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滅ぶ前にゃー叫ばなやめれんッ!!!  作者: シ流つっけ
レグナトール家〈中編〉
39/42

まんじゅうコワイ

 

 侵略者の黒い棘の上を、月に高く掲げられた少女の脚が、今まさに弧を描いて降ろされる。その美しき軌道を〝弓〟とし、火焔の矢が無数に伸びる棘の根元を貫いた。


 しかし、黒い根元は一つでは無い。


 少女が棘の隙間から望む、黒化した水面全体が、侵食する魔獣なのである。今も増殖を続けるそれらの境は、水鏡の星を掻き消して近づいてくる。



「こりゃタナボタッ!タナボタニカルッ!!タナボタニカルアゲインッ!!!越えてタナボタニカルクロニクルッ!!!!ふっふ~んっ!!どうするっ!?〝アーロン〟よー?」


 黒色に侵食した秘術の湖面。そこから棘の槍が幾通りにも枝分かれし、空中を舞う褐色の少女を襲う。しかし、彼女の無邪気な鼻歌は止まなかった。


 波打ち流れる緋色のスリット15℃~180℃オーバー。刹那に顕れては、烈風に隠れる赤銅色のしなやかな脚。数百メートル先の下界から、必殺の速度で四方八方から伸びてくる枝を支柱ポールに、天地無用、絡まり転じ回っては先へ先へと、火焔を放ちつつ移っていく。


「流石ですな〝ポッケルガトラ〟殿。一瞬のミスが命へ至るこの状況を、楽しまれるとは………。そいう意味でしたら、タナボタでも当たっているのかもしれません」


 舞姫に同行する執事には、完全左右対称に先端が反り立つカイゼル髭。どんな状態で躱そうとも、一部の歪み無く整う正装。老熟な齢を感じさせぬ、美しき体軸は傾こうとも曲がる事は一切無い。


「チャっちゃ華ちゃんちゃんっ!褒めたってぇモチは出ないよっ!!な~に、ポッケルはいつも生きるのに必死なだけさっ!だからいつもっ!笑って踊らにゃならぬっ!!対してアーロンこそ余裕で躱すねぇいぇいぇいぇーっ☆」


 踊る従者ポッケルガトラの伸ばされた腕はゆらゆらと、闇を愛撫する炎の如き。伴に踊る色鮮やかな装飾具は、カランコロンと木霊を奏でている。愚直な槍は、彼女の幻惑の尾びれに誘われ、空虚しか穿つことが出来なかった。



「余裕なぞ、滅相も無りません。私だって躱すのに必死なのです。違うのは、必死で〝動こう〟としているのでは無く、必死で〝動かぬ〟ようにしているということですよ」


 黒枝の足場を、絵に描いた執事アーロンは滑るように降っていく。ほとんどが体重移動の緩急によって、槍の襲撃のタイミングが外されている。正面からは半身を翻すだけで擦れ違う。そしてこの熟執事、妙なのが重力が消失したかのように、滑りながら横に直立で傾く。


「???」


「ホホッ、老いぼれは省エネを心掛けねばならぬ、というだけです。無理無駄を一切排除する。ただ、それだけの理任せの動きです」



「達人かっ!?達人なのだなっ!?ふっふ~んっ!!六星のお付き人同士でダブルスを組むとはタナボタだったがぁ悪くないっ!!!お互い良い刺激になるなっ☆」


「ホホホ、ポッケルガトラ殿にそう言って貰えると、私の功夫クンフーも報われますな。………おや?」


 棘の魔獣が侵食して進むものは、目視で何百ヘクタールとある湖だ。近くから見ればその伝染速度は怖気が奔るものだったが、広大な全体を俯瞰すれば緩やかなものであると言ええた。



 しかし、ここに来て湖の魔獣化が爆発的に加速した。そう、本当に黒く爆発したのだ。



「タナボタニカルクロニクルエターナルッ!!?」


 舌を噛み切りそうな驚嘆の声が、無秩序にして大群の棘の放射に呑まれそうになる。


 しかし寸前で黒い爆風が、大きく灰色の十字切り裂かれた。



「朧ノ修羅〝バロン〟」



 アーロンの引き締まった僧帽筋に刻印されし四芒紋。そこから這い出た四つの光の髄を芯にして、四つ腕の鎧騎士の姿が主を包むようにして顕れる。


「失敬ッ!枝もヤツの体の一部でしたので、根の根源に辿り着くまでは切り離さぬようにと思っておりましたが………」


 半透明の騎士の腕には、巨大な煙の剣が四つ。



「全然オッケー!助かったよー☆切れ端からも増えてくけど、どーせこの状況じゃ変わんないでしょ……ふっふ~んっ!!それよりこのスピードやべぇね☆とっかん、ドッカン工事でいっくよ~っ!!!」


 黒い波状が、湖の中を円環に通る太い管に迫ろうとしていた。




 〝水鏡天命反転陣〟は、理を騙す秘術によって造られた空間。円状の断崖に高く堅い砦。それを突破したところで、中に存在するのは真面な場所では無い。真に存在するのでは無く、まじないによって書き綴られた結界。


 その刻まれたオマジナイプログラムの中の一つに、『創作者が招かざる者は、どこに辿り着くまでもなく、いつの間にか〝墜ちてはならぬ断崖〟から身を投げる事』というものがある。


