少年の戦い
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……」
ナイフとフォークを両翼の様に拡げ、一歩ずつ得物へと迫るグルメ神査官。自分が纏っている守護精霊とは違う。なぜなら守護精霊が主から離れて、一人でに歩いて来るなんて聞いたことが無い。
その異質な紙袋仮面に、たじろぎそうになるルーゴだったが、意を決し二つの髄を前方へと伸ばした。先端は巨大な爪鋏で、相対するグルメ神査官ナイフとフォークを弾き飛ばす。
「……ハハッ!やってやったぞぉ」
それでも、神査官の歩みは止まらない。
焦燥に苛立ちを覚えるルーゴ。伸びた爪鋏が首を狙った。デスサイズとも言えるその禍々しい凶器は、容易く彼の細い首を切断するであろう。
しかし、その切っ先は寸前の所で止まる。
「ッ!?何だとぉ!?」
鎧竜の爪を止める物。
それは〝箸〟だった。
「……焦るなよ…前菜が」
大振りの爪に対し、神査官は最小限の動きで、スッと箸で摘まんだのみだ。なのに、ルーゴは捕らえられた僅かの爪の先が、岩の山で固められた感覚に陥る。というか、アレって喋れたんだ、とミアは思った。
堪らず、ルーゴは両爪を引っ込めた。
「出した皿を引っ込めるとは、往生際が悪いぜ?」
ところが、それよりも早く神査官はルーゴの眼前に現れた。
「我は〝お預け〟が嫌いでね?早速だが、貴様の〝メイン〟を頂こうか?」
異様に長い脚の垂直蹴り。鎧竜の咢が天を向く。
「あ゛……あ゛…ま…まって……」
箸の進行を止められぬ守護精霊。硬直するルーゴの頭へその矛先は向かい………圧倒的インパクトの双璧。その片翼を司る右ブロッコリーが捥ぎ取られた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」
轟く断末魔。
「いただきます《You will be my soul》」
合掌は心の内の手で、神査官は一切の鮮度を堕とさぬ速度でブロッコリーを喰らった。
「どォーだァ?そいつの味はァ!?さぞかし性根の腐った味がすんだろォ!??」
一部始終を満足そうに眺めていた彼岸丸は、神査官に味を問う。
クッチャクッチャと静かな間。
当の当の片翼を失ったブロッコリー星人は、事切れたかの様に両膝を着いていた。
とうとう咀嚼音が止んだ後、カランコロンと、箸が落ちる。
「ヒャハハハッ!想像以上にクソ不味だったようだなァ?いいかァア?ブロッコリー・イン・ロブスターちゃんよォ?グルメ神査官の評価は三段階だァ……最高で星が三つ、最低でも一つ……しかァーし、その味がまったく認められなければなァ!!門・前・払いッ!星は一つも貰えねェ!!!」
彼岸丸は死の宣告をするかの如く、高らかに叫ぶ。
「さァッ!地獄のグルメ神査官〝ミシュラン〟よォオ!!ヤツの星は一体いくつだァァァァァア!!?」
そして、項垂れていた神査官の口が僅かに開いた。
「………デ…デデデデ…」
「あ゛ァ?〝デ〟?」
「………イッツ…マイ〝運命的〟…!!」
「はァ?」
「我はッ!この〝味〟を求めていたッ!!此れこそ食の求道の到達点也ッ!!!」
「……バ…バババ……バッカなァァァァァア!?じゃあなんだァ!??星三つなのかァア!???」
「狼狽えるな小僧ッ!此れは人の領域に収まるモノでは無い……ならばその星………未踏の四つだァァァァァア!!!」
ルーゴ:芒紋の本数『3』→星の数『4』
「限界突破しやがったァァァァァァア!??」
吐血する彼岸丸。
何はともあれ、三芒紋如きでは遊ばれて終わりかと、次の思惑を始めるミア。
「もう駄目だァ……敵いっこねェよォ………」
白目で泡を吹いてるルーゴに対して、彼岸丸の方も完全に戦意が失われていた。まずコレはどう収拾を着ければ良いのだろうか。
「……呆れたもんじゃな………お主はもっと骨のある料理人かと…思ったのじゃが?」
四つん這いの彼岸丸に影が掛かる。絶望の中、彼が見上げるとそこには白髭を付けたスーが立っていた。
「……老師ッ!!」
「フォフォフォ……人は…窮地で力を発揮する………そうは思わんかね…?」
「しかし、老師ッ、オレにはもう食材がァ」
「フォフォフォ……気付いていないようじゃな…?………食材はある……どんな時にもね」
「そ、そんな……まだ…残っているのか…?
オレが気づいていないだけで……まだ希望は?
思えばオレは、常に狭い世界観で、臆病な消去法で……〝アレは出来ない〟〝コレは自分がするべきでない〟〝みんなに否定される〟〝誰にも望まれていない〟ばかりの繰り返しだった………」
「そんなヤツはデリバリーテロで教会を破壊しないよ……」
思わず、変な茶番に声を出してしまったミア。
「……けど、そんなのは間違っていたッ!全部自分勝手にッ!自分の見る世界を狭めてただけだったんだッ!!」
「そうじゃッ!……ゆけ…少年よ」
彼岸丸は立ち上がった。過去よりも、力強く。その瞳の奥で爛々と希望が燃え、己の自信の無さを雄叫びで奮わせた。
「いくぜェェェェェエ!劇場型奥義第四番ッ!!〝特級厨師が異世界に転生した件〟んんんんんんんんんんんん!!!!」
「無駄に何か始まったァアァァァァァァァァアア!!!」
ミアが阿鼻叫喚する中、残った方のブロッコリーも神査官がおいしく頂きました。