ハラスメンタリー大戦
「しっかしよォー、そうだとすりゃいいのかよ?手伝ってもらって何だけどよォ、今日は休んでた方がいいんじゃねェの?」
アリスの指示通り、黒い腐葉土を掃っていくと、まだ芽を出す前の草スライムと目が合う。
「え?何かやってた方が辛くねェって?……葬儀とかねェもんなの?」
彼岸丸は、ゆっくり〝抜き手〟という手刀の差し手でスライムの額(?)を貫き、勢いよく地面から引っこ抜いた。
「使用人は自らを道具と思うべしって?なんじゃそりゃァ?」
スライムは強い衝撃を与えると固まる性質がある。だから、刺す時は弱く、抜く時は強くするのがコツだ。
「使用人は、元々生きる場所の無い人間の集まり?十分幸せ?……はァ!?」
地表に引きづり出されたスライム達は、スーとアリスが白い球体を半分に割ったカプセルに入れていく。この白い球体は積んだら、木々の上を彼岸丸が玉乗りしていくらしい。
「うんなもんッ、ご主人様引っ張叩いてやれェ!!」
アリスは頭が外れるんじゃないかという程、全力で首を横に振った。〝というか何故、私の言いたいことが分かるんだろう?〟と、何とか落ちなかった首を傾ける.
「あ゛ん!?オレほどの男であれば、美少女の心の内なんて全てお見通しよォ!」
有りもしないハッタリの視線を向けられて、アリスは慌てて腕で胸を隠した。
「ハハハッ、無駄無駄ァア!読める読めるぞォ、オマエの心の奥底の秘密がなァ~!」
半球の上に飛び乗った彼岸丸が、二人を見下ろした。するとスーが突然、彼岸丸の前に跪く。
「……流石は彼岸丸様……そのお力を以ってこの娘に………どんなムッツリ願望があるのか…お暴きください…」
〝何懇願してるのこの娘!?〟と慌てふためくアリス。しかし無惨にも、仰ぐスーの額に草スライムの亜種〝タケノコスライム〟がブっ刺さる。
「貴様……オレに命令したな?」
彼岸丸がせっかく積んだスライムの一つを投げたのだ。アリスは止めて欲しい。
「も……申し訳ございませんッ!……しかし…そのお力があれば……」
〝うむぅ!〟とスーがくぐもった悲鳴をあげる。今度は彼女の△に開いた口に、これまた草スライムの亜種〝キノコスライム〟が押し込められたのだ。
「貴様……オレに意見するのか?」
更に彼岸丸は、草スライムの進化系〝ヒモキュースライム〟でスーを縛って吊るしあげる。口が塞がって何も言えない、苦悶に赤面のスーだったが………。
「貴様……今〝カツ丼食べたい〟と思ったな?」
アリスが思ったより呑気そうである。
〝……うぐっ…うむぅう~……ん~…んむぅ~……〟と喘ぐスーを横目に、アリスは早くこのセクハラ会議が終わらないものかと、切に願っていた。
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午後からの仕事は〝パイプ掃除〟というものだった。
秘術空間〝水鏡天命反転陣〟にはエネルギーを循環させる為の巨大な管が、その水鏡の底に一周してる。これを〝大無限〟。各々の島の地中を一周しているのが〝小無限〟と呼んでいる。
そして、このエネルギー循環でどうしても避けられないのが〝ヨドミ〟という障害だった。
〝 ヨドミ〟は管の中に発生する、蛇型の魔獣モドキである。モドキというのは〝ヨドミ〟は魔獣の様に黒くなく、液晶の砂嵐如きモノが蛇の形になって人を襲ってくるという、別物なのかどうかも分からね曖昧さから、そう説明されている。
つまり、その〝ヨドミ〟を排除する事が〝パイプ掃除〟という事となる。
大無限の中に入る為には、設備管理を請け負っている〝風のトウ〟から転送されねば入れない。よって〝六星付き〟以外の使用人達は、このタイミングで集結する事となる。
「全員揃った様だなッ!?」
本来であれば、流れ作業的に持ち場へと送られる使用人たちであったが、本日はそうはいかなかった。筋骨隆々な大男の執事が、特設の舞台に立って一同を出迎えた。
