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「入りなさい」
へえ~~。ここが先生の研究室。本棚に埋め尽くされた部屋ね。散らかってる、というまでもないけど、整えられているってほど整頓されてるわけでもない。至るところに書類やら本やらがあるわ。それに、なんだか薄暗いわね。カーテン開けちゃいましょ。窓も開けちゃえ。
「こらこら!」
風が吹き込んでデスクに置いてあった書類がバサバサと落ちた。慌てて拾うのを手伝う。先生は魔法で散らばった書類や本を片付けてる。私も魔法で一気にやりたいところだけど、ダメなのよね。はぁ。
「あら?これ………」
拾い上げた書類には“魔女の誕生と使命について”と書かれてる。その他にも、サージェス国建国に関わった魔女についてや、薬師として有名だった灰の国の魔女についても書かれてる………
「先生の研究は“魔女”についてなのね」
「ああ」
「面白いわ。どこまで進んでるの?私にも見せてほしいのだけれど」
「構わないが、今日は報告書が先だ。……研究については、また別の日に来なさい」
ああ、そうだった。報告書を書きに来たのだったわ。資料に魔女の事が書かれてたから、ついそっちに興味がいっちゃったわ。
いつなら来ていいかって聞いたら、授業中以外ならいつでも構わないって言ってくれたし、暇なときに遊びに来ちゃいましょ。
沢山ある本棚のせいで圧迫感のある重苦しい雰囲気の部屋だったけど、窓を開けたら気持ちのいい風が優しく吹き込む、明るい室内に様変わり。全体的にダークブラウンの家具で揃えられてるから落ち着けるわ。デスクだけじゃなくてソファもローテーブルもあるから、ゆっくり寛げそうね。
それにしても、先生が魔女を研究してるなんてね。まあ、魔法科の教師だし、魔法と魔女は密接な関係にあるのだから研究対象にしてもおかしくはないか。うーん、気になる。どこまで進んでるんだろう……。研究するとしても、魔女は基本的にひっそりと人間に隠れて生活しているし、見た目だけでは魔女かどうかなんてわからない。過去には、「私が魔女でーす!」って名乗り出た事もあったらしいのだけど、結局は魔女狩りに合って死んでしまったってエレナが言ってた。それから魔女側も学習して、人間にはなるべく見つからないように、ひっそりと溶け込んで生活しているのよね。
うーん。私が先生の研究に協力しようかしら。魔女であることがバレないようにだけど。もし先生が間違った方向で研究していたら道を正すことが出来るし、世間の魔女のイメージを変えることが出来るかもしれない………すぐに、とはいかないだろうけど。少しずつ、魔女のことを理解してくれる人間が増えるのは喜ばしいことよね。
「セウレイア。こちらへ」
あら、先生がテーブルに紅茶を用意してくれてるわ。優しい。先生は対面に腰を下ろして紅茶を飲んでる。
「美味しいわ。ありがとう」
「…それは、良かった」
なんだか恥ずかしそうに紅茶を一気飲みしたわ。耳がほんのり赤くなってるし。可愛いところあるのね。
「コホンッ…では、本題だが。ヴィオレータ・モーヴが炎魔法を発動したが魔力暴走を起こしコントロールを失った。その際君は何の躊躇いもなく炎の中に入りモーヴの魔法を止めた。どのように行ったのか説明してもらいたい」
「どのように、も何も…書記サンは魔力暴走を起こしたのだから、まずは溢れ出る魔力を落ち着かせなきゃいけないでしょう?すごく魔力量の多い子だから、コントロールの仕方を教えてあげないときっとまた繰り返しちゃう。だから、ついでに彼女の性質を教えてあげられると思って暴走した魔力を使って性質をみせてあげようかなーと。ほら、魔力暴走を起こしたときの魔力って身体の中に蓄積されたすごく純度の高い濃い魔力でしょう?だから性質の発現にはもってこいだから。それで私は」
「待て待て待て」
えー。どうして頭を抱えちゃうのよ。ちゃんと説明しているんだけど。
「……………まず、人の持つ魔力量というのは、見えたり、量ったり出来ないものだ。モーヴの魔力が溢れ出る、と君は言っていたが私達には見えていない」
「ええー嘘よ。彼女、もうすごく紫色の魔力だったじゃない。それが渦を巻いて蜷局みたいになってたでしょ?あれが見えないの?」
