内緒のお稽古
モノノ怪〝オシラサマ〟
それは風の子通る洞窟の奥にずっと居る。
ミアは暗闇の中で手さぐりに、その見えぬ繭の糸を摘まむと、スルスルという音も無く、来た道を戻っていった。
夜明かりの外に出ると、洞窟から揺蕩って透きとおる一本の糸。それが月光に晒せれて銀の色を得ていく。
洞窟から4メートル離れた場所に、糸巻機を置いている。ミアは糸をそこに繋げると、サラサラという音も無く、必要な分だけ巻き取り始めた。
透明から、やがて白く楚々に風に揺れて輝く絹糸。
その横で、どこからともなくやってきた白いバカがクルクル回り始める。さらにあろうことか、いつものヴィクトリアンなメイド服では無く、コスプレちっくなミニスカメイドの姿でだ。
「キモ……あ、ごめんなさい。大変気持ち悪いんですが………」
「丁寧にされるとダメージバフが掛かるだとォッ!?」
並ぶ絹にも勝る素体の良さと、小さな子供という事もあり見るに堪えない姿では無いが、何しろその彼岸丸の悪人面が合っていない。
「邪魔しないでもらえますか?」
アレ以来、明らかに距離をとろうとするミア。
「あの洞窟の中、真っ暗なんだろっ?しかもその糸だって月に照らすまで、五感で感知できねェ……よく迷わずに持ってこれるもんだな」
メンタルのギリギリ境界線を踏ん張る彼岸丸。
「何の確認ですか?分かっているのでしょう………」
淡々と、糸の束が白銀に厚みを増していく。
「あァ、そうだ。オマエには千里眼があるんだったなァ」
〝とは言っても、自由自在に使える様じゃなさそうだがな…〟とぼやきつつ、彼岸丸は何の用意なのか準備運動を始めた。
「そうですね。自由に使えるなら〝アナタを観測してしまった〟なんて過ち、しなかったでしょうね」
伸脚をしていた彼岸丸が、突然尻から倒れていった。
「………オマエ?覚えてたのか……?」
倒れた彼岸丸の上には星の空。しかし、どれだけ満天の星だろうが、彼の記憶に刻み込まれた星はどこにも無い。なぜなら………。
「その〝紅〟を忘れる訳がないでしょう。
………。私は一度、アノ悪夢よりずっと遠い………〝事象の果て〟と呼ぶならここなんだなって…場所を観ています。
私は星を覗くように……アナタには私の観測点が、まるで星のように見えた事でしょう」
〝愚かにも私は、そこで終わる筈だった存在を、この眼で見留めてしまった〟
「それが、私とアナタの〝縁〟です。
確かに、アナタが今ココに在るのは私の責です。
なので…責任は取ろうと思います………」
「責任ってオマエなァ、オレがココに居んのはオレの勝手だッ!オレはココで好きに生きて好きに死んでくッ!!それがセカンドライフッ!!!異世界転生ってもんだッ!!!!」
「……………」
ミアはそれ以上何も言わなかった。彼自身は〝自分について〟どこまで理解しているのかが、分からなかったからだ。ミアにだって全貌が見通せた訳では無い。ただ彼の主張は、どこまでいっても真実とは食い違う。ミアは一度だけ、糸から草むらに寝転がる少年に目を向けたが、また直ぐに目を逸らした。
「そうだッ!!時間がねェんだったッ!!!」
彼岸丸が突然跳び起きるものだから、逸らした目がまた戻ってしまった。
「何ッ!?なんなの!?」
彼岸丸がその場で側転をする。彼がスパッツを履いていたことがミアの救いだった。
「ミア様の御力で、仮にここに、イリスが居たとシュミレートしてくれッ!オレは今から好き放題動き回るから、少しでもシュミレートとズレるトコがあればバンバン指摘してくれよッ!!」
「はぁ!?」
いきなりの要求、もとい無茶振りに思わずミアも素が引きづられる。
そんなのお構いなく、彼岸丸は地面に両手を着ける。
すると、どっかの世界の錬金術でもやらんばかりに、地の底から紅い脈動が円環に光った。
彼岸丸は元気いっぱいに唱える。
ミアはどう聞いても別人の声に聞こえた。
「とぉ~ておきッ!イっくぜぇ~!!
〝我在ル限リ未ダ果テハ成ラズ
:<ruach>雲竜ソルギララ</ruach>〟!!!」
声変わりした彼岸丸は、フワモコの霊体を纏い、八重歯を見せつけるように陽気に笑っていた。