異世界に転生したしラスボスっぽい事をやってみた件
とある祭壇に、色の無い皿に乗ったイチジクの葉。
無音の細波が定刻を告げると、オレンジの合羽を被った少年が皿の上に火を灯す。
瞬く間に、火はイチジクの葉に絡み付き、盛んに焔を上げて消えてゆく。黒い残骸の点滅。
橙色の点が消えると同時に、祭壇は完全に闇へ包まれ……光景が反転する。
すると、銀の装飾が、直方体の線を描き部屋が現れる。部屋の真ん中には、緋色のクロスが敷かれた長机が流れ込む。
そしてその机に〝夜会〟の主役である〝ゲニウスの六兄弟〟達が、長兄アレンを上座にして現れた。
まるで、先程までとは別の場所へと転じたかのように、その場には既に祭壇も〝戒律番〟の少年の姿も無い。
「………皆…悪かったな……」
この会はいつも、白シャツの神童の謝罪から始まる。
「アレン兄さんは何も悪く無いよ。イリスが油断しただけだろ?」
黒髪、黒目の額縁眼鏡、四男マキトが言った。
「まぁ、イリスは守護精霊頼みなトコがあったかんなァー……。……日々鍛錬する者から言やァ、自業自得ってとこだわなー………」
赤髪の長女アギトも、力なくそう言った。
「残念―!遺体が綺麗だったらー、燃やす前に私がお化粧してあげたのになー。まぁ死んじゃったのはしょうがないよ。次の子どうするー?緊急性考えたら私のトコにツバキを戻して、私のトコのタルタルをお兄様に異動するべきよねー?」
ゆるふわウエーブな次女、ヴィネーラはマイペースにそう言う。
「そうねー。イリスちゃんとは色々お付き合いがあって残念だけれど、早急に色々と決めてかなきゃいけないわねー」
黒い十字の帯で留められたのっぺらな仮面。三男ヌルは〝進行よろしく~〟と次男カロンドアに振った。
「ヌルの言う通り。我々には使命があるんでねー。可哀想だけど一々使用人の死に構ってられない。それは、使用人も全員分かっている事だ」
ボサボサ頭のカロンドアは、アレンを見て言った。
「今回の議事は三つ。まず、新種の魔獣について。次に、六星付きの次期筆頭について。最後にアレンにぃの直属を誰にするか、だ」
見据えられたアレンは、自分を恥じた。
ヌルやカロの言う通りだった。自分は心のどこかで、イリスが居なくなった心の穴を、親しい兄弟たちとなら慰め合えるのではなおかと思っていた。別に特別なことがしたかった訳ではない。ただ、ルーゴとの会話のように、イリスの思い出話を誰かとしたかった。それで、少し心が和らいだのだ。
しかし、それは甘えでしか無いのだと思った。心が引きづられるような感じで仕方がなかったが、それはきっとアギトやヌルも耐えているのだ。その上で、前に進もうとしているのだ。悲しみに暮れて立ち止まるなど、イリス自身も望んでいないと。
「最初の議題については、参考人を呼んでいる。実質、新種の魔獣を一人で片付けた彼岸丸君だ。彼の招集に反対のある者はー………よし、いないな。では、参考人、ここに現れよ………」
天井に描かれた月が開けば、新たにここに一人転送されてくる。
アレンはその間に目を閉じた。自分では不相応ながら、長兄の地位に収めてもらっている。いつかは、無能な自分なぞこの地位を明け渡す事になるだろうが、それまではこの座を守らねばならない。弱い自分の心の痛みなぞ無視して、冷静に、威厳を持ってここに君臨していなければならぬのだ。
そう、固く決意し、目を再び開けたアレンは、目の前の光景に思わず口もポカンと開けてしまった。
「何の真似だテメェ?」
アギトの声が火焔の様に熱を帯びている。そりゃそうだ……だって目の前に現れて不敵に笑う少年の姿は………。
「え~、私の祖国には〝モノマネ〟という芸がありまして~、テキトーに由縁を語りますと恐山のイタコさんから始まり、最近ではソックリそのままばかりでは無く、本人の特徴を誇張して表現するモノもございます」
活発そうなポニーテールに特注ミニスカメイド服。最も後ろの席から、不躾にも朱きテーブルに乗り上がる。
「それではマグロのお客様方、今宵は桜丸彼岸丸のモノマネディナーショーかっこ乱入大歓迎かっことじ………」
不謹慎にもこの少年は、死んだ者の姿で、挙句の果てに………。
「楽しんでってくれよなっ!?」
死者と瓜二つの声で語り掛けてきた。
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カロンドアが片手で頭を抱え、ヌルが〝あらまぁ〟とこぼす。
ヴィネーラとマキトはそれぞれ対極の基準で、その様子を傍観している。
アギトは怒りに堪え切れず、彼岸丸が立つテーブルの上に自らも上がっていた。
「もう一度聞くぞォ?ソイツは何の真似だァア?」
「あれれー?もう忘れちゃったのかい?ボクは、みんなの事を一時も忘れた事無いのに酷いんじゃ、ないっかいっ?
