次回『不安』
〝戒律番〟
王国アルゴメオンの英傑〝コンロン・レグナトール〟が造りし空間秘術〝水鏡天命反転陣〟その術式の守護者。
影に潜み、常に屋敷全体を監視する。
秘匿された術理に触れれば、彼らの得物が警鐘を鳴らす。
それが慈悲。
頭を垂れて退かなければ、忽ちに首が飛ぶ。
かつて、ここの使用人に誰にも傷付けられない者が居た。
金剛石の塊のような鎧を、顕現主に纏わせる守護精霊のチカラ。
かの天才、イリス・メイルヤが「オマエを〝ぎゃふん〟と言わせるには、あと一年修行が必要だり~」と言わしめた程の、至高の防御力。
四つの時に守護精霊が現れて以降、一切の傷を知らずに生きてきたその者は、傲慢にも不気味な戒律番を挑発するためだけに、一線を越えた。
そして、その者の首が、翌日晒される事となる。
それを見て以降、ポッケルガトラの中で〝戒律番〟とは、自分達を処刑の対象としか見ていないのだと、機械のように冷淡なヤツらなのだと思っていた。
雑務係なのか、よく姿を目にするオレンジ色の合羽の子も、頭を下げるて通り過ぎるだけで何もしゃべった事が無い。
役割として影である彼らに、ポッケルガトラはかつての自分を重ねる事が出来なかった。
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「いや、小生の仲間を盗ってもらっては困る」
ポンと背中から拡がった、心地い波動が、黒く沈んだポッケルガトラの精霊を活性化させる。ドンと喝を入れられれば、彼女の中から棘の根が浮き上がった魔を、命イッパイ吐き出した。自分の中身ごと、全部出てしまう錯覚に陥ったが、むしろ解放を願うポッケルガトラは勢いを止めなかった。
「おう、おう、偉いぞポケットカラカラ、よう頑張ったなぁ」
魔を吐き切ったポケッルガトラの背を、オレンジブカブカ袖が優しく摩れば、途端に彼女の衰弱していた気が整い出す。
ポッケルガトラは昨日までの自分に、ちょっと後悔をした。〝ちょっと〟になったのは言わずもがな。
「オマッ!オマオマエェ!!オレより先に美少女を助けるとはどういう了見だァア!?」
ポッケルガトラは〝世の中タナボタで溢れてんなー〟と思った。
叫ぶ着物姿の白い少年の方を向けば、何か鳥篭型の鉄檻が四本の脚を垂らしてロケットブースターで飛んでいる。
「おぉ、おぉ!この風を切る感じっ!実にィ新鮮な触識的刺激でございますぞォ!?…………あァアリガタヤァ、アリガタヤァ!」
鉄柵の中で、老獪な紳士がトリップ状態だ。
「??…コワイ……?コワイモノ?………?」
そんなんだから、ほら、アーロンに憑りついた魔獣だって困っている。
「そんでェ、ヒコ先生よォ!?あっちもイケんのかァ!?」
飛び回る鉄檻の上に仁王立ちする彼岸丸が、黒く侵食された執事を見た。
「アイロンは進み過ぎている。だから、汝次第だ五月蠅丸よ」
「何かァ、間違いのバリーェションがヘイトに傾きつつ無い?…え?気のせい?……そうか、そうだよなァ!!よしッ!ジジィは30%OFFで頑張るッ!!」
「おぉ、彼岸丸殿ぉ!アーロンはムタのチェス仲間につきィ!何卒、何卒ォ!!」
「わわッ!足場を揺らすなッ!!冗談ッ!冗談に決まってんだろォが!!
任せておけよォ!どーせオレは〝終わったものを終わらせる〟ことくれェーしか出来ねーからなァ!!」
彼岸丸は〝分離〟と声高々に、鉄檻から彼岸丸持参のガムテープでくっつけていたロケットハンマー〝スロンガトロン〟を引き剥がす。その勢いのままに、小さな背で、大きく仰け反ると、彼は翡翠の炎逆巻くハンマーを、掲げる旗のように振り回して、迫る黒い棘を皆掻き消した。
増えることも出来ず、消滅する自分の残滓を目の当たりにして、半開きだった黒い口が、ガバリッと顎が外れるくらい開く。
「あ゛ァ!コワイッ!!あ゛ッ!コワイモノ!コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイィイ!!!」
翠の火焔の狭間から、棘の魔獣を覗く紅玉。
思わず間合いの外だというのに、魔獣はアーロンに体に巻き付けた棘のランスを振り回して暴れた。
「るっせェェェェェェェェエ!!!そんなに怖ェもんが好きつーならァッ!本当の恐怖ってヤツを骨の髄まで叩きこんでやんよォオ!!!!!」
彼岸丸の赤い瞳が、世界の血罅のように輝きを放つ。
「久々にいっくぜェ!劇場型奥義今何番ッ!?〝イナ〇ジュンジが異世界に転生した件〟んんんんんんんんん!!!!!」
その場に居た誰もが〝イナ〇ジュンジ〟なるモノを知らなかったが、全員の胸に〝そのチョイスで良かったのか?〟という直観めいた不安が過ったそうな。
あぁ、嫌だな~怖いな~。




