やめたれ、遊び人
本日中、3話で完結します。
魔王の名にふさわしく、幾百もの魔術師どもを薙ぎ払い、幾千もの騎士どもを蹂躙し、その数十倍もの人間たちを恐怖のどん底に叩き込んできた。
頑丈な金属の鎧を着込もうとも紙のように引き裂き、禁術劫火の中を嘲笑しながら闊歩し、速度自慢の剣士にはさらなる速度で、力自慢の闘士にはさらなる力で、魔力自慢の魔術師にはさらなる魔力で圧倒し、その尊厳を踏みにじってきた。
世界に戦火をまき散らし、矮小なる人間どもがすがりついた最後の希望、勇者の血統なるものを持つ少年をも組み伏せ、打ち破ってきた。
炎の中で血を浴びて、わたしは笑う! 嗤う! 嘲笑う!
足掻け! 足掻け! 足掻け!
もはや我が覇道を止められる存在など、この世界にはいない!
……そう思っていた時期が、わたしにもありました……。
※
緊張のあまり、喉が鳴った。今夜もこの時間がやってきた。
滲む手汗を、白を基調として黒のフリルをあしらった、ドレスのフレアスカートで擦る。
「大丈夫。うん。大丈夫」
言い聞かせる。自分に。
部屋は変えた。昨夜までとは違う部屋。それも魔王城の最上階にこっそりと築かせた、真新しい寝室なのだから。
夜。壁で魔導ランプの明かりが揺れている。
窓から射し込む月光から逃れるように、わたしは分厚いカーテンを引く。もちろん、戸締まりは怠らない。
指さしチェック! 窓ヨシ!
魔王城の警備は倍以上に強化した。ケルベロスやオルトロスを初めとした数百もの高位魔獣を庭園へと解き放ち、数百もの精悍なる魔族らを寝ずの警戒に当たらせている。
「……」
特にこのわたしの寝室の扉前には、選りすぐりの魔人族を二体のみ配置した。いずれも一騎当千。たった一体で人間族の中隊を壊滅させるほどの力を持った側近だ。
この真新しい寝室を造るにあたって、壁は以前のものより倍以上分厚くさせたし、扉にいたっては重い鉄扉へと変えた。非力な者では開けられないほどの重量だ。
その上で閂をかけた。他でもない、このわたしの手でだ。
指さしチェック! 扉ヨシ!
完璧。完全なる密室。
今夜こそわたしは、誰の邪魔もされずに眠りにつくのだ。だというのに、なんなの、この胸騒ぎは。不安がモヤのように心中に立ち籠めている。
わたしはそれを振り払うように頭を振った。
金色の長い髪が揺れて頬を撫でる。
だめだ。拭い去れない。いや、考えすぎであることはわかっている。でも、でも。
天蓋付きのベッドの下を覗き込む。
当然、誰もいるはずがない。天井、見上げても無人。小虫でもなければ貼り付けるはずもないのだから。
大丈夫。絶対に寝る。ああ、寝るわよ。今夜こそ、あの不届き者の顔を見ないで。
「ふー……」
安堵の息をついて、わたしはネグリジェに着替えようと、ドレスの裾をつかんだ。半分まで上げたところで、手を止める。
ベッドに視線を向けて。
念のため、もう一度確認。
天蓋の上、いない。ベッドの裏、いない。
ベッドのキルトをめくる。
白塗りの顔に、ふざけた赤い付け鼻。防御力皆無と思しきぶかぶかの服に、真っピンクの髪をしたバケモノが、わたしよりも先にわたしの新しいベッドの中にいた。
いたぁぁぁ……っ!?
「……」
「……」
目が合った瞬間、わたしはキルトを乱暴に叩きつけるようにそいつに被せ、自分の目をゴシゴシと擦った。
違う。そんなはずはない。あいつはこの寝室の存在を知らないはず。わたしはいま、寝不足で疲れている。錯覚だ。いるわけがないのだ。
恐る恐る、もう一度キルトをめくる。
「……」
「……ひっ!?」
耳まで口が裂けそうなほどの、意味不明な満面の笑み。
ギュムゥと心臓が変な鼓動を刻んだ。
わたしは再びキルトを叩きつけるように、そいつにかける。力一杯。
「ちょと痛いっ」
「黙れ!」
いたわ。錯覚じゃなかったわ。
どこからだ? どこから侵入された? 戸締まりは完璧だったはずだ! どうやって魔王城に侵入した? どうやって魔族だらけの王城内を歩いてきた? どうやってわたしの新しい寝室をつきとめた? どうやって?
わたしは力なくうな垂れた。
キルトの中から、ニュっと頭が生えるようにはみ出る。白塗り付け鼻の不気味な顔が。
「ンまいど! 今夜も遊び人がやってまいりましたこのパーリータァァ~イム!」
やたらと通るイイ声をしている。
「ぎ……」
「ぎ?」
「ぎゃああああああああああああっ!! 誰かっ!! 誰かいないのっ!?」
「遊び人がいまぁ~す」
「あんたじゃない!」
返事がない。なぜ。
寝室前には精鋭魔人族を待機させたはずなのに。
「ンフッフッフゥ~、無駄だよぉ~? こっちの新しい寝室の方にも、音消しの結界を壁の中に張っちゃったから!」
「か、壁の中にですって!? ど、どうやって!?」
「毎日こつこつと施工業者に化けて?」
「……思ったより地道な努力してたんだ……」
「うん! がんばった!」
そいつは白塗りの顔でふざけた笑みを浮かべて、バネ仕掛けの人形のようにベッドからビョーンと全身を起こした。唐突にだ。
「起き方怖っ!」
「どうもごめんなさいねぇ~~~!」
わたしは背筋に薄ら寒いものを感じ、壁まで後退していた。
次話は21時前後に更新予定です。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。