だけど、ここは敢えて名乗ろ~!!ボクはイリス・メイルヤ!アレン坊ちゃんを守る、あるてぃめっとヒーローさっ!!!」
くるっと回って、決めポーズ。それが何もかも、塞ぎこんだハズの記憶と一致するものだから、アギトの頭は灼熱で狂った。
「テメェェェェェェェェェェェエ!!!」
有りっ丈の殺意と髄を右手に込めて、赤き霊体の爪が彼岸丸を覆う。
しかし、その巨大な五爪は彼には届かず、白龍の雲に遮られていた。
「………は?」
顕現した守護精霊〝雲竜ソルギララ〟。在り得ぬ手段で攻撃を防がれたアギトは、赤い隻眼を見開いて、交互に雲竜と彼岸丸を見比べる。
「アギト様ってさー、私がソルちゃんに頼りっぱなしだと思ってるでしょー。そこでっ!そこでー!!今日は、ボクの秘密特訓の成果を見せてあげるねー」
彼岸丸がそう言うと、雲竜が彼の中に引っ込んでいく。抑えを失った爪が動き出すよりも早く、彼岸丸は深い伸脚の姿勢で屈み躱す。そしてそのまま、伸ばした脚でテーブルの上を薙ぎ、前のめるアギトを転がした。
所詮存在自体が在っても無いテーブルだ。必要に応じて距離は拡がり、特に席につく者たちは動じる事無く観ていた。
「何だッ?何なんだテメェ!?」
転がる勢いを活かして、振向き立ち上がるアギト。その混乱する赤が映したのは、白炎の剣を手にする生き写し。
「知ってたかいっ?ツバキししょー直伝の〝鎮魂〟は術者の身体能力を上げるだけじゃないっ!!守護精霊の能力を、より深く操作する事が出来るのさっ!」
錯覚、騙しの絵のように、距離が大きく開いていくテーブルの間合いを、一瞬で詰める白い剣士。
自動防御で、全体が出た赤き武獣。前に掲げた左腕が白き刃に斬り裂かれる。武獣はお構い無しに右腕の爪で反撃するが、相手は転じつつの刃で爪を受け流す。
武獣の捨て身の強襲から、いとも簡単に態勢を直した白き剣士。その後一寸の間もなく繰り出す赤き暴風を、全て華麗に撥ね退けられ、堪らずに武獣は後ろへ跳んだ。
「ソルちゃんってさー。器のでかい子だから狭いトコって苦手なんだよねー!!でもこれならイケイケでしょー!?」
本来、霊体でしか無い守護精霊の体は、切り裂かれようが、吹き飛ばされようが即座に再生する。しかし、武獣の傷跡には白炎が残り、再生を阻害されていた。
「さらにっ!こんなことも出来っちゃたりしてー!!」
アギトから離れたその場で、白い剣士が白炎を振るう。するとその軌道上に、弧状に並ぶ同型の剣が五本現れた。
「いっくぞー!!!」
宙で待機していた白炎の五本が、一斉にアギト向けて射出される。
「アがァ!?」
方然としていたアギトは、後ろの壁へと磔にされてしまう。
「安心しなっ!拘束はしても、人は傷付けないのがソルちゃんクオリティ~!!」
「恐れ入ったわぁ~……まさに〝魂を降ろした〟みたいねー」
ヌルが拍手を送って言った。
「〝情報を降ろした〟ってのが正しいかなー?」
白い影は、手持ち無沙汰に剣をクルクル回す。
「そう、そっちでは魂の存在は否定されてるのね………」
十字に封じられた白い仮面は、それ以上何も言わない。
「ヌル様は相変わらず、何考えてんだか分かんないやー」
そう言って、アギトに近づく白い影。
「守護精霊の力を体経由で流して、要る部分だけを顕現させてんの……それって〝鎮魂〟の練習だったんだろ?」
白炎の剣が貫通し項垂れているアギトまで、雲の足場で昇ってゆく。
「………あのね?本当はこれ、アギト様も〝鎮魂〟が使えるようになったら、お披露目しようと思ってたんだ……」
白き手が、赤髪を優しく撫でる。
「アギト様ってバトルマニアだからさー!同じ領域で戦える人が多いと嬉しいでしょっ?」
そして、その腕で彼女を抱き寄せると………。
「なのにゴメンねー。先に逝っちゃってさー。……まぁ天才って短命って言うしー、仕方がないかなぁー!!」
燃えるような赤に染まった、アギト自身の拳が、白い影の顔を潰した。
「紛い物の口で、それを言うんじゃねェ………」
今一度、テーブルまで叩きつけられ、戻される白い影。
自身を磔ていた、五本の剣を赤く潰したアギトも再び、空間自在なテーブルの上へ降り立った。
「へぇー出来るようになったね?」
いつも熾烈だった赤髪の少女は、今は静かに、武獣の気配も感じさせず、その一つの目で白い影を睨んでいた。
「あァ、偽物ヤローのお陰でな………」
赤く染まった脚で地を蹴れば、瞬く間に敵は己の圏内に。しかし、それは相手も同じ事。顔目掛けて放った拳は、自ら後ろに倒れる白い影に捕まれ、そのまま後方へ投げられる。
