真の面接
「全く〝美しいものの波動〟を感じて来てみれば、お転婆お姉さまと馬小屋娘………う~ん」
ウェーブのかかったゆるふわ系の髪を指で巻きながら、浮遊する乙女は彼岸丸を見降ろして悩ましく唸る。
「何アノ歯がゆい感じぃ~、素体は良いっ!すごく好いっ!!……なのに取り返しようも無いくらい穢されたちゃった…みたいな~」
「そうですか?……私は割とこの子好きですよ?桜みたいじゃないですか。……目つきが悪いのは否めませんが………」
淡い色の着物と深い葡萄染め、黒髪を抑えて前屈みになる整った顔が、彼岸丸の紅玉を興味深そうに覗き込んだ。
彼岸丸はいきなり現れた綺麗なお姉さんに〝好き〟と言われて、顔を赤らめて口笛を吹き始めた。紅き目が右に左に落ち着かない。所持するスー=ウドンと目が合うと〝……シャイぶってんじゃねーよ〟と唾を吐きかけられた。
「ツバキっ!!あんまり近寄るんじゃありませんっ!……馬小屋娘のツレよ?変な物が伝憑ったらっどーするのよぉっ!」
「けどー、ヴィネーラお嬢様の〝ヴィヴィっとレーダー〟に反応したのって場所的にもこの子なんじゃありません?」
ツバキは万歳の姿勢から、上を仰いでヴィネーラを見た。
「それがねー、何か突然反応無くなっちゃのよね~?」
ヴィネーラはフワフワと見渡すように回った。
「まぁ、それなら引き揚げましょう。夜のお散歩にしては大分、出払い過ぎてしまいましたしね?」
スっ、と滑るように下がったかと思うと、一瞬で別の飛び石に移動したツバキ。宙を浮く飛び石は、彼女たちの帰り道へと並び始めた。
それでもヴィネーラは、諦め切れ無さそうに辺りをフワフワし続ける。
「………リコリスっ!」
突然、ミアは手を叩いた。すると彼岸丸は、スーさんでは無い方のうどん生地に、勢いよく顔を押し込める。するとうどん生地は突如、多い囲むかのように肥大化し、製造者たる彼を一思いに呑み込んでしまった。
「ひっ!何!?」
なんか突拍子も無く、人間がうどんに取り込まれ、蛹みたいなモノになっている。ヴィネーラは下界の理解不能な現象に、軽く悲鳴を上げた。
「アンタの探し物、見つけてあげるわよ」
ミアはヴィネーラを一瞥もせずに言った。
そして白い蛹の背中に、光の亀裂が奔る。
「何!?どういうこと!!?そっから何か出てくんのっ!??」
「……静かにしなお嬢ちゃん………羽化が……始まるぜ?」
ヴィネーラは混乱している。
傘の上でスコープ越しにシャッターチャンスを狙うスーは、熟練のスナイパーの如し。
「いやぁぁぁぁぁ!!何アンタ!?どうして乗ってんのよっ!!!」
ヴィネーラが傘を揺らすが、スーは全く動じない。虎視眈々と被写体に意識が向けられていた。そして、その〝瞬間〟をやってくる。線でしかなかった裂け目は、今光の奔流を以って拡がり、その中に在りしものを解放する。
そう、バネでびよ~んと〝ハズレ〟の3文字が飛び出てきた。
「何ィ!?」
スーがシャッター越しに捉えたそれに驚愕するのと同時、ミアが座っている飛び石の、隣の石が
〝ばっきゅーん〟
と砕け弾けた。
「ミアお嬢様っ!大変お待たせいたしましたぁ~!!呼ばれて飛び出て~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~リコリス 見参ですっっっ!!!」
無垢なる紅目。歪んだ表情一切無し。桜色美少女(?)なメイドが爆誕する。
すると、ヴィネーラの頭のてっぺんで〝ヴィヴィ!〟とアホ毛が一本跳ね上がった。
「美《MI》つけたぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
スーが張り付く傘をかなぐり捨て、煌めく乙女は下界へと降り立った。
その様子を〝やれやれ〟と見ていたツバキは、ヴィネーラの元へ戻ろうとするが……。
「ツゥバキィィィイ」
赤髪逆立つ獣憑きの少女が、それを遮る形で立っている。
「あら?思ったより、ご起床なされるのが早かったですね?」
たまたま外で知り合いに会った程度に驚くツバキ。逆にアギトは、運命の人に廻り逢ったとでも言わんばかりに狂乱して、飛び掛かって来た。
「アハハハハっ!!今夜は寝かさねーぞツバキィィィィィイ!!!」
「勘弁してくださいなー。もう時間が無いんですよー」
竹箒を天高く投げる。赤き初撃を肩から抜ける前転で避ける。着地の片足を横に出す。縦に振りおらされた二撃目を、横に出ていた足へと体の軸を巻き取る様に回避する。頭と足を同時に交差する三撃目を、跳んで体の軸を地面と平行に、着物の袖が巴を描く様になって往なす。なお、袴の片足は武獣の腕一本を絡め捕り、渦の様にしてアギトの頭上に飛び出たツバキ。先刻投げていた箒の柄を掴んで……。
「めーーーーーーーーーーーーーん♪」
アギトはお星さまを見た。
「ねぇ!ねぇ!!ねぇねぇねぇ!!!この子寄こしなさいよっ!代わり用意してあげるからぁ!!!!」
アホ毛がビンビンなヴィネーラは、彼岸丸改めリコリスを羽交い絞めして離さない。
「ミアお嬢様ぁ~、何なんですかぁ?この状況ぅ」
泣き出しそうなリコリス。アレはぶりっ子なのか、第二の人格なのか良く分からないが、元のヤツを考えると非常に腹立たしく思うミア。
「いいわよ。執事もメイドも要らない。その代わり私を、アンタのトコの〝お茶会〟に呼んで」
〝そんなぁぁぁ!!!〟と嘆くリコリス。その人智の外で創られたかの様な〝kawaii〟の上に乗せていたヴィネーラの顔が凍り付く。
「……何で?………何でソンナ事?……アナタ…まさか……〝回帰ノ間〟に?……無理でしょ…?六人全員のヤツに呼ばれて……認められないと……」
「ヴィネーラ様っ!諦めて帰りますよぉ!!マッハでっ!!!」
ツバキが雪駄をスライディングさせてきたかと思えば、くっついていたヴィネーラとリコリスをひっくり返して、いとも簡単に分離させ、別々に着地させてしまう早業を披露する。
「ちょ、ちょっと、今私は交渉中………」
「ちょっともおクソもございませんっ!!早く早くっ!」
「ツバキ!?何を一体全体焦ってっ!
馬小屋娘っ!さっきの話は一旦保留でぇ……」
ヴィネーラの手を強引に引きながら〝あちゃ~〟と額に手を当てるツバキ。
ヴィネーラは従者に〝本当に何事なのよ〟と不服を訴えようとするが、ソノ気配に一瞬で蒼ざめた。
月の光が失われる。
星の瞬きは止まる。
宙に満ちる気は凍てつき。
総ては均しく地縛され
皆、頭を垂れる。
「久方振りの帰宅だ。愛娘に出迎えてもらえる事は良いが………」
浮く岩々は、門から一直線に主の為の道を創り出していく。
「いつの間に、イマミアと仲良しになったのかな?ヴィネーラ」
レグナトール家現当主デュヒロー・レグナトール。
事実上、此の途方も無い程に得体の知れない、秘術空間の支配者が帰還した。
二メートルに迫る身長。スーツの上からも伺える筋肉質な体。拡幅の良い肩からは、古より続く千年王国〝アルゴメオン〟その倶利伽羅紋章が刻まれたマントをたなびかせる。
鋭くも重く、深い眼光で一瞥されただけで、ヴィネーラは忽ち呼吸が出来なくなり、地面にうずくまって、ついには助けを求めるかの様にのたうち回る。
「ご主人様ッ!申し訳ございませんッ!!」
ツバキが瞬く間に、主の前に跪く。
「全くだよ。キミが居ながらなんたる事だ………」
黒い革靴の先がツバキの顔へ蹴り込まれる。
「申し開きもございません。全て私に責がございます。……ですので、どうかお嬢様にご慈悲を………」
鼻の骨が折れ、血がどれだけ垂れてもツバキは微動だにしなかった。
「………フン」
デュヒローは上空に目を移し、圧を緩められ涙を流し息をするヴィネーラ、飛び石の上で倒れているアギト、彼を見ようともしないイマミア、そして数分前までヌルが居た場所を眺めた。
「それで?何が………」
目線を戻すと、ソコには白いメイドが仁王立っていた。
既に整ったリコリスでは無い。
その場の〝空気〟を破壊するに相応しい歪み切ったスマイル。
「ミア専属メイド希望ォオ、桜丸彼岸丸だ……
夜・露・死・苦ゥーご主人様よォ」