やめないで、遊び人
ベッドでふたり。枕元のヘッドボードに背中を預けながら。
……いや、なんか変な空気だわ。こいつが部屋に来て、こんなに静かになったことってあったっけ?
それまでヘラヘラしていた遊び人が、少し逡巡するように黙り込んでいた。
「ねえ、どうしたの? 話してよ」
「うんっ、ピロートークだっけ?」
「ぜんぜん違う……」
けれどなかなか話し出そうとはしない。
わたしは焦れて、自分の肩を遊び人の肩に軽くぶつけた。もしかしたらこれも避けられるのかなぁと思ったけれど、遊び人は初めてまともに受けて、ポテっと横に倒れた。
「あ、あら? 遊び人? お~い? 大丈夫? どうしたの?」
「う~ん」
いつもとは違って遊び人は唐突に跳ね上がることもなく、のろのろと手をついて上体を起こした。普通に。背中でヘッドボードにもたれて、腕でわたしに少し身体を預けるように。ううん、お互いに少し、もたれ合っているのかもしれない。
「ま、いっか~。話すよ~、魔王ちゃん」
「うん」
「遊び人ねえ、小さい頃はレグルスに住んでたんだぁ」
「え……」
レグルス。十五年前までは人類の領土だったが、人魔戦争開戦の折に、最初に魔族が奪った街の名。
それは、まだわたしが魔王に即位するより以前の出来事だった。
「遊び人のおうちの隣には、ある一家が住んでたの。でもあの戦争が始まって、遊び人のおうちもお隣のおうちも、大人はいなくなったわけ」
「あ……うん」
当時の魔王はわたしじゃない。そうは言っても、ちょっと……。
「お隣には遊び人より小さな女の子がいたんだ。遊び人、そのときもう六歳だったから、色々自然の食べ物とかわかったけど、女の子はまだ二歳になったばっか」
「うん」
「だから遊び人が女の子を自分ちに連れて帰って、お世話することにした。よくわかんないけど柔らかいもの食べさせて、オムツとか替えたりしてた」
「へぇ~」
平静を装いながらも、罪悪感がきつい。
聞くんじゃなかったわ。
「暖かい日は川で身体を洗ってあげて、その子背負って山菜取りに行ったり、お魚を釣ったりした。でも、その子いっぱい泣くの。遊び人は、その子のお父さんでもお母さんでもないから。遊び人は、得体の知れない遊び人だから、その子、ぜんぜん懐かないの」
でも。
ある日、森で拾ったリンゴを一口囓ったとき、その子が遊び人を指さして笑った。
何に笑ったのかわからなかったけれど、もう一口囓ったときに気づいた。
鼻だ。リンゴが赤くて大きな鼻に見えたらしい。
別の日、珍しく手に入った小麦粉でパンを作ろうとして失敗し、頭から被った。
真っ白になった遊び人を見て、その子は大笑いした。
そこからだんだん仲良くなってきた。やっと兄妹になれたみたいに。
一年経ってお互いに成長したから、女の子は遊び人が着ていた服を着るようになった。
遊び人は大人の残したぶかぶかの服を着た。
ふたりともぶかぶかで、また笑った。笑うたび、家族になっていける気がした。
遊び人は珍しく真剣な表情で、そんなことを語った。
もう合いの手を入れる気力もなく、わたしはうつむく。
なぜならレグルスは、いまではもう魔族領になっているからだ。そして遊び人は生きているが、その女の子の話を彼の口から聞いたことはない。
もう、いない。そういうことだろう。
わかっている。戦争に孤児などつきものであることは。でも、わかっていてもやっぱり見ないふりをしてきたのだ。魔王だからこそ。
わたしの代になってから虐殺は禁じた。略奪もだ。不満を言う配下には、民は資源であると説き、税収のためだと詭弁でやり込めた。
でも、戦えば結局のところ、命を奪い合うことになる。
だから、このような話は聞くべきではなかったのだ。わたしは。
けれども遊び人は容赦なく、わたしの前で話を続けた。わたしが嫌がることを正確に察知しているのだ。いつも。こいつは。
きらい。きらいきらい。だいきらい。
「遊び人が七歳になって、女の子が三歳の終わりを迎える頃、レグルスを防衛する拠点が魔王軍に制圧され、翌日にはもう街は炎に包まれていた」