「魔女なら見えるのかもしれないがな」
「オホホホ」
秘技、笑って誤魔化す。レダの指南書もバカにはできないわね。きっとこれて誤魔化せた筈だわ。
「それに、性質と言ったな。それはなんだ?」
「え、それも知らないの?性質は、簡単に言えばどの魔法が得意かっていうものよ。適正とも言うわね。例えば書記サンは紫色…雷の性質があるの。普通の人は赤とか青とか白とか茶とか…いろんな色の魔力を持っていて、赤が多ければ火の魔法が他に比べて得意だったり、茶と白が多ければ土や岩の魔法と回復系魔法が得意だったり、そんな風にわかるのよ。でも書記サンは紫。きっと今まで無理して炎とか水の魔法を使ってきたんだと思うわ。今回の炎魔法も無理やり発動して暴走してしまったくらいだし」
「……それも同じだ。普通の人には魔力が見えないのだから、色なんて見えるわけがない。性質とやらも、初耳だ」
「もう、そんなわけ無いわ。魔法を発動するときに、ほわっとその色に光るじゃない。書記サンなんて分かりやすいくらい紫色だったじゃない」
「魔女なら分かるのかも知れないがな」
「今日はいい天気ね~!」
先生の視線が痛い。なんだか呆れたようなため息まで吐かれちゃうし。
っていうか、人間は魔力量が見えないの?性質も見えないなんて、今までどうやって個人の魔法能力を評価してきたのかしら。
書記サンみたいに、自分の性質を知らないせいで折角の稀有な能力を活かせなかったり…って人、多いんじゃないかしら。なんだか勿体ないわね。
「話を戻すが…君はモーヴの暴走した魔力を押さえ込ませ、炎の魔法を消したのだな?」
「私は特になにもしていないわ。書記サンが落ち着いて対処できるようにアドバイスしただけ。溢れ出た魔力を元の形に戻るようイメージさせて、落ち着いてきたら炎を消すように少しずつ鎮火するようなイメージをさせただけよ。総て書記サンが一人で行ったことよ」
「だが君は、危険を省みず火の中に入った。なぜ、そこまでした?」
「恩を返すためよ」
先生が息を飲む。
予想外の言葉でビックリしたかしら。まあ、人間にとっては“恩を返す”というのはあまり馴染みがないみたいだからね。“友達のピンチを放っておけない!”とか小説の主人公みたいなことを言っておいた方が良かったかしら?友達じゃないけど。
「だから彼女を助けたの。それだけよ」
「そう、か……」
あら。思ってた返答と違うわ。「恩?ハァ?」とか「意味分からんこと言うな」、とか言われるかと思ったのに。なんだか神妙な顔をしているわ。
「その…何の恩なのか、聞いてもいいか?」
先生がじっと真剣に私の方を見ている。
黒い艶やかな髪と紺色の瞳。本当に、夜をイメージさせるような人ね。服も靴も黒いし。肌の白さが際立つわね。でも、夜は好きよ。私が大好きな星が輝くのは、いつだって夜だから。
私はにっこりと先生に微笑む。
「いや、無理だったらいいんだが…」
「ギャップとツンデレを教えてくれたから。その恩よ」
「そうか…。ぎゃ……え?」
「ギャップとツンデレ、よ。書記サンは私の大事な恋愛の先生なの」
「れんっ……れん、あいぃっ?!」
わあビックリした。そんな椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がらなくていいじゃない。
というか、どうして先生は顔を真っ赤にしてるのかしら。なんだか泣きそうなくらい不安げな顔をしているわ。捨てられた子猫みたい。
「なっ、なぜ……!それは、どういう…?!」
今度はアタフタし始めた。急に大混乱ね。どうしちゃったのかしら。この部屋に来てから先生が面白いわ。
授業の時や学園にいる時に見る冷たいくらいの無表情じゃなくって…そう、初めて会ったときみたいに感情が顔に出てる。とても、親しみが沸くわ。私の知ってる先生は、やっぱりこっちなのよ。
「っふ、ふふ…あはは」
「う、嘘か、嘘なんだな?!恩の内容は他人には言ってはいけない決まりとか…それで、そんな冗談を」
「ふふふ…いいえ、本当の事よ」
「なっ…?!」
あー面白い。
ちょっと憂鬱だった魔法科も、楽しく感じられるかも。この先生、ちょっと気に入ったわ。