記憶の国の迷子ちゃん
「……絶対、タイミング間違えたァ………」
もう朝となったが、彼岸丸は一向に穴から出てこない。
「何であんなトコで告っかなー………」
ツバキやスー扱いが異なり、ミアの小屋に入れてもらえない彼岸丸は、大樹の根元のホームレス。
「……そこはもっと…こォ…なんつーか、貴族共の非道で卑劣な罠を共に潜り抜けたり………無理難題に命を懸けて共に挑んだりして……極限状態で魂がぶつかり合っていく中で…意気が合っていってェ………」
そんなジメジメの横で、ツギハギだらけのペストマスクを着けた丸く小さな鳥が、池から一列になって、苔の上を駆けてゆく。
「はァ……調子でねェー………」
「……調子の如何に依らず………仕事…ある……」
スーが彼岸丸のケツを蹴った。〝フゲ…〟とくぐもった音が漏れてくだけで、バカは根の中でいつまでも蠢き続けている。
「なんだよォー……転生してもブラックな件かよー………」
などと供述しており、一向に動く気配がない。
「……らしくもない……いつもの…〝シゴトタノシーシゴトタノシー〟…と歓喜する……彼岸丸…どこ……?」
「………。あれ?オレってば違う世界線来ちゃった……?」
「……ねェ?…アリスちゃん………」
黒くうずくまっている彼岸丸の背後で、スーが誰かに話を振っている。
「……え?誰?アリスちゃん?……絶対名前的にモブじゃないじゃん?」
「……彼岸丸…変なの………アリスちゃん…いつも……一緒………」
「???」
スーが淡々と語る。
「……ミアの危機を救ったのも………地下帝国を勝ち上がったのも………ロブスターに勝ったのも……そして、変な魔獣もアリスちゃん……いなかったら…絶対無理………」
猫みたいに丸まって収まっている、彼岸丸の背がゾワゾワ波立った。
「怖ッ!……これどっち!?記憶操作なのッ!?平行世界なのッ!?」
「……フフ……何を訳の分からぬことを………」
スーはやれやれと手の平を挙げるが、一向にアリスとやらの声はしない。
「………。あー…分かったぜェ、スーさんアンタはオレを嵌めようとしてやがる……オレが気になって出てくると思ってやがるんだ。……どーせ〝アリスちゃん〟なんてイマジナリーか、そこら辺の動物ってオチなんだろォ?」
「……いいの?…そんなこと言って………アリスちゃん……スーパーシャイな……スーパー美少女……だせ…?」
〝美少女〟というワードに、彼岸丸のアンテナがビビッと反応する。
「はッ!なめんなァ!!このパターンはベタベタ過ぎるぜェ!!!どォーせ期待して振り返ったとこで、居るのはバナナ頬張るメスゴリラってオチだろォ!!?」
バッカ―ンっと
そう言いつつも、どっぷり釣られた彼岸丸は根から飛び出てきた。
爆ぜ飛ぶ黒い樹片。空中で細く捻れて………。
〝さァご対面だぜ〝オチ〟さんよォ!オレのズッコケとくと魅やがれェ!!〟
一気に大の字になって振り返る、彼岸丸の紅玉に映ったのは………。
無言で驚愕している、小動物系美少女メイドだった。
普通に可愛い。
そんなんだから、彼岸丸はそれ以上何もすることが出来ず、普通に彼女たちの目の前で着地してしまった。彼岸丸がポカンとした表情で、アリスに近づく。彼女は人見知りし過ぎて、目が赤くうるうるになっている。
彼岸丸は〝そんなぷるぷるしててどう使用人やってくんだ?〟という感じのメイドの目の前で、堪らず両の手を挙げた。
突然挙げられた手に怯え、必死に目を瞑るアリス。ちょっと涙が零れている。
もう、そうなんだから、彼岸丸のヒロイズムは堪ったもんじゃない。
彼岸丸が勢いよく手を振り下ろすと、その両方を地面に叩き着けた。
「全部貴女様のお陰でしたァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!」
その土下座は、圧倒的な主人公枠の全面降伏だった。
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屋敷から出て、黒き森へ。