 この秘術空間に入れば、如何なる者も空間の一部である。当然、そのオーダーに従わざるを得ない。よってこの空間の防衛は、かのイズル国が完成する手前だった〝絶対之神〟その護国結界〝〟に匹敵するものと思われたが………。




「術式が塗潰されるとはねっ☆こりゃタナボタビヨンびよ~ん!!だわわ~!」


 修羅が吐く煙は全て刀剣を象り、アーロンが駆ける先の棘の森が、天から降り地から昇り人が真横に別つ斬撃を前に切り開かれて行く。


 やがて〝六星付き〟の二人は、根源といえるドーム状の棘の群れを突破し、黒い水面下に逆さで磔られた黒く浸った人型を発見した。



「ポッケルガトラ殿ッ!」



「オッケオッケ~☆だぁ!!


 来たれ我が祖霊っ!炎蛇〝ジウコアトル〟~!!!」



 少女の背中から、羽のように飛び出す四本のリィーヴァ


 その光の線は彼女の頭上で、大きな真円を描き、一つの巨大な蛇の目が虚空に顕れた。


 空間の裂けめの如き、不気味な黒目が磔の人型を睨むと、極小だがそこに火焔の天体が誕生した。



「アーロンっ!!トンズラッズッラァ~☆」


「御意ッ!」


 リィーヴァを仕舞ったポッケルガトラを抱え、アーロンはその守護精霊ルアクバロンが出現させる煙のつるぎを蹴り場にして、空へと飛び出す。


 先刻まで彼らが場所は、既に火球を中心とする空間毎、緋色へと飲み込む渦中に消え去っていた。渦の枠は瞬く間に拡がってゆき、根源が断たれ勢いの弱まった棘をも引き寄せて滅却の螺旋へと仕舞ってしまう。先端が、ネズミの分かち身を射出して逃れようとするが、そんな小さな質量ではとうてい振り切れるものでは無かった。



 だけれど………。


「ふっふ~んっ!流石はイリスを破った魔獣の類かなっ!?タナボタ感嘆してっとタマ獲られちまうぜぃ!!」


「ホッホ、不覚を取りましたな」


 アーロンの黒いスーツが血色に裂けている。背後で侵食された門の番人が、黒い槍を握っていた。


 ポッケルガトラを新たに出現させた煙の剣に咄嗟に投げて、単身、背後から槍で刺されたアーロン。彼らが知っている定型の魔獣に比べ、魔の濃度が極端に高いその黒は守護精霊ルアクの霊体を容易く貫通する。


 しかし歴戦の彼は、その切っ先が霊体に触れた瞬間に応じ、体を横にズラした結果、致命傷は避け脇腹を掠めただけに留まっていた。



「……ゴ………コワイ…コワ…ィ…モノ…コワ…」


 真っ黒で表情の分からぬ人型は、音を発した瞬間にはポッケルガトラが射た火焔の矢に頭を撃たれて仰け反ったが、譫言のような音は止まなかった。

 さらに、体を反った状態でボコボコと上半身を伸ばし、腕を肥大化させて二つの巨大な鎌へと変形させる。


「…コワ…コワイコワイコワイコワイコワイモノ……コワイコワイコワイコワイ怖イコワイモノ…コワイコワイコワイ恐イ畏ィコワイモノ…」


 念仏の様に唱え続け、反り伸びた半身が返ってくる。同時にアーロンの剣戟が四方から叩きつけられたが、異常に駆動する肩甲骨に振り回された巨鎌に防がれ、更にはポッケルガトラを警戒してか、棘の枝を蹴って狙いを定まれない様に移動し続けていた。



 ポッケルガトラにとって厄介だったのは、相手が足場として出現させる枝もヤツの分身。湖面に落ちる前に焼失させねばならぬ事だった。


「これは……学習しているというのでしょうか…?」


 煙によって様々な形状の刀剣を生成し、それらを四つの腕で操る多様複雑なアーロンの剣筋を、荒々しく間接を無視した人外の動きで捌き切るカマキリの魔獣。それは棘の森を拓く際に、アーロンの剣戟を分身体に受けている。


「あぁ!こいつタナボタ級の嫌がらせの天才だぁ!!ポッケルが動いても、アーロンの影に隠れて、おまけにクソみたいに枝を捨ててきやがる~!!うっとうし~!!!」


「恐ろしいですねェ…怖いもの……脅威を学ぶとは、人に憑いて覚えたのか…それとも……」



「アァ……コワイコワイ…コワイモノ…タリッタリナイ…コワイコワイタリナイ…モノタリナイコワイコワイナイモノ…」


 縦横無尽に黒い鎌が薙ぎ回される中、新たに伸びた背と腹からも漆黒の鎌が生えてきた。四つの鎌に、煙の剣が全て抑えられ動きを封じられるアーロン。その眼前で異形の前屈みになった魔獣の口が開き、棘の槍の切っ先が向けられた。


「おぉ、それは中々怖いですなぁ……しかしお忘れか…?」


 槍が放たれる寸前で、魔獣の身体がバラバラに切裂かれた。



「当方の剣は所詮、煙でございます故」



 アーロンが後ろに跳ぶ



 ポッケルガトラの炎蛇の目が開く



 終焉を願いに



 今一度、極小の太陽が誕生した。





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