やっぱバトルはキンキンに限るぜ
「アハハっ!」
左右上下のフットワークから、全くの無駄なく放たれる突きと蹴り。そのいずれもが対応される中で、アギトから思わず楽しそうな声を漏れた。
無邪気に更なる戯れを求め、アギトは後ろにバク宙返り。仕切り直しを持ち掛けられた。
「ワリィなァ、踏む手間が省けたぜェ」
嘘か真か、コシのあるうどんは踏んで錬成される。彼岸丸はうどん生地を極悪人顔で舐めた。
元の位置へと戻ったアギトは、再びその場で跳躍を始める。
「オイ、イズル人っ!名前は確か……サクラとか言ったなァ!?」
「あ゛ッ!?オレは日本人ッ、アイアム・ジャパニィィィィィィィズ・&・ヒガンマル・サクラマ!!」
素足の指が地面を放つと、彼女はふわりと浮く。そして舞い上がった赤毛が再び重力に囚われると、音も無く地に戻って来る。エアリーな光景が数度繰り返された。
「あぁ、そうか。名前を後にしてたとか…聞いたな。………そんじゃ、ヒガンマルッ!オマエは強い!!認めてやるよっ!!とゆー訳で、こっからは殺しに行くから………死ぬなよ?」
ふわりっ、アギトが空気になる。〝一体いつになったら、その弾みを利用して仕掛けてくるのか………〟その虚を突いて、彼女は彼岸丸の〝首〟へと手刀を振落としていた。
繰り返し目に焼き付けられる〝規則的な動き〟〝アギトが跳べばまた地面に足を着ける〟その像が刷り込まれている。しかし、実際はそうはならなかった。着地したアギトは脳が創った陽炎。真のアギトは〝空中〟を蹴っていた。
一瞬でアギトの腕には、髄が絡まり伸びていって、初撃で見せた武獣の、剣の如き爪が出現していた。最初と違うのは、幻獣の手の平は天を仰ぎ、爪の全てが相手を斬り臥せる為に、剣筋一直線に並んでいた事だ。
彼岸丸は、それらの刹那をぐるりと紅玉に捉え、恐るべき反応速度で攻撃軌道を遮るようにうどん生地を伸ばす。
完璧な動きに思われた。特別な〝識〟を持つ観戦者達も〝防いだ〟と思った。当のアギトだってそう思ったのだ。しかし、彼は失念していた。それは仕方が無いと言わざるを得ない。
よく考えて欲しい。今までが奇跡であり、出来過ぎなのだ。余りにも〝ソレ〟が人智を越えた法力でも有るかの様に、振る舞うものだから………。
もういいかい?
〝うどん〟は食べ物だ。
切れなきゃ困る。
そう、困るんだ。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
彼岸丸がピーな状態になる。そのつもりでやったが、予想外に活きが良く刎ねてしまった彼岸丸のピーに、アギトも悲鳴を上げる。
「なんのォオ!うどんの可能性を決め付けんじゃねェェェェェェェエ!!!」
彼岸丸(頭)の号令と伴に、ミアが抱えていたスーさん団子が飛翔した。音速で駆け付けた表情筋の死んでる球体は、宙を転がる彼岸丸(頭)をうにょんと伸ばした腕でキャッチ。
「いくぜェエ!超うどん合体!!!!!」
どことは言わないが、彼岸丸(胴)のキャストオフ部分に、スーさんのポーカーフェイス浮かぶうどん団子、更にその上に彼岸丸(頭)が叩きつけられ、うどんの生地の粘度によって合体したのだった!
歪な影から見つめる目は四つ。
「化けモンか……オマエェ…」
たじろぐアギト。彼女が戦の最中に、ここまでドン引きした事はかつて無い。
そんな彼女に、極めて落ち着かない造形の彼岸丸(?)が真剣な表情で一歩踏み出してくる。
〝ヤバイ、完全に呑まれている〟
アギトは焦って身構える。コチラが一方的に試す筈が、今は読めない相手に何をしたら善いのか、分からなくなってしまっている。
炎揺らめく輪郭が震える中で、敵の挙動を見逃さない事だけに必死になる。
影が目の前まで迫る。必然的に彼岸丸の頭部が上方修正された為、まるで見下されている様な視線だ。
「何だよォ!?」
虚勢を張るも、嫌な熱に侵される額から冷ややかな汗が一筋、舐める様に流れていった。
「動きずらいので、戻ってもいいですか?」
「………お願いします」
アギトは初めて、父親以外に敬語を使った。
「フフフ、何アレ?あんなのイズル人どころか宇宙人じゃなくてぇ?……それとも〝鎮魂〟を極めればアンナ事もできちゃったりするのかしらぁ?」
ヌルは、背後の闇に向かって問いかけた。すると何もない筈の暗闇から女の声がする。
「刀傷を塞ぐ事は可能です。しかし、アレは決してイズルの者ではありません。それは全イズルの民を代表して言っておきたい。絶対ありません。生理的に無理です。………つか、何なんですかアノ馬鹿げた〝経絡〟!?四芒紋の力を限りなくゼロに近い抵抗値で受け流してんですけどぉー!??」
「あらぁ?アナタから見ても、やっぱり異常なのねぇ~アレ」
「イマミア様は一体どこであんな神仙……いや妖怪変化、拾ってきたんでしょーね?」
「さぁ~てね~。お父様の言いつけで、アノ子に関われないしねぇ~!」
「だから侵入者に託けて、わざわざお出向きになられている訳ですね」
「よしてちょうだいよぉ~。私達はあくまで此処を守るために来たんだから~」
ヌルは大袈裟に降参のポーズをする。
「軽率な行動ですね。命はお大事になされることを推奨致します」
どこかも分からない翳から、鯉口が鳴った。
〝ここらが警告ライン。それが分かっただけでも収穫よねぇ~〟
ヌルはその白い仮面の中で、今日初めて笑ったのだった。
その眼下で、虚ろな観客席を形成していた列石が爆ぜる。
再開した彼岸丸とアギトの攻防。
此度、アギトは常に両の腕に爪を揃え、一切彼岸丸に妙な真似はさせまいと、息つく間も与えぬ猛攻。紅蓮の嵐が通り過ぎるもの全てを薙ぎ抉ってゆく。
一方彼岸丸は、分離したスーさんうどんを棒状に……△の口から〝キン〟〝キン〟と擬音を発されれば、止まらぬ武獣の炎舞を跳ね除ける。
アギトは旋廻する双つの爪を、空すら駆ける武獣の脚力で、縦横無尽に襲撃させた。彼岸丸は爆ぜ跳ぶ瓦礫の中を駆けて、応じ、時に転じて容赦なくスーさんをぶつけに行く。
円環の列石が砕きつくされて征く先に、ミアが座っていた。
「おわァ!危ねェエミアッ!!スーさん団子を……」
「……スー…今ここでキンキン言ってる………忙しい…」
「………タンマァア!!待って待ってアニマルガァァァァァルッ!!!」
「うっせェェェェェェェェェェェエ!!!」
熾烈さを増すばかりの暴風。
彼岸丸は爪を躱す旋状の動きで、虚空からロケットハンマー〝スロンガトロン〟を柄を掴みかけるが……。
それよりも迅く、高速で連なる爪撃の間を、流れ縫う様にして女が入った。
「御免っ」
竹箒が一突き、水月に。
すると、あんなにも燃え盛っていた赤き獣は、スッと意識を失って倒れてしまう。
「ツバキっ!そんな危ないものの前に飛び出してっ!!怪我でもしたらどーするのよ!!?」
星空に飾り傘で浮く、ゴスロリ着物の乙女。
そして彼岸丸の目の前では、何事も無かったかの様な静寂の中で、袴姿の少女が微笑んでいた。