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滅ぶ前にゃー叫ばなやめれんッ!!!  作者: シ流つっけ
レグナトール家〈前編〉
28/42

我こそは〝常連十客〟が一人…


 銀の砂丘〝月のトウ〟。


 その中心に佇む巨大な寮は、シンプルだが隆々としいて、見る者を圧倒する円柱群から出来ている。

 その地を治めるは、アレン・レグナトール。


 レグナトール家当主デュヒローと、その子供たちが暮らすこの〝水鏡天命反転陣〟。六つの島、それぞれの地を〝ゲニウスの六兄弟〟が統治している。


 アレンは世界各地に広く散るデュヒローの子。その中から選ばれた40人から、更に選りすぐられた〝ゲニウスの六兄弟〟。そして、その頂点たる〝長兄〟の続柄を冠する寡黙な王だ。



「まさか、イリスが魔獣にやられるなんて………」


 イリスが、無惨な姿で帰還する事となった日の晩。


 談話室にて………。



 彼は〝月のトウ〟に所属する兄弟たちが、水を求める様に言葉に喘ぐ姿を他所に、部屋の片隅でイエローとマゼンタを薄めていた。

 

「まさか、彼女の守護精霊ルアクは最強クラス。故に、芒紋レイ四芒紋ザ・フォースでありながら、そのチカラはアレン様の、五芒紋ザ・フィフスに匹敵するというではないか?」


 アレンの先には、ホワイトとコバルトで描かれた蒲公英パフボールの群れ。



「数は?何体の魔獣が出たっていうの?」


 水彩の淡く繊細なタッチで、風と一体になる冠毛が現れている。



「それが、一体だけだったらしい……。なんでも獣の形をせず、奇怪な変化を繰り返したとか………」


 優しい綿に囲まれて、その中心ではまだ太陽の様に咲き誇る蒲公英ダンデライオン



「そいつは、そいつはどうなったッ!?まだこの辺に居るのか?」


 薄く黄色を、花弁の繊維に沿って流してゆく。



「いや、なんでも突然〝自壊〟したとか………無理な変化に体がついていけなかった様だ」


 陰には熾烈な赤を、縁にゆくにつれかさねを増してゆくが、アレンのイメージ通りには成らなかった。



「そう、どうりで今まで遭遇しなかった訳ね。そんなヤツ、普通に存在されて堪るものですか!」


 筆を止めて、訝しむ様に考え込んでいたアレンに、待機していたエヌワが近づく。彼は〝月のトウ〟の主任執事だ。



「……今回は不慮の事故だった訳だ。使用人たちには見慣れぬ〝魔獣〟を見かけたら戦わず、自壊するまで撤退する事を指示しておこう」


〝混乱を避ける為に……他の方々には、イマミア様の使用人について伏せております〟と耳打ちされる。



「それなら、使用人たちに足止めの為の罠を作らせておきましょう」


 アレンは静かに頷き。エヌワは乳白色のドアの横へと戻った。



「いや、それ以前に屋敷へ近づいきた事を考えて………」


 改めて筆を、パレットと紙に往復させる。



「オマエは、この水鏡天命反転陣の事を、何も学習出来ていないのか?」


 どれだけ、色を濃くしても、重ねても、やはり彼の思い通りにはならない。



「いや、だって先日侵入者を許したばっかりだろ!?」


 ついには、油絵具を持ち出し水彩を塗りつぶした。



「バカねー。入ったところで、招かざる者がどこにも辿り着けないのが〝ここ〟でしょ?」


 赤褐色の下地を塗り、強烈な黄色を筆先でこびり付けてゆく。



「し、しかし、そんな訳の分からん魔獣相手に…通用するかどうか………」


 一度や二度塗っただけでは終わらない。



「問題は無いだろう!今まで近寄るヤツさえいなかったんだッ!!魔獣共は僕たちを恐れているのさ!!!」


 それこそ、色の溜が平面から荒々しく浮き出るまで塗って、塗って、我に返るまで、塗った。



「その通りだ、外に出た使用人ばかりを狙うのが良い証拠じゃないか!」


 満足した笑い声が遠くに聞こえる。



「………あの……アレン…お兄様……」




 アレンが醜くなってしまった花から、初めて目を逸らした。




「あ、あの、すみませんッ!あの……お邪魔して!」


 横には、ルーゴがいた。彼の頭には、アレンが編んだファンシーな毛糸の帽子がある。自己申告によれば、事故により彼は美しきプラチナブロンドの髪を失っている。その帽子はそれを隠すためだが………本人には苦渋の末だ。


