人も唯一を作った魔女は居るわ。その対象は何も人だけではない。動物だったり本だったり銅像だったり、魔女が唯一に選ぶものは自由で、個性が出るのよね。
私の知り合いでも唯一を作った魔女がいたわ。その魔女はあまり感情の起伏の無い落ち着いた魔女で、でも経験豊富だからいろんな魔法の話を聞いて楽しかったのだけど…ある時、数十年ぶりに会いに行ったら、唯一がいたの。彼女の唯一は植物だったわ。植木鉢の小さな花を愛おしそうに撫でて、キラキラした笑顔で私を出迎えたわ。彼女のあんな表情、初めて見た。そして恐ろしかったわ。あんなに大人びて淡々としていた彼女を、まるで幼い少女みたいに一瞬で変えてしまった存在が。
「だから、先生が私の事を溺れるように愛してくれるのは構わないわ。けれど、私からの愛を望むのは無駄よ」
「その決意は、絶対に変わらず、揺るがないものか?」
「ええ。残念だけど、私は貴方を愛してあげられないわ」
「そうか。…今は、それでいい。俺達はまだ“仮の”恋人だからな」
先生は意外とロマンチストだったのね。愛にこだわるなんて。でも、“仮”かぁ…。本当は一気に夜の関係になってレダ達を見返したかったのだけど…先生は順序を大事にするみたいだし、無理強いは良くないわよね。手探りな恋愛も楽しいかもしれないってリーエも言ってたし……人間の恋愛を少しずつ、いろんな事を先生と経験していくのは楽しいかも。
「じゃあ先生の言う段階って、どんなもの?まずは何から始めればいいの?」
「そ…うだな…まずは、名前からじゃないか?」
「なるほど!名前ね。確かに小説の中の登場人物達も、最初は敬称を付けて呼んでいたのに、そのうち“名前で呼べ”とか言ってたわ……これから宜しくね、私のディアス。…こんな感じ?」
「ぐっ?!」
「えっ。大丈夫…?」
「…いや、済まない。大丈夫だ。………破壊力が凄まじいな…」
はー、何事もないのね。突然顔を真っ赤にして胸を押さえて苦しそうにし出したからビックリしたわ。回復魔法は苦手だから、倒れたらどうしようかと思っちゃった。
この先生、とても真面目なんだけど時々奇行に走るのよね。どうしてなのかしら。まぁそれも踏まえて面白いからいいんだけどね。
「では、二人きりの時は……エステルと、呼ばせてもらおう」
「どうして?いつでも名前で呼んでもらって構わないのに」
「理解しておいてほしい事、最後の四つ目だ。俺達の関係は誰にも知られないように。俺と君は教師と生徒だ。それが恋人関係だなんて良くない噂が立ったら互いに不都合だ。あくまで学園内では今まで通り、二人きりの時だけ仮の恋人として過ごす。それでどうだ?」
「いい。いいと思うわ…!誰にも知られちゃいけない関係…。二人だけの甘くて濃い秘密の房事ってやつね!なんだか物凄く背徳感のある響き…とても好きだわ」
「なんで君はその方向に脚色したがるんだ…」
うふふ。秘密の関係、素敵ね。でも誰にも言っちゃいけないなんて、ツラいわ。リノンもダメなのかしら?あー、誰かに言いたいわ。伝えたい。恋人が出来たのよって。仮だけど、出来たのって伝えたいし自慢したい……!
「ねえ、名前の次はなに?手を繋ぐ?ハグ?キス?それとも大人のキス?」
「落ち着いてくれ。まだ時間はあるのだからゆっくりと気持ちを通わせてからだと言っただろう?…もう日が暮れる。今日は寮に戻りなさい」
「えー」
「えーじゃない。…また明日逢おう。エステル」
ぽんぽんと頭を叩かれる。
…なにかしら、これ。初めてされたわ。頭を叩かれるなんて本来なら屈辱を感じそうなものなのに…不思議ね、全然嫌じゃないわ。なんかムズムズするというか、ホワホワするというか。本当に不思議。
それに、先生…ディアスもズルいわ。物凄く優しく、幸せそうに微笑むから……文句なんて言えなくなるじゃない。
「はぁい。今日は帰るわ」
「ああ。俺は放課後は基本的に研究室にいる。もし不在でも自由に出入りしてもらって構わない。常に魔法で施錠しているが…エステルなら問題なく入れるだろう」
「わかったわ。ねえ、ディアスの研究資料適当に探して読んでてもいい?」
「勿論だ。なんならアドバイスをくれても構わないよ」
「お安い御用よ!任せてちょうだい!」
ちょうど良かったわ。これで人間の思う魔女の印象が分かるし、間違ったことを正すこともできる。しかも恋人と過ごすことも出来ちゃうなんて一石二鳥だわ!
少しだけ辛くなってた学園生活がこんなにも楽しみになるなんてね。
私がどうしても欲しかった“恋人”という存在になって………私に、手を差し伸べてくれた。ディアスには本当に感謝してる。
スキップしながら出入口に向かい、くるりとディアスの方を向く。
「ディアス・アートルム。この恩は必ず返すわ」
「…っ!!」
「願いを叶えてあげる。考えておいてね」
背を向け扉を閉める。
ディアス、なんだかすごく…愕然とした表情をしてたわね。そんな反応されると思ってなかったわ。もっと不思議そうな顔をするかと思ったのに…予想の斜め上を行くっていうか、面白い反応をするのよね。
うーん!なんだか今日は濃い一日だったわ。部屋に戻ったら着心地のいい下着とパジャマを着て寝てやりましょ。もう、いつ来るか分からない人間の恋人候補を待つ必要は無いのよね。仮とはいえ、恋人であることに変わりはないもの。久しぶりにぐっすり寝れるわ。
どうしましょう。明日からがとても楽しみだわ