形而上のツンデレ
砦の外。黒き森にて。
〝貴様どこの所属だ?ここは〝火のトウ〟の狩場だぞ?アギト様の許しも無く近寄るな〟
〝うっそ~!?実在したの〝幻の島〟~?あそこは肥溜めで陸が出来てるとか~?臭そうだから〝土のトウ〟のシマに近づかないでくれます?
〝確かに我ら〝水のトウ〟は〝困った者がいれば手を差し伸べる事〟を美学としている。だが、残念ながらそれは相手が〝人〟に限った話だ。神の愛を受けられなかった〝人間失格〟なぞ、同じ地平に立つだけでも悍ましい………〟
「お、オマエはッ!?」
「うるせえェェェェェェエ!!!」
彼岸丸の拳が、顕現した千年象レリーフ・マンモスの霊体を突き破り、サッカー上手そうな見た目の執事〝ルーク〟を吹き飛ばす。
「何やってるんだオマエぇえ!!ルークはまだ何も言ってなかったろうがッ!?」
ルークと一緒にスライム狩りに来ていた、野球強そうな見た目の執事〝オルカ〟は悲鳴の様に訴えかける。
「テメェらのセリフなんか分かり切ってんだァア!もう対話はねェ!!戦争だァア!!!」
「お、落ち着いて~彼岸丸君っ!!」
ジタバタする彼岸丸を、必死に抱き抱えて止めるツバキ。
「……フ…若い獣に言葉……不要………存分に暴れさせてやりな?……それで芽生えるモノも……ある」
最初から居た様に澄ましているが、実は必死に追いかけて今合流できたスーさん。
「まぁまぁ、落ち着けよ。僕たち〝月のトウ〟はお前たちを邪険にするつもりは無い」
奥の木の影から、人よりもどちらかと言えば蛇との会話の方が多そうな、執事が現れた。
「エヌワさんッ!」
その色白の執事の下へ、体育会系の二人が駆け寄り、彼らは彼岸丸達を睨んだ。
「ヒガンマルっ!キミの事はルークから聞いているよ?話から男かと思っていたが、実にパワフルなレディじゃないかァ」
「オレは男だァア!!」
「ハハッ!威勢がいいなァ………そうか…男か………。………。……。へッ?男ッ!?」
エヌワと呼ばれた執事の、細かった目が全開になった。
〝そりゃそうなるわなー〟とスーとツバキは同情した。
「なんだァア!?男がメイドになれねェって、誰が決めたァア!?……勘違いしないでよねっ!?誰もツッコンでくれなかったから、メイドのままって訳じゃないんだからっ!!!」
【彼岸丸ステータス:バカ・メイド・ツンデレ←(new!)】
「………需要への反逆……」
スーは真理に近づいた。
「……まぁその事については、深くは問わないよ…。さもないと〝水のトウ〟のヌル様から説教される気がする………」
エヌワは額に手を当てて、目を泳がせる。
「そんでェ?テメェは何しに出て来やがったァ!?殴られ志願のドM野郎かァア!!?」
「バカにするなよ!?エヌワさんがハァハァなさるのは、飼ってる蛇に巻き付かれて身動きが出来なくなった時ぐらいだッ!!」
「そうだ、メイド野郎ッ!エヌワさんがそんなネチッこくないプレイで興奮すると思ってんのか!?縄と毒持って来て出直しやがれッ!!」
「あ、うん。意外性無くて、つまらん」
「……………」
エヌワは自分の耳が不調なのだと思った。まるで一瞬の時の中で、部下たちに性癖が暴露され、挙句の果てに気を使った相手からダメ出しまで喰らった気がしたのだが、まさかそんな現象が起こり得る訳無い。今日、糺躰所は休みでは無いだろうか?