「それではッ!〝六星付き〟筆頭の我、トマス・アディノルフィが〝偉大なご子息様〟方を代理しこの集会を執り行うッ!!」
〝ゲニウスの六兄弟〟専属使用人〝六星付き〟の筆頭はイリスであった。その後釜が自分であると言う発言に〝なぜ『フッキ』では無いのだ!?〟〝どこでそんな事決まったのか?〟疑問の声や、嘲笑が湧いて出てくる。
「黙れッ!貴様らに意見なぞ不要な事であるッ!!…我が出向いて正解だったッ!!貴様らは尊大なる主デュヒロー様の恩寵が、あろうことか身に余り過ぎている様だ………。誠に嘆かわしい……いいか!?その平和ボケの腐敗した脳ミソをかっぽじってよく聞けッ!!」
トマスが演説台を叩くと、木製のソレは弾けとんだ。
「なんだァ?あの台パン、ゴリラ野郎はァ?バナナ足りてねェんじゃねー?」
今にも飛び出さんばかりに、肩を回し始める彼岸丸。
「…………っ?…」
後ろに並んでいるアリスは、何だか彼岸丸の腕が回る度に、肩との接続部分がズレてっている様に見えて仕方がない。
「……あのゴリな姿は……呪い………本当は…美少女……」
「マジかッ!?何か大人しく話を聞いても良い気がしてきたッ!!」
スーさんにとって、彼岸丸の扱いなぞお手の物。
「貴様らは弛んでいるッ!!!」
「う~ん…校長系美少女……?………いやッ!風紀委員長系だッ!!それだッ!!それなら耐えられるッ!!!」
アリスは、ツバキから彼岸丸の体は脆くなっているから、注意が必要と聞いていた。その時、彼女は何の事だか分からなかったが………。
「貴様らは自分たちが〝道具〟である事の自覚が薄くなっているッ!!」
アリスは、目の前のぶらんと垂れ下がった彼岸丸の左腕が、気になって仕方がない。
「忘れたかッ!!この地の真の目的をッ!我らは偉大なるコンロン様から続きし〝悲願〟を達成するための道具だッ!!!その為に消えゆく命を救われこの場に居るのだッ!!」
アリスの顔から汗が一筋垂れ流れる。ほんの僅かに、ずっと目を凝らしていないと気付かないレベルで、彼の腕が下がっている。
「それを、目だったヤツ一人死んだぐらいで、引き摺りおってッ!!何様だッ!!!使命を思い出せッ!仲間が逝ったのであれば、その分働けッ!!それが志を共にしたッ!同志への手向けとならんと何故分からんッ!!!」
ジリジリと……画像が引き延ばされていくように……白い腕が………。
「……彼岸丸………」
「分かってんよスーさん。誰も校長の話なんてェ、真面目に聞きゃせんわ」
「よってッ!今後〝イリス・メイルヤ〟に関する発言は、規律を乱す行為としてペナルティを課するッ!!!」
「あ゛!?」
ボトリと彼岸丸の左腕が落ちた。
「…ッ!!………ぁ……ぁ………ぁの…」
アリスは自分の手を、彼岸丸向けてパタパタさせ、もう片手で落ちた腕をあたふたと指さす。でも、そんな事したって前に居る人は気付かない。
「忘れてやれッ!!それが同じ道具として生きた彼女の〝望み〟に違いないッ!!!なお、今回諸君らにペナルティの内容が分かり易くなるよう〝悪い見本〟を用意したッ!!」
舞台に二名の執事が、見るも無残な痣塗れの状態で転がされる。
アリスが、勇気を振り絞って彼岸丸に指ちょんちょんする。しかし、その指は空振り既にそこに彼は居なかった。………腕だけ残して。
「コイツ等は、在ろうことか己の務めを放棄し〝私怨〟などという道具に必要ない感情に狂って、イタズラに魔獣と交戦した者だ………頭が冷えるまで、魔獣共々岩山に叩きつけてやったのだ。そう、反省するまで何度でもなッ!!」
高笑いするトマス。
突如、
そんな彼の眼前に飛び込んで来た、女装メイドの飛び蹴り。
しかし、彼はその野太い片手で掴んで止める。
「……何だ貴様は?」
「PTA代表ォ!桜丸彼岸丸だァア!!モンスターなめんなよォ校長センセ―よォオ!!!」
アリスが腕と、飛び出していった彼岸丸を、交互に見比べオロオロと………。
彼はまだ、自分が隻腕だと知らない。