「……気にしなくていい………」


 アレンは、冷淡な目線を戻した。



「……そ、その…な、なんと言ったらいいか………」


 ルーゴの目はバツが悪そうに、絵とアレンを交互に泳ぎ渡った。



「…ご、ごごごゴシューショー……?…様です……はいぃ、ほんとに……お寂しい限りで………」


 アレンの薄い目と、再び目が合うルーゴ。彼は全身から汗が噴き出した。



「ご、ごごごゴメンナサイぃ!……え、エンジュ様から昔聞いた事あって……」

「……何だ?………何と言った?」


「す、すすすすみませんでした!!」


 謝罪を皮切りに、その場を離れようとするルーゴ。



「……待て………悪かった…もう一度………言ってくれないか?」


 アレンは、自分が聞き返してしまった事に謝り、引き留めようとするが、ルーゴは退散することに必死になっていた。


そこで、エヌワがルーゴを制止させ頭を下げる。


「ルーゴ様、アレン様は怒っておりません。寧ろ貴方様との会話を望まれています」


「ほ?」


 イワシに釣られたザリガニみたいな目をして、ルーゴは振り返る。

 すると、アレンが立ち上がりコチラに向かってくる。無言の威圧感からは会話では無く〝制裁〟を望まれているようにしか見えなかったが………どの道だろうとルーゴはそこに立ち止まるしかなかった。


 しかし、他の兄弟たちが割って入ってくる。



「お兄様ッ!そんな面汚しの事より、私が皆の意見を纏めましたので!!」


「何を!結局全員、僕の考えに賛同しただけじゃないか!!」


「おいおい、争って兄上を困らせるんじゃない。今は皆で一致団結する時であろう!」


「ハハッ!何も案を出さなかったクセに、こんな時だけ張り切るのだなッ!!」



 ルーゴから見た長兄は、喧騒に隠される存在感では無かったが、如何せん彼自身がその中に入って行く勇気がなかった。



「申し訳ございませんルーゴ様。しばらくお部屋でお待ちください」


 エヌワが黒銀の取っ手を引き、白い扉を開く。


「いや、俺は……特に何か言いたかった訳では………」



 そう、ルーゴは〝言葉〟をかけたかった訳ではなかった。長兄の超然とした雰囲気に気圧され、頭が真っ白になったのではない。


 何かを言うなんて、考えていなかった。

 ただ、なんとなく………。


 気付けば、御傍に寄ってしまった。

 自分でも分からなかった。



 でも、昨日までは彼女は〝そこ〟にいたのだ。



 彼女は太陽の様に明るかったので………。

 いつも、苛烈な存在感だったから


 どうしようもなく、記憶に濃く残ってしまって………。



 違和感。



 体が知らない内に動かざるを得ない程の。

 それを………。


 それを一番間近に感じていたのは、あの人の筈だったから………。

 思わずに、寄ってしまったのだ。



 ただ……それだけの事だった………。



―――――――――

―――――――

―――――

―――




「……ここ最近何です。エンジュ様の御蕎麦に〝テンプラ〟が入る様になって………」




 〝月のトウ〟寮主の執務室に月光を採る巨大な窓。




「最初は、美味しくって感激したんです!サクッてなって中から野菜の甘みがじゅわって」




 その前で、二人の男子が椅子を向き合わせ座っている。




「でも、何回か食べてるうちに……前の素朴な味が恋しくなって………」




 特に用も無く呼び出されて、ルーゴは必死にその場を繕うとした。




「な、なんだか麺自体の香りが感じづらくなったんですよね!あ、蕎麦は独特の香りがありまして………」




 早く追い出してくれればいいのに、長兄はただ静かに頷くばかりだった。




「そ、それで何だか寂しいなーって………」




「……寂しい…」




 今まで、ずっと黙って聞いていたアレンの口が開いた。




「も、ももも申し訳ございませんッ!人と蕎麦を一緒にすんなよッ!!って話ですよねッ!!!」




 さっきから、ルーゴは生きた心地がしなかった。




「いや………イリスも香り……〝匂い〟が肝心と言っていた………」




 けれど、談話室での〝落ち着かなさ〟に比べれば、不思議と数億倍もマシに思えた。




「そ、それは違う意味なんじゃないですかねー………」




「……そうか、そう言うのなら…そうなのだろう………」




 アレンがまた口を瞑ってしまう。




「あッ!でも、確かにおっしゃるとおりですッ!!テンプラが入る様になってから、イリスさんが〝常連十客ソバンクロス〟の地位から外れましたからッ!」




「ソバンクロス………」




 フォローしようと思ったら、変な所に興味を示された……。




「え、ええ。エンジュ様の蕎麦屋は予約不能にして、客である以上、主と使用人関係無しでしたから、完全に先着順にしか食べれなくて……常に上位十人にいるのが、俺たち〝常連十客ソバンクロス〟………なんです」




「……自分の知らない…イリスだ………」




 ルーゴには、神秘的なまでに物静かな長兄が




 なんだか、とても寂しそうに……




 〝笑っていた〟




 …気がした。









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