「……」
「遊び人、女の子を背負って一生懸命走って逃げた。でも、気がついたらひとりで血だらけになって森に倒れてたんだぁ~」
目に浮かぶようだ。
起き上がった遊び人は、声が枯れるまで獣のように叫んだだろう。その子を名を呼んで。
わたしは震えながら、喉から言葉を絞り出す。
「……そんなの……せ……ん争……だから……」
「そだね! 仕方ないよね~!」
違う。そんなこと言いたかったわけじゃない。
でも、他の言葉なんて、わたしが吐いていいものじゃない。そんな資格はない。
ようやくわかった。遊び人がここに来るわけが。
魔王への復讐だ。いや、そんな小さなものではないのかもしれない。魔王の眠りを奪うことで、この男は人魔戦争を平和的に自然消滅させようとしているのではないだろうか。
この男の力があれば、暗殺の方がよほど早い解決策となるだろうに。でも、遊び人は決してそれを選ばない。
「遊び人、いっぱい捜した。一年前に死んじゃった両親も、拠点防衛で死んだ大人たちもみんな見つかったのに、女の子だけは見つからなかったから捜した」
遊び人が左のこめかみを、わたしの右のこめかみにあてた。
だから気づいた。わたしは青ざめ、震えていた。
「魔王ちゃん、寒い? キルトかける?」
「ち……がう……。そんなことより、その子はどうなったのよ……」
遊び人が寄り添う。わたしを温めるように。
「その子は細くてキレイな金色の髪をしていた。空のように青く澄んだ瞳をしていた。長い睫毛の子だった」
「……え……」
思わず彼の方を向くと、視線が交わった。
「家族になれなかった遊び人の役目は、その子を笑わせることだから」
「あ、え……」
「それはいまも変わらないのだぁ~。なんてね」
わたしには三歳以前の記憶なんてほとんどない。そんなのあたりまえだ。大体のヒトがそうなのだから。
気づけば魔人族の中で育てられていた。あたりまえのように両親はいたし、わたしもまた魔人族だ。少なくともそう思っている。思い込んでいる。
けれど、人間族と魔人族の間に容姿の差異がないのもまた事実だ。
そしてわたしは、魔人族にしてはかなり非力な方だった。だから魔法を学び、そちらに特化していったのだ。力も速度も、すべて魔法に依るものだ。
結果として他の魔人族よりも秀でてしまったわたしは、何の因果か先代から直々に次期魔王に選出される運びとなった。
ぐにゅぅと、また心臓が変な鼓動を刻んだ。
遊び人は話は終わったとばかりに、長い長いため息をつく。
「う……そ……」
わたしが、遊び人の言った女の子……?
魔王であるわたしが……?
遊び人は……?
頭が混乱した。もう何も考えられない。
遊び人はいつの間にか立ち上がり、ベッドから下りていた。ふざけた姿で、真剣な眼差しを、わたしに向けながら。
「……という物語を~? たったいま~? 遊び人が~? 思いつきましたとさっ!! おしまいっ!!」
時間が止まった気がした。
「は?」
「おもしろかった? ねえねえ、おもしろかった?」
ちょ、ちょちょ、ちょ──え?
彼は呆然とするわたしに背中を向けて、窓の外に視線をやって。キメ顔だけを振り向かせながら。
「じゃあ、そろそろ夜が明けるので、遊び人は帰りまっすぅ~! シーユーネクストデーィ! バッイバ~イ!」
「ま、待ちなさいよッ!!」
わたしはとっさに枕をつかみ、後頭部へと向けてぶん投げる。残像の中を枕が通過した後、彼の気配は煙のようにこの部屋から消えた。
「え? え? いまの嘘? ほんと? 結局どっちなのっ? このままじゃ感情がおかしくなっちゃう!」
どこかから遊び人の声が響く。
──フッ、残像だ、だよ!
やかましい!
「──あ、明日はほんとのこと聞かせてもらうからね!? 待ってるから、明日も必ず来なさいよねっ!? 絶対よ!? 待ってるから!」
すでに返事はなかったとさ!
おしまいっ!!
いや結局なんだったの!?
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