「いやー、ほんとあの時アリスちゃんが居なかったら、オレ死んでたわー。あの技〝総テハ双魚ノ輪ノ内ニ〟だったけか?事象全ての〝範囲〟を支配されちゃ誰も叶わんぜェー」
「し…(初対面ですよね?)…しょ~…(初対面ですよね?)……」
ツバキは寝込んでしまったミアを看病するため、アリスを呼んだのだが………。
「……スー…アリスの〝歌ヲ失イシ水泡ノ末路〟の方が…恐ろしい………」
「な…(さっきから何ですかそれ!?)…ん~…(私の方が恐ろしいのですが!?)……」
馴れ馴れしいどころか、過去を改竄せんばかりの虚構の応酬が両サイドから。なんだこれは、新手のハラスメントなのか?パラハラなのか?亜麻色の髪の乙女は右に左にくるくると怯えていた。
「しかし最も恐ろしいのは、所詮それらの技なぞ108個存在する〝アリス・スキル〟の中でも最弱の部類でしかない……という事だ」
「も…(盛りすぎですッ!)…りぃ…(私はパワーインフレの成れの果てですか!?)」
「……それだけに…覚醒した勇者に……一撃…やられたの………ビックリ…桃ノ木…」
「か…(噛ませ犬だったぁぁ!!)…まぁ…(想像上の私めっちゃ噛ませ犬でしたぁあ!!)」
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「なるほど。一応〝金のトウ〟の所属ではあるけど、遠慮(特に言葉)してたらどこの配置にも入れず余まりになって、いつも一人でスライムを捕まえていたと……」
アリスが首を縦にブンブンふる。そして、アリスは先頭に逃げるかのように小走りで〝こっちこっち〟と彼岸丸達を誘導した。彼女が一人で見つけた狩場があるのだろう。
「……イリス様って本当に死んじゃったのかな…?」
「…何か未だに信じられないよね……そこの木から〝ドッキリでしたー!!〟って飛び出て来たりして………」
道中で、木の陰から他の使用人たちの雑談が聞こえてくる。
「何だ!?手が止まってるぞッ!」
「……うぅずみまぜん…仕事に集中じだいのに……集中じだいのに……」
「ふ………静かな場所が好ましかったハズなのだが……競う相手を失うと言うのは、どうしてこう……」
「ワンさん、いつも遊ばれてただけっスよね?」
「あ゛あ゛あ゛~!!!魔獣共はどこだァア!!!駆逐してやるぞッ!!!」
「がァァァァァァア!!血祭だァァァァァァァァア!!!」
「……二名離脱……アイツらどうします?エヌワさん」
「……無理に連れ戻すな…他のヤツらにまで伝播されたら堪ったもんじゃない………感情なんかに翻弄されやがって………アッチはオルカに任せる。アイツらがヤバくなったら信号弾で知らせろ」
「………」
「………」
「………」
「なァ、アリスもイリスと仲良かったのか?」
アリスが頷いてから編み物のジェスチャーをする。
「……趣味……一緒だったの…?」
アリスが〝それは自分〟と指さし〝イリスはいっぱい〟と両腕を大きく回し、彼女が多趣味であることを表した。
彼岸丸とスーは、しゃべるよりそっちの方が恥ずかしいんじゃ無いかと心配になったが、当の本人が理解してあげると嬉しそうなのがあざと可愛くて、何も言わなかった。
「そんで、所属関係なしに人気もんなんかよ」
アリスが〝それだけじゃ無いよ!〟と人差し指を立てる。そして一向に膨らまない力こぶを見せた。
「強くて……」
※特別通訳:スー・ジェノ・フー氏
アリスがピッカーンと跳ねた。何度も。
「いつも明るくて……」
アリスがスーの頭を撫でる。
「優しくて……」
そして
唐突に息を合わせアリスとスーはエアーマイクを片手に、左右対称でピースウィンク。
「イリスは……みんなのアイドルだったの………☆」
安定のポーカーフェイスで決めるスーに対し、一秒後には湯気を噴き出すアリス。
彼岸丸は無言で、自分にお湯が沸くほど赤くなるアリスに近寄り。
〝いいもの拝見させていただきました〟と札束を献上したそうな。