次に会う時はインターハイだ
クチャクチャクチャ……。
気を失ってしばらく経ち、日も昇った。未だ重い瞼を少女は開けたくない。
クチャクチャ……。
だけど、耳障りな咀嚼音が鬱陶しくて、しょうがない。
〝アレは、何を齧る音だろう?〟
ブチリ……クチャクチャ
〝そもそも、自分は何をしていたのだっけ?〟
……クチャッ、クチャッ
〝自分は、確かニガヨモギを採って屋敷に帰る途中……魔獣に襲われて………〟
ゴクリ………ブチリ……
〝だったら………この音は自分が千切られていく音だったろうか?〟
クチャ……クチャ………
〝最期に変な夢を見たもんだ。こんな品の無い子守唄を聞かされていたからかな?〟
少女は、目を開ける事を放棄し、不快な音に委ねて再び眠る事にした。そうすれば、不思議と心静かになった。
〝………けれど、アノ夢じゃなくて良かった……〟
黒い星。ソレは冷たき彼方から伝わってくる。日を追うごとに間隔が狭くなってゆく滅びの鼓動。
〝私は、きっと楽になりたかったのだ。何もかも諦めて……何もかも捨てて………〟
意識が深く暗く沈んでゆく。
〝中途半端に〝観える〟のがいけなかった。最初から何の能もなければよかったのに……自分如きが何かできると……勘違いしてしまった。人並みの〝チカラ〟も持たぬ自分が一体何ができると言うんだ〟
少女は沈む、光一粒すら届かぬ所まで。
〝結果が一緒なら、苦しまない方が良かった。何もせず、最初から死んでおけば良かったのだ〟
どこまでも鎮み……
静寂を求める……
解放を求める……
しかし
海底の深淵で、間際に観た白い少年の回想がゆらりゆらり。
こんなところまで来てなお、その姿は騒々しい。
少女にとってその少年は酷く醜かった。
決して許したくない程に。
彼が何かは分からないが
どういうモノかは予感した。
目を逸らしたかった………。
見たくなかった………。
「死ねばいいのに……」
イマミアがそう呟くと………。
「………ごめんなさい…ひっく」
ジト目のスパイ系女子〝スー・フー〟は震えながらその場で土下座した。
イマミアは目を開けた。瓦礫の陰で自分は倒れている。体は……五体満足にあった。
「アンタ……私の体に何かした?」
「……神に誓って何も何も何も……。ウィ…ひっく……後…五……六…年後であれば……結果は違っていた……?」
何だか酒臭い。それに土下座なんてしてるもんだから、手に持っていたスルメを地面に着かないように高く掲げている。
「何?アンタ中年オヤジの霊にでも憑かれてるの?」
イマミアが怠そうに起き上がると、スーが小動物みたいな顔を恐る恐る上げた。
「……これは…師からのゆずりうけ………」
「要らんもん譲り受けんな」
「……イライラ……怖い………お腹ペコペコ?………これ…スルメ……」
スーは、干しイカのクチャクチャと齧っていない方をブチリと裂いて、イマミアに差し出した。
「う~ん。何て言うか………ベタだね」
「…許せ……それが愛ゆえ………」
イマミアは受け取った赤黒い身を、齧って引き千切った。
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―――――
――
「そんで?他の訳分かんないのは、何処行ったの?」
イマミアは歯に挟まった欠片が気になって仕方が無く、頻りに舌を這わせていた。
「白い男の子……14番さん吹き飛ばした……けれど……黒い鎖…捕まって……旅は道ずれ………世は朕なり……?」
スーは爪楊枝でシーシー言っている。
辺りは暗い森だが、ここは爆心地の様に拓けていて日当たりが最高だった。なので少女二人は瓦礫の陰に並んで腰を着けている。
「そう?じゃあ今のうちに帰るわ私」
「待って……帰らなくても……楊枝……もう一本…ある」
「違うから……」
イマミアが、スーの方へ呆れたように顔を向けた背後で、影では無い〝黒〟がズズッと立ち昇った。
「ッ!?」
彼女が振り返ると、目と鼻の先に魔人は居た。雄牛の頭蓋骨の双つの窪みから、闇が見下ろしている。
「お嬢ちゃん。忘れものだ」
虚空から、ドサリと白い少年が落とされた。
「……死んでるの?」
地面にうつ伏せになったソレは動かない。
「……私は生きていると思うよ?今日のところは痛み分けだ。まさか、あんな切り札を持っていようとわね」
蠱惑的な魔人の声は、実に楽しそうだった。
「……何があったの?」
「別に、ただ私の運が良かっただけさ……、球場に恵まれた。アジフライが裏になったのも大きいな。全国四つ足コケシ協会の助力があってリターンはスムーズだった。一方彼は、プチプチマットの力に頼り過ぎだった。アレでは第3セットでモンスターを2体までしか召喚が出来ない。それでは、とてもとてもインカの朝日は拝めやしない……だが、これはエキシビジョンマッチでの話だ。公式戦ではどうなっていたやら……」
「……本当に…何があったというの?」
少女は自分の頭を疑い始めた。近くに病院はあっただろうか?
「何でも無いさ、彼も私も〝消しピン☆バトラー〟だった……故に運命は交叉した」
「そんなの、学校の休み時間に交差してよ」
「フフッ、問題無く〝根づいて〟いるようだね……」
長身の魔人はしゃがみ込んで、少女の紺色の瞳を覗いた。この距離でもなお、少女に髑髏の奥を伺うことは出来なかった。この得体の知れない黒は、本当に自分を見ているのかすらも分からない。
「何が?せめて脈絡も合わせられないの?」
「あァ、ごめんよ。怖がらせてしまったね?大丈夫……何もしないし、もう此処は退場するよ」
魔人の背後に、黒い隙間が裂けて出づる。昼近くの陽気な風景を割るソレは、弁当に入れられたムカデの様に歪に気味悪く、少女は後退りした。
「待ってッ!」
昏い隙間に溶けゆく魔人を、少女が呼び留めた。まだ、アノ魔人を帰してはいけない。
「ねぇ!お願いッ!!」
なぜなら………。少女は倒れている白い少年に寄り添う。
「まだッ、行かないでッ!!」
イマミアは、必死に懇願した。そして、動かぬ少年を引きづって……。
「ゴミを放置していかないでぇ!!!」
丁度良い謎空間に捨てようとしたが、黒革の手が〝バイバイ〟と振られて閉じるように消えて行ってしまった。
あと一歩の所まで来て、項垂れるイマミア。魔人を探る自称スーパースパイのスーが〝どんまい〟と片を叩く。
「アンタ、魔人を追わなくて良かったの?」
スーは小一時間考えた。
きっと彼女は何を考えるべきか、に大半を費やしたと思う。
その末で、人類未踏の山頂に辿り着いくかの如く、やっと思いで、彼女は〝答え〟に辿り着いた。
しかし、彼女の懸命な努力の果てに待っていた〝答え〟は余りにも残酷である。
スーの口が力なく開き、加えていた楊枝は、青い石の畳に虚しく墜ちていった。