アギトは頭を地に打ち付けられる前に、丸まって転じ、無事足を着けると同時、空気で感じた斬撃を躱す。赤く硬化した肘で、返し手の軌道を逸らし、半転して相手の懐に潜り、その肘を撃った。
しかし、白い影は半転したアギトに合わせて半身を前に出していた。お互いの位置が入れ替わっただけである。そのまま連続する攻防は途絶える事無く、天を自在に駆る竜如き白い剣戟と、地を蹴り臥せ最短最速で繰り出される赤き閃光とが、火花を散らし続けた。
「心外だなー!ここまで完璧なボクの情報を、ボクのニセモノ扱いかい?」
斬撃の跡に五本の剣を展開して、白い影が振り向きざまに六本同時の一筋を放つ。その威力にアギトは後ろへと飛ばされ。反動で白い影も、後ろへ距離をとった。そして、白い影は改めて剣を、真っすぐに切っ先をアギトに向けて並べる。
「ハッ、変な間違い探しやらせやがって……お陰でアイツとの色んな出来事…思い出しちまったじゃねェか」
自分に不利な遠距離戦。けれどアギトは愉快そうに笑って、その場で、準備運動のようにトーン、トーンと弾んだ。
「へぇー?間違いねー?それじゃー、答えを聞いてみようかー?」
赤い髪が、宙に預けられた瞬間を狙い、鋭き白炎の一本目が撃たれる。
アギトは赤い拳で剣先を掴み、着地する頃には握り潰してみせた。
「簡単な事だ、イリスは〝生き返らない〟」
白い影がニカっと笑う。
「テメェの言う通りだった。イリスは誰も忘れた事が無い」
また、トーンと浮いたアギトの姿が消えた。彼女は守護精霊の能力で、何も無い宙を蹴ったのだ。さらにそれを蹴れば、その速度は地面を蹴った時の十倍になる。
「死んでったヤツの誰だって忘れなかった」
当然、相手がイリスの情報を知っているなら、そのことは分かるだろう。だから先んじて剣は放たれている。しかし〝鎮魂〟で操作性の上がった今では、アギトはその最中直ぐに、別方向へ蹴りハねる事が出来た。
「死ぬ奴がいりゃァ、全力で泣いて、一晩中そいつとの思い出、全部語り尽くしてやがったっ!!」
全ての白炎投擲を回避し、急角度で白い影に踵落としを見舞う。しかし、それは読まれていた。最後、白い影自ら手にする剣でそれを受けられた。
だが、それで終わりでは無い。強い力がぶつかった反動を利用し、アギトは小さく丸まり後ろに宙返りした。そして今一度宙を、全力で蹴り飛ばし、赤き拳を防ごうと応じる白炎の剣目掛けて突き出した。
「そんで朝が来ると笑うんだ。死んだ奴の大事なモンは、生きた奴に継がれてくってなっ!!」
か細い、少女の赤腕が、とうとう白き剣を砕いた。
「だから、ありがとな亡霊っ!!安心して消えていけっ!私はきちんとイリスを覚え続けようっ!!私はイリスの想いと一緒に生き続けてやるっ!!!」
そのまま、アギトの勢いは止まらず、白い影は極小の秘術空間を突き破り、どこかへと消えていった。
「アギトちゃん……成長したわね………」
ヌルはハンカチで、仮面の目の辺りを拭う。
「あの~。良い感じのトコ、申し訳ねーんですけどねー……。魔獣の情報……聞けてねーんですわー」
カロンドアが恐る恐る手を挙げる。
元のサイズに戻ったテーブル。
その上に突っ立っていたアギトは、汗だくで言い訳を考えていたそうな。
「………いや、いい」
アレンが、口を開いた。
「エヌワによると、彼はオレに用事があったそうだ。自分も、素の彼の話が聞きたい」
「いや、しかし彼が居るのはイマミアの………」
アレンが初めて、カロンドアを制した。
「それに、今回決めようと思う事がある。使用人も含めてみんな、イリスにきちんと別れを告げれた方が良いと思うんだ」
アレンは初めて、真っすぐに兄弟達を見た。
「そうじゃなきゃ、何も噛み合わないまま、事だけが前に進んでいってしまう。何も止める訳ではない。ほんの少し時間を設けるだけでいい………ダメかな………?」
最後まで言うと、また力を失ったように目が下に逸れていってしまった。
「フフっ、アレンちゃんが初めて提案した件が、自分の付き人の葬儀だなんてっ!いいんじゃないかしら?その代わりに私の可愛いボーイ達が散った日には、とっても派手な見送りをさせてちょうだいね?」
「別に、それで使用人の仕事の効率が戻るなら、反対する気はないよ」
「えー。なんか葬儀って湿っぽいイメージで美しく………いや、私がプロデュースすれば新たな〝儚な美しさ〟の表現に至れるかもっ!?」
「やるっ」
「え~そんじゃ……まぁ、反対0という事で、アレンにぃの提案を可決としますかー」