「そう邪険にするなよ?僕たちはお前達と協力してもいい、と思っているんだぜ?」
〝メンタルつえーな〟
〝……真性のM……?〟
〝彼……相当な修練を積んでいますね……〟
「フッ、鳩が豆鉄砲を喰らったかの様なマヌケ顔をしているなっ!……まぁ驚く事も無理は無い。僕は効率主義でね?建設的な話が出来るなら、相手は選ばない。話に聞くオマエのパワー、僕はソレに着目している」
「………つまり、私達に護衛をせよと?」
ツバキは抱き抱えている彼岸丸の髪が、驚くほどフワサラな事にクセになりつつある。
「あぁ、魔獣を相手しながらの狩は効率が悪い。ツバキ、オマエも〝六星付き〟をクビになって苦労するだろう?分け前として2割だ。500だとしても100分けてやれる……島の規模的に十分過ぎるだろ?」
「確かに悪くありませんね。こっちは留守にしていた島を再起動させる訳ですし、小島でもそれだけは欲しい所です。……〝金のトウ〟の狩場にも、もう入れやしないでしょうし………」
彼岸丸の髪の上でポスポス、顔をバウンドさせるツバキ。
「却下だァア!」
その下で伸びた鼻の下が血で染まる彼岸丸。彼は今、偽りようの無い〝実感〟として思い知っていた。〝ツバキはある部分が着痩せするタイプ!〟だと。
「わわっ、彼岸丸君っ!いつかの私みたいになってますよっ!!」
ツバキがハンカチで拭く中、彼岸丸は仁王立ちで続けた。
「地下帝国の覇者であるオレがァ、そんな手に引っ掛かるかァア!大抵序盤で〝協力ッ!協力だァ!〟なんて言うヤツは裏切り者なんだよォ!!てゆーか、ビジュアル的に騙す気満々じゃねェかッ!!!」
「……そーやー……そんな事も……あった?」
「一文で終わったがなァア!ツバキの膝枕の上でなら、詳細を語るもやぶさかじゃねェぜッ!!」
「……ツバキ……バブみ誘発…パッシブスキル…」
「何をグダグダ言っているッ!?裏切ったら、非効率的だろッ!!日課なんだぞッ!?今日だけくすねて、翌日からオマエラが来なくなったら意味が無いと思わないのか!?」
「た、確かに!」
「ツバキ、そんな〝最初に嵌められるヒロイン〟みたいな顔するんじゃねェ!!」
「……けどスーは思う………怪しいヤツ…実は怪しく無い………」
「た、確かにィ!!」
彼岸丸は悩んだ。その考察を含めた罠という可能性も……。この相手は想像以上に厄介だ。
「アイツが〝自分賢いからこの場を支配しちゃいますけど?的振る舞いして結局主人公か黒幕に可哀想なくらい弄ばれて脱落するヤツ〟みたいなのは、高度な心理戦だったのか……?」
「バカにするなよ!?エヌワさんは実は小心者だッ!身内の前ならまだしも、大勢の人の前で、この方が大物振れると思うなよ?」
「そうだ、メイド野郎ッ!どちらかと言えばエヌワさんは、生存本能的直観で主人公の才を見抜いて腰ぎんちゃくに成りに行くタイプだ。極稀に役に立つぞッ!!」
「男のクセにヒロイン力が高いタイプか………うまくいけば……化けるか…?」
「……………」
今日は早めに上がらせてもらおう。そう思うエヌワだった。
「あ~もうッ!交渉だけにこんな時間を使ってられるかッ!!断るって言うならそれでも良いさッ!!!もう二度と誘ってなんかやらないからなッ!!!!」
〝実在したのかァ!?〟
〝……真性…ツンデレ……〟
〝っ!?……可愛い…〟
「待ちなァ!!」
立ち去ろうとするエヌワ達を、彼岸丸が呼び止める。
「何だよッ!?お前らに関わる事は、時間の無駄だって分かったんだよッ!」
無視して、森の奥へ入って行こうとするエヌワだったが………。
「無条件で、テメェらに従ってやんよォオ!!!」
「ハァ?」
エヌワが思わず振り返る。
スーもツバキも〝何言ってやがんのコイツ〟と彼岸丸を見る。
「ただしィ〝勝負でオレらが負けたら〟なッ!今日一日のスライム捕獲数で競おうぜェ?」
「何だそれ?勝負だったらウチの狩場なんて使わせんぞ」
彼岸丸は、笑う顔を一層と歪ませた。
「あァ、それでいいぜェ。
………だからオレらが勝ったらよォ〝月のトウ〟の主に会わせてくんねェ?」