今のオレは……ポイント5倍だァァァァァァア!!!
~地獄の底から星を見ること~
神の鉄槌
一つ目で躰は砕け、地面は尽く爆ぜて散り、暫しの浮遊感。
自由落下し終わるも前に、急かすようにして、二つ目の衝撃。
黒い底が抜けて、また堕ちる。
髑髏螺旋に廻る空は疾うに過ぎ去って
下の方で、山が針の筵の様に聳えるのが見える。
咎人の断片は、其々の頂へと串刺しになり、
幾度目かの一撃で、欠片はドロドロに地下の山ごと砕けて、灼熱へ。
朱い輪、黒い輪、幾度も越して
残滓が気化して浮かぶところすら
無限層の光輪は振り落とされて、無明へ堕とす。
灰になろうが、結晶になろうが、液になろうが
残れば許されない。
痕すら跡すら
魂魄の最小単位すら
あの神は許しはしない。
オレを何にするつもりも無い。
人如きの魂が転生するなど在ってはなら無い。
だから、
幾重にも砕く。
その地平ごと砕く。
無量大数は神の一回。
人の認知の外にある回数分、オレは殺され、とうとう地獄の一番底。
全宇宙で最も深い淵
終わりの地平まで叩き込まれた。
とうの昔に、色も何も無い基盤は過ぎ去ったというのに……やけにここは紅い。
そう認識した時、その愚かな眼識は眼球となって顕れた。
そんな双球も、終焉の紅が焼き付いて、雪のように融けゆく中で………
自分が堕ちて来た無限の先の先のずっと先、地上の空で一つの点が見えた。
それは、蛾みたいに弱々しく、主張も無く幻のようで、本当にあるかも怪しい。
でも、その星は綺麗だった。
その星が余りにも綺麗に見えたもんだから……
ついオレは在りもしない腕を、また伸ばしてしまった。
「………まったく、未練がましいこと、この上無いですね?」
オレを殺し尽くした転生の女神は、呆れたように笑っていた。
~恥まりハ死まり~
掠れたような声だったけれど……
私は心の底から笑ったのだと思う。
碧い石畳に散る薬草……朽ちた教会に黒い嘴共の白い羽。それらに囲われ、華奢な手足は紅い筋を静かに垂らす。
私に圧し掛かる黒い狼が、メキリゴキリと口を拡げる。とうとうその口は、小さな少女なんて一呑みできる程になって止まった。あぁ、目の前真っ暗だな。星一つ見えやしないよ………はぁ、本当にどうして狂ったんだろう?
〝オマエ、ナゼワラウ?〟
魔物の奥の目玉が問いかける。そんなの自分が酷く滑稽だからに決まっている。意図した表情では無い。作ったものでは無い。
自然に出たのなら……本当に笑うなんていつ以来だろう?
ほらね?何もしなきゃ良かったんだよ………。ギッコンガッタン、毎日お母さんとの思い出を織っていれば良かったんだ。何かしようたって毎日、毎日同じ事……。だったら昔の様に、ずっと経の線に緯を織り込んでいく。そんな繰り返しで十分だった………。
黒い魔物の食道はやはり黒く、一切の光を通さない。どこまでも、どこまでも続く暗い闇に覆われて、もう二度と……………。………。……アレだけ絶望を夢見ながら、これで終わり……ここで終わり。独りでみんなよりも先に、闇へ溶けてゆく。あぁ、笑うってこんなにも寂しいものだったっけ?諦めて目を瞑ると、熱いものがじわっと湧いて垂れた。
あれ?笑っているのに………変な私……。
もう〝何も観なくてもいい〟それで……完結しよう。
だけど、突然の轟音。
頭の中が真っ白になるような衝撃が響いて過ぎると、肌には生温くて不気味な吐息では無く、清涼な風が触れてくるようになった。恐る恐る目を開けると、そこには満点の星空が映る。自分がどこに倒れているのか分からない。気づけば石造りの教会は、腰から上が消え去っていたのだ。
「……え?」
天と私の間には何も無く。
いや、ただ、白い花弁だけが、いまにも融けて消えてしまいそうな、氷薄な花だけが舞っていて………。
私が体を上げると、魔物の代わりにソコには白髪の少年が居た。楽園の絹の様に煌びやかな白は、埋もれて腐った死骸の血でも吸上げて穢したのか、薄紅色が滲んでいる。酷く美しい紅玉の瞳は、ガラの悪そうな眼つきで価値を失い………、それとアレは何だろう?何か巨大な魚のような形のハンマー?を担いでいる。
「しゃあァァァァーせんッッッッッ!!!、遅くなりましたァァァ!!。特性ピザァ、ポテトMセットォお持ちしゃーしたァ!!」
「え?」
再度、風が過ぎて行く。
ちょっと待ってね?
状況を整理したい。私は狂った魔物に襲われていた。食べられる寸前だった。そしたら……ポテトMセット………?私が行方不明だ。
「ナンダ、キサマハァ?」
瓦礫の陰から、先ほど自分を襲っていたハズの黒い狼が這い出てきた。
何だか逆に………安心したッ!!
「あ゛ァ?こちとらウー○―イーツじゃゴラァ、クーポン発行されてェのかテメェ?」
白い少年は意味不明な事を言いながら、魔獣に向かって中指を突き立てる。
「知ラヌ事ヨ………加護モ、モタヌ者ガ、ミノホドヲシレ」
狼の首が、グギリメキリと伸びる。まるで大樹の成長を高速で見せられている様だった。見る見るうちに魔獣の顔が天高く昇り果て、その歪な前脚が地団駄を踏み始める。地面が慄くように震え、腰を地平につけている私でさえ、足場が消え去ったかの様な不安と焦燥感に煽られ始めた。
「何だァ!?新手のクレームかァ?………宅配の勢い余って家壊されただけでェ、やれやれだぜ」
宅配頼んでテロられてたまるか。
「どーせアレなんだろ?〝誠意〟見せろよ〝誠意〟ってお得意の〝誠意コール〟おっぱじめるつもりかもしれねーがァ………」
その場合、必要なのは〝誠意〟では無い。刑事上の責任だ。
「上等だァ、そのコール応えてやるぜェ!オレの八魔界に封印されし終焉を望むOL達のお昼時御御剣五大暗黒〝誠意〟|とくとご照覧レットイットゴォオ!!」
〝誠意〟って何だっけ?〝狂気〟の親戚だったっけ?
どっちも悪夢には違いがなかったが、少年の方は頭が冷める。
他所に、悪魔の地響きが突然止まる。
一変して不気味な静寂。
その末に、絶望が堕ちて来た。
それは、数百個にも増殖し、黒いヒマワリの様になった狼の顔達だった。街の礼拝堂程の大きさまでに、歪な拡張を終えた魔獣の目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目が目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目と目が、真っすぐに私達へ迫り語る。アレはここにある命を、全て平等に黒く圧し潰すであろう。
しかし、傍らの少年の〝ふてぶてしさ〟は本当に浮世から、遠く遠くかけ離れていた。
いや乖離し過ぎなんですけど?
「苦情対応スキルその①ィィィィ!!ロケットハンマーでぶっ飛ばしゃァらァァァァァァ!!!」
さて〝誠意〟って何だっけ?
この空気すら灰になって消え入りそうな刹那で、何故あの少年は、あんなにも力強く前へ踏み込めるのだろう。少年が握る柄の先、白い筒から翡翠色の炎が爆ぜた。
その姿は少年の透通るように白い容姿と対照的で、もしも彼がこと切れて、人形のように虚空を眺めていれば、その美しさに世界は凍ったかもしれないのに………。
碧の輝きは円環状に空気を裂いて螺旋に連なる。
端麗な顔を醜く歪ませ笑い、絹の様な肌に蛇の様な血管を浮かび上がらせ、躰を無理に軋ませて身の丈に合わぬ武器を振り被る。
私には、それがとてもじゃないけれど許せなかった。
「うをォォォォォォォォ!謝罪は相手の目に叩きつけろォォォォォオオ!!!」
地表を覆う黒い質量。それは墜ちきる前に、巨大に膨れた魔獣の顔は大いに凹んだ。
〝誠意〟って何だっけ?物理ダメージだっけ?
白緑の衝撃波が四方に拡散して、大気が悲鳴を上げた。
空間毎、歪んで罅割れた魔獣の顔は、下から、小さな者から、受けた力で勢いよく天へ還されていく。
「ぬァァァァァァァ!まだだァァァァァァ!!これでお帰り上れると思ったかァァァァ!?お客様を逃がすなァァァァァ土下座でェェェェ止めろォオ!!!」
〝誠意〟って何だっけ?サイコホラーだっけ?
高速で吹っ飛ぶ、魔獣の顔面の向かう先に、いつの間に移動したのか少年が、月を背後に絶叫している。得物を振りかざして、タイミングよく深々と頭を垂れる。天空で世界を揺るがす波紋が拡がった。
先程とは比べ物にならない速度で戻って来る、魔獣の黒い塊。
けれども、この少年はそれよりもずっと速く、緑炎と伴に地上に戻って来ており………
「トドメだァァァァア!!いくぜェこれが〝究極・誠意・魔法〟ォォォォォオ!!!」
渦巻くこれまで以上の力の集約。
そして、フルスイングの構え。
うん。本当に……もう………堪えられない。
「違うぅ!!たぶんだけど………絶対〝誠意〟違うぅぅソレぇぇぇぇぇえ!!!」
私は、気付けば叫んでいた。お腹の底から声を張り上げていた。
少年の紅い目が一瞬の中の一瞬、こちらを向いて愉快そうに細まる。私は不快だった。
「違わねェ!オールカスタマー・イズ・ゴッドォ!!つまり、相手は神と思えェ!神様に下々の地平をお立ちいただく?ヴァカかァ!?天の彼方まで送り返してやんよォオ!!!」
「暴論が過ぎるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!!!?」
そんな、くだらない私の絶叫と伴に、魔物は少年に、嵐を凝縮させたかのような力の奔流を振るい込まれ、吹き飛ばされて………どこまでも……だんだん小さく…点のように、果てへと飛んで行ってしまった。
あんなにも、この場を塞いでいた黒い塊が消えて、スッポリと何も無い。
静寂。
本当に、あんなにも大きな声を出したのは、私だったのだろうか?
普段であれば考えられない。
ついでに、何もかも出したかのようで………何だかとってもお腹が空いた。
「ピザ……食うか?」
ハンマーの白い筒が、規則的に割れて中から蕎麦が出てきた。
その艶やかに白い湯気は〝出来立て〟と見ても遜色は無い。
私は思わず、また叫んでいた。
よく覚えてはいないけれど、何か二つ続けて叫んでたと思う。
何を言っていたかなんて、くだらな過ぎて思い出したくも無いよ。
ただ………。
こんなのは………。
こんなにも、声を出したのは